入学式
会場内のざわめきが凄い。
人々の圧に、シャルロッテは辟易していた。がっちりと両側をエマとシラーに挟まれている上に、周囲はファージをはじめとする縁戚の貴族がさりげなく囲み、公爵家に誰彼なく近寄ることはできないようにガードしてくれているが…人の視線まで遮ることはできない。
シャルロッテがどこに視線を向けても、その先に居る人間はこちらを見ている。まるで見世物だ。
学園の入学式はそれなりの規模感で、アンネリアやクリストフといった有力貴族の子どもが入ることから、例年よりも入学者数が多いらしい。
「あれが公爵家の…」
「本当にヨハン様にそっくり…」
「どうにかして近づけないものか…」
ざわめきに乗って聞こえてくる声が頭に無駄に響いてしまい、頭痛がしてきたシャルロッテ。今までは秘され守られてきた分、注目が集まってしまって大変である。
保護者席に着いてからも、その不躾な視線や声が止むことはなかった。シャルロッテは入学生の入場前からぐったりとしてしまう。
そんなあまりの状況に、「シャル、もう帰る?」と、エマに聞かれるほどだった。
「いいえ、クリスの晴れ姿ですもの。ちゃんと見たいです」
「そう。『もう無理!』って思ったら、教えてちょうだいね」
心配そうな顔ではあるが、エマはすんなりと引き下がった。やはり息子の晴れ姿を見たい気持ちもあるのだろう。シャルロッテも同じ気持ちだ。シラーだけは真顔で「小うるさいハエ共を散らしてこようか」と動こうとするので、エマとシャルロッテは二人でそれを引き留めた。
こんな状況で周囲を多少威嚇したところで、焼石に水である。多勢に無勢。それに、大人しくしておかねば…せっかくのクリストフの入学に、泥がついてはいけない。
(早く始まらないかなぁ。式典とかって、どうしてこう…もったいぶって時間がかかるのかしら)
内心でため息をつきすぎて、もはや背が丸くなりそうになってきた頃、やっと新入生入場の合図のラッパが鳴り響いた。
オーケストラの生演奏が会場を満たす。リズムに合わせて歩いて来る小さな紳士淑女の列に、わぁっと歓声が上がった。
クリストフは新入生代表、先頭を歩いて来る。それに対して「ご入学おめでとうございます」だの「なんとご立派な」だの、知らない人たちからの声援が上がっているようだ。
「なんだか私たちより、周りの人の方が盛り上がってる感じね」
「クリス大人気ですね」
苦笑いのエマも、クリストフが近づいてくれば口を閉ざし一心にその姿を見つめる。横でシャルロッテも『こんなに大きくなって…』と、胸をじーんとさせていた。その袖口には、いつかシャルロッテが贈ったカフスボタンが輝いている。
先頭のクリストフが通り過ぎた後も、ぞろぞろと子どもの行進は続く。正直もうクリストフは見たので後はどうでも良いのだが、アンネリアも入学すると聞いたので、一応彼女を探して列を見つめ続けた。
「!」
「シャル、どうかした?」
「な、なんでもありません」
そして、シャルロッテは見知った顔を見つけた。
正確には、一方的に認知している顔だ。
驚きに体が跳ねたのを、エマがそっと心配してくれるが、シャルロッテはそれどころではなかった。
(原作の登場人物…!)
青いサラサラのおかっぱ、眼鏡、パッと見て分かる小生意気そうな顔。
原作に登場していた攻略対象の一人、インテリメガネ枠の…確か、宰相の息子。
名前は知らないが、顔は前世から知っている彼を見つけてしまった。
(クリスと同期入学だったのね~!すごい!もうほぼゲームのまんまの顔してる!この子は数年後には会計になって、クリスと一緒に生徒会役員になるんだわ)
人酔いをしてぐったりしていたのに、それが吹き飛ぶ発見であった。
そうなると当然『他にも知っている顔が居ないかな~』と、シャルロッテはキョロキョロと列に並ぶ顔ぶれをチェックしはじめた。
「?シャル、どうしたの」
「あっ、えっと…アンネリア様を探してます!」
パッと言い訳をすれば、エマはなるほどと微笑んだ。しかもそれが聞こえていたアンネリアの父であるファージが「アンネリアはいまほら、入口あたりだ!女の子同士の友情は素晴らしいな!」と、すぐさま居場所を教えてくれる。
「ほら、今あそこだぞ」「もうすぐ来る」「見えるか?ちょっと抱えようか?」と、娘の姿そっちのけでシャルロッテに構ってくるファージ。熱量がちょっとうざい。しかしそうなると「わぁー、アリガトウゴザイマスゥ」と言う他なく、原作の登場人物を探す余裕はなくなってしまった。
ちなみにアンネリアは、横を通り過ぎる際にシャルロッテに向かってウインクしてくれた。
ファージは自分にされたと思ったらしく「うちの娘はほんっとにお父様が大好きでね~!」と、鼻の下を伸ばしてデレデレしていたが、アンネリアから『パパ大好き!』なんて話は聞いたことがない。『たぶんそれ違いますよ』とは、言わないでおいてあげた。
「ちなみに、学園長も遠縁だ」
「あらそうでしたの。融通が利いたりするかしら」
「縁などなくとも、必要であればどうにかするさ」
「お願いね。クリスが不自由なく過ごせるようにしてちょうだい」
学園長挨拶の最中、密やかにシラーとエマはシャルロッテの頭上で寄り添って会話を交わしている。内容は物凄く権力者系だ。こう見えてエマも意外と貴族らしいのかもしれないと、シャルロッテは義母の意外な一面を知った。
学園長の話が終わると、新入生代表挨拶。
クリストフが立ちあがれば、会場のざわめきが高まる。階段を上がるその姿に、入学生の間から黄色い声が上がった。
「クリスったら、モテモテねぇ」
「小うるさいとしか思っていないだろうがな」
古典的な礼儀作法に則り、クリストフが礼をした。
そうして薄紙を開けば、会場は水を打ったように静まり返る。
落ち着いたボーイソプラノがスラスラと述べる口上は決まったものらしく、古い言い回しで『僕たち、私たちは、一生懸命勉強します』といったことを、長ったらしく伝えていた。
述べ口上が終わり再び礼をした瞬間、学園長の話など比にならぬ、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。キャアキャアと甲高い悲鳴が混ざり、先ほどよりも会場がうるさくなってしまう。
「すごいわクリス、立派になったわね」
「エマのおかげだよ」
寄り添う二人には、シャルロッテの存在が消えているのだろうか。シラーよ、妻の肩を抱くのは後にしてくれまいか。ぎゅむっと二人に挟まれて圧迫されるシャルロッテ。髪の毛が崩れるのがイヤで、そこから前のめりになって抜け出す。
息子の成長に涙ぐむエマはいい。許そう。
しかし、それに乗っかってエマを甘やかそうとするこの男は許さないと、シャルロッテはシラーを軽く睨み付けた。
「なんだ、寂しいのか」
ふふん、そんな声がしそうな表情で、シラーはシャルロッテを嗤う。
イラッとするが、再び退場のラッパが鳴り響いて音楽が流れたので、シャルロッテは反撃を後回しにした。だって先頭だから、クリストフはすぐに来てしまう。
こうして、入場からちゃんと見守ったクリストフの入学式は無事に終わった。この後は入寮式もあるらしく、保護者は一緒には帰れない。
シャルロッテはエマとシラーの三人で馬車に揺られて公爵邸へと帰るのだった。