館を探検
翌朝は、昨日も支度をしてくれたメイドの一人に起こされた。
「おはようございます、お嬢様」
「おはようございます…」
「今日はすることがたくさんですわ。さ、お目覚めになってください」
今日は本館を案内してくれるらしい。
楽しみである。
優しく温タオルで顔をぬぐわれ、髪を梳かれながらメイドへお願いをする。
「あのね、こうしゃくさま…おとうさまに、つたえたいことがあるの」
「家令に相談して参りますので、お待ちいただけますか」
ザビーの処遇について、一応被害者の意見を伝えておこうと思う。
現代人の精神を持つ私に、処刑とかの重きを背負うのは正直キツイ。自分のメンタルのためだ。
家令に打診したメイドは戻ってくると「時間が空いたら声をかけてくださるそうです」と言っていたので、会ってはもらえそうだ。
「ありがとう、おとうさまにあえるの、うれしいわ」
にっこりほほ笑めば、きゅーんと音が聞こえそうなメイドたちの顔。
美しい顔というのは何かと得なものだ。
朝食後、メイドに連れられて本館の玄関から案内をスタートしてもらう。
白い大理石がはめ込まれた玄関は広く、中央に置かれた装花は私の背丈よりも遥かに大きな作品で、思わず圧倒される。
「こちらが玄関、グランドフロアです」「簡易応接室です」「応接室です」「大広間です。舞踏会もできるほど広いのですよ」「遊戯室です。いつでも遊べますよ」「シガールームでございますが、お嬢様は入られませんよう」
と、一階の案内だけで頭がクラクラするほど広かった。
「あ、ここきのうの…」
「そうです。昨夜も使用しました。こちらは晩餐室です。ちょうど時間もいい頃合いなので、昼食にいたしましょう」
やっと座れる!とホッとしながら、昼食を頂く。
「おいしーい!」
「おかわりもありますよ、たくさん召し上がってくださいね」
給仕をしながら、メイドが屋敷の歴史などの解説をしてくれた。
「公爵家の様式は基本的には古代スガルド帝国のロッココン調をベースに___で、___のため___」
正直、難しすぎてさっぱりわからず、もぐもぐとご飯を味わいながら聞き流す。
「というわけで、飾られている芸術品も、一貴族であれば屋敷に相当するほどのものがございます。お嬢様はされないと思いますが、汚したり、破損したりなさいませんようお気をつけくださいね」
「ぜったいにしないわ」
屋敷に相当する芸術品て。
もはや置かないでほしい。
「…ところで、このりょうりって、どこからきてるの?ちゅうぼう?」
先ほど案内された中には厨房がなく、暖かな湯気をたてていた食事がどこから運ばれてきたのか気になり問いかける。
「厨房やランドリーなど、使用人の作業場は地下にございます。お料理はそこから運んでおります」
「ちかまであるの?!すごく、ひろいのね」
「はい!帝国最大のお屋敷です。普通の貴族のお屋敷ですと、屋根裏に使用人の部屋があるのですが、公爵邸は使用人の数も多いので、昨日までお過ごしいただいた別棟が設けられているんですよ」
「ほえー」
思わず間抜けな声が出るのを、メイドはほほえましそうに見ていた。食事が終われば、続いて二階へと案内してくれる。
「ここからは、プライベートな空間です」
「おきゃくさまは?」
「親しい間柄でいらっしゃれば、公爵様がお招きすることもありますね」
階段を上がってすぐの、ずらりと並ぶ茶色い木の扉をメイドが手で示す。
「宿泊される方のゲストルームが、この茶色の扉です」
「こ、こんなに?」
「はい。そして、ギャラリーと図書館を挟みまして、さらにプライベートな場所になります。ここからは、客人の立ち入りはご遠慮いただいております」
その先にあったのは、豪奢な扉。
「こちらは、クリストフ様のお部屋でございます」
私の部屋からほど近い位置にある。その近くには、私の部屋、メイクルーム、衣裳部屋、勉強部屋といった公爵家の人間が日常的に使用する部屋が集まっていた。
「そしてこちらが、旦那様のお部屋と、執務室です」
いっとう豪奢なドアが執務室だった。しかし、案内してもらっただけなのに、かなり歩いた上に気疲れした。
(この屋敷、広い、デカい、豪華。とんでもないところに義姉として貰われたな…)
ちょうどその時、執務室から家令が出てきた。
私たちを見て「少々お待ちください」と言って再び中へと戻る。
「あ、もしかして、あいにきたっておもわれちゃったかな」
呼ばれてもいないのに、公爵様に会いに来たと思われたかと思って不安になる。
メイドを見上げるも、メイドも顔色を悪くして私の方を見ていた。
(やっぱり…、公爵様って、お屋敷でも恐れられているのね。だって顔怖いし…)
「シャルロッテ様、どうぞ中へ」
家令がドアから出てきて私を呼んだ。まさか、会ってくれるらしい。
私は家令が支えてくれるドアから一歩室内に入り、できる限り丁寧に礼をとる。
「しつれいいたします…、おとうさま」
「堅苦しい挨拶はいい。こちらに来なさい」
呼び寄せられ、ソファへと誘導される。公爵様と対面の席を勧められ、緊張しながら腰かける。顔を見れば、相変わらずの鋭い眼光でこちらを見ていた。
「おいそがしいなか、おじかんいただき、かんしゃします」
「良い。して、用件は?」
「ザビー…、メイドみならいのしょぐうについてなのですが」
私の言葉を聞いて、公爵様は斜め後ろに控える家令に視線を向けた。彼はスッと音もなく移動し、どこからともなく一枚のペーパーを持ってくる。
「貴族への不敬罪、暴行未遂、窃盗、虚偽申告での屋敷への就職…悪質極まりない。極刑後、一族と村へも連帯責任を負わせる」
(思ってたより処罰が重すぎる!)
「わたくしが、ひがいしゃとして、いけんをのべてもよろしいでしょうか」
「なんだ。一族郎党極刑にしたいのか?」
「ちがいます!」
公爵様は、ぱちりとその紫色の瞳をまたたかせた。
そのしぐさは、昨日見たクリストフにそっくりだ。
「ほったんは、こうしゃくさま…おとうさまの『これをプレゼントにする』といったおことばから、しようにんに、ごかいがうまれたことです」
彼は不愉快そうに眉をひそめたが、私の話を聞いてくれるようだった。
「わたくしは、おもいしょばつをもとめておりません」
「決まりや前例に合わせた処罰だ。重くもない」
「ひがいしゃがうったえなければ、つみにならないはずです」
「使用人に舐められても、受け入れるということか?」
淡々と言葉をつむぐ公爵様は、分からないといった様子で小首をかしげる。
「ちがいます!ただ、わたしのせいで、ひとがしぬとかは、ちょっと…」
「修道院にいたせいか。生ぬるい思考回路だな」
「なんとおっしゃってもかまいませんが、きょっけいはやりすぎです。ひがいしゃとして、わたくしはかのじょをうったえません」
「ふむ。罪を公爵家への虚偽申告での就職のみとすれば…ザビーは屋敷をクビ、今後出身の村からは雇用をしない。といったところだな」
「それでじゅうぶんです」
公爵様は家令にペーパーを戻し「書類を作成するように」と告げる。
長い脚をゆっくりと組んで、見下ろすように、紫色の瞳が私を射る。
「今回は親子として周知前だったこと、来たばかりのお前に対する配慮で、この件については処遇を変えよう。しかし、公爵家のレディとしてであれば、絶対にしない決断だ。身をもって、この決断の甘さをお前は知ることになるだろう」
「え…?」
「面会は終了だ」
家令に促されて、ソファを立たされる。
お礼を述べて退出するも、最後の公爵様の言葉がひっかかっていた。
(この決断の甘さって、ザビーの処遇よね。私にそれで、なんの不利益があるのかしら…。だってザビーはもう屋敷にいないのに…)
私は不思議に思いながらも、もやもやとした気持ちで自室へと戻った。
夕飯までよくよく考えたが答えは出ず、私は気持ちを切り替えることにした。
(まずはクリストフと仲良くならなくちゃ!今日は会えなかったけど、明日は会えるかな)