ポニーのティータイム 前編
アンネリア・マルカスはふんふんと鼻歌を歌いながら、馬車に揺られてレンゲフェルト公爵家へと向かっていた。
マルカス家は、馬のようにナイスガイな当主・ファージ率いる愉快な一家。爵位は序列第二位の侯爵。大元を辿れば建国時は騎士だった家系で、騎馬隊を率いたと伝承も残っている由緒正しき大貴族である。
ゆえに、未だ騎馬術や馬の養育などにはこだわりがある。馬車も特製で、貴族の間では有名だ。
道すがら、あまりの爆速の馬車に周囲の人間が「ひぇぇっ」と悲鳴を上げ逃げていたが、そんなのは車輪のガタガタいう音で彼女には何も聞こえていない。
「もっと早く着かないかしら~」
幼少期から乗馬を嗜み、実は運動神経抜群のアンネリア。
体幹も尻筋もしっかりあるため、馬車がいくら跳ねようが、態勢を崩すことなくルンルンと鼻歌を歌い続けている。
―――美しいレンゲフェルトの姉弟と、三人だけのお茶会。私、やっぱり選ばれし特別な存在ですわぁ!
アンネリアはでれっと顔の筋肉を緩める。
かつてはシャルロッテに「敵!?」と、ガブガブ噛みついたこともあったが…今では彼女が大好きだった。話してみれば存外優しくて、外見はとびきり美しい。まったくかまってくれないクリストフよりも、どちらかというとシャルロッテの方が好きになってきた今日この頃。
―――去年なんて、特別なお友達である私の誕生日会にしか、彼女は来なかったのよ!ふふふ、私ってば愛されてますわぁ!!
でれでれっと鼻の下を伸ばす顔は、馬によく似ている。しかし幸か不幸か馬車の中にはアンネリア一人。誰にも見られることなく済んだ。
そうこうする内に到着。公爵邸の門扉で検査を受け、今度はゆっくりと馬車が進んでいく。
所定の位置に馬車を止めれば、使用人に案内されて庭を進む。花が咲き乱れる、公爵邸の美しい庭。アンネリアはこの家が大好きだった。
「広いですわね…」
そんな声をアンネリアが漏らした瞬間、背後から鈴を鳴らしたような声が響く。
「アンネリア様!ようこそいらっしゃいました!」
光に愛されたような美少女が、早足で、しかし優雅にこちらへと向かってくる。その背後には仏頂面の黒髪紅目の美少年の姿が。
―――やっぱり、いつ見てもお美しいですわぁ!その上、公爵家という選ばれた血筋。私のように、美しく高貴な存在であれば当然、お二人と仲良くする権利があるのです!ほかのクソ雑魚貴族なんかに、このポジションは絶っっっ対に譲りませんことよ~!!!
アンネリアの家には、公爵家の二人と繋がりたい貴族から山のように手紙が届く。それはアンネリアがシャルロッテと仲良くなってからずっと続いており、無駄だというのに止むことはない。
ーーー身の程を知りなさいよね、まったく!
アンネリアは死んでも取り次いでやるものかと、その手紙の存在すらシャルロッテに漏らしたことはなかった。
「今日は庭でアフタヌーンティーにしましょう」
「素敵ですわね!」
歩き出すシャルロッテのことを、さりげなくクリストフがエスコートしている。寄り添う二人の美形にうっとりと、アンネリアは感想を漏らしていた。シャルロッテは庭のことだと思って「でしょう?花が見ごろなのよ」と、ニコニコとあれやこれやと解説をしながら案内をしてくれる。
席に着けば、豪華なティーセット、軽食、お菓子類。
控えたメイド達も揃って頭を下げてアンネリアを歓迎している。
「アンネリア様、弟さんはお元気?」
「ええ。もう走りますし、お父様と筋トレしてますわぁ」
「えっ、もう…?」
「ちょっと早すぎますわよね。将来当主ではなく、騎士になりたいとか言いだしそうで…お母様も呆れてますわ」
口を開けば女子同士、とめどなく話題は溢れ出る。
クリストフは終始無言。しかし、シャルロッテと会えばセットで絶対付いてくるので、すっかり慣れてしまった。
―――義理なのに、本当に仲がよろしいこと。
シャルロッテもブラコンであるが、クリストフは重症のシスコンである。
血が繋がってもいないのによくもまあそんなに仲良くなれるものだと思うが、レンゲフェルト公爵家の仲睦まじい様子は社交界でも有名だ。
そもそも、シラーとエマの熱烈な恋物語は貴族子女の憧れであり、以前からべったりと寄り添う姿は注目の的だったそう。家風なのかなと、アンネリアは特段おかしいとは思っていなかった。
―――まあ、私はマルカス侯爵家の女。待つだけじゃない、私が運命の男を迎えに行くわ!!もうすぐ学園にも入るし、きっと素敵な出会いがあるはず…!
脳内妄想に浸りつつもシャルロッテとの会話を楽しむアンネリア。
違和感を感じたのは、シャルロッテの手にほんの少しの紅茶がこぼれた時だ。何を思ったのか、クリストフがわずかに赤くなったそこを、べろりと舐めた。
その赤い舌に、アンネリアは思わず息を呑む。
そっとシャルロッテの皮膚を掠める赤い舌は、美しいのに妖艶で、カッとアンネリアの頬が熱くなった。
―――なんだかとっても、アダルティだわ!!
そんなクリストフを、シャルロッテは「やめなさい!手なんて汚いのに、だめでしょっ。ぺっしなさい!」と、なんでもなさそうに叱り飛ばす。クリストフは口先だけで「ごめんなさい、つい」と謝っていた。
でも、アンネリアは見てしまった。
叱られた後。常に無表情のクリストフが、顔を嬉しそうに緩め、甘やかな視線でシャルロッテを見つめているのを。
ーーーあれ?これって…。