あいにゆく2
公爵邸から城は、さほど離れていない。
テルーの乗っている馬車は、装飾などはない武骨な外見に反して乗り心地も良いものだった。快適に道中は進み、あっという間に城に到着した。しかし城門をくぐるも、ずらりと並ぶ兵士の中を走り、庭を走り、頭を垂れるメイドの間を走り、まだまだ走る、走る。
全然到着しない。
「城っておっきいのね」
「もうすぐ到着しますので」
途中でシャルロッテは感心してしまうが、ウルリヒとクリストフは窓の外を見ようともしていない。見事に整えられた庭園にも「くっきーたべていいか?」「揺れている時に食べると舌を噛みますよ」と、まったく興味がない様子だ。
まだしばらく進んで、奥まった場所に位置する東屋の横にやっと止まった。テルーが一度外に出て周囲の様子を確認していると、単騎で追いかけてきたゴリラ似の護衛が到着。ひょっこりとドアから顔を覗かせて、今まさにクッキーを口にしようとしていたウルリヒへと頭を下げる。
「ウルリヒ様、お迎えに参りました」
「やだ!いかない」
「し、しかしですね…ウルリヒ様、テルー様達にはこの後のご予定が…」
「いーやーだっ!」
今まさにクッキーを食べようとしていたウルリヒは、邪魔されてむかっ腹を立ててしまった。
ヤダヤダ星人となった幼児は最恐である。護衛がいくら頭を下げても「ヤダ!」、降りるようにテルーが言っても「ヤダ!」、クリストフが呆れても「イヤ!」と、なんでもかんでもイヤイヤヤダヤダと駄々をこねている。
「……しかし、時間が決まっておりますゆえ。シャルロッテ様、お先に行きましょうか」
「だ、だめだ!!いやだっ」
困ったような顔でテルーが提案するも、小さな暴君に即却下されてしまう。
いつもならばテルー達もウルリヒのペースに合わせているのだろうが、今日はシャルロッテも用事があって来ている。思い通りにいくところがいかず、ウルリヒはついにぐずり始めてしまった。
「や、やだぁ…っ、うっ」
見かねたシャルロッテが優しく頭を撫でながら「お家に帰って食べたら、もっと美味しいわよ」と言えば、ブンブンと頭を振られてしまう。
「こっ、ここが、いえだもん!」
「え?」
ココガ、イエダモン?
シャルロッテは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
窓の外を見て、ウルリヒを見て、そしてテルーを見た。
「え?」
(ウルリヒ様ってどっかの騎士の子どもで、先祖返りとかでこんな色なんじゃないの?!)
シャルロッテはウルリヒの親のことを『テルーのお弟子さん=騎士』と勘違いをしており、まさか城が家のお子さんだとは微塵も考えていなかった。
また、髪と目の色合いに関しても『貴族なんて辿りに辿れば王家の血が入ってるわよね』と、特に違和感なくスルーしていたのだ。
ギギギと、未だドアあたりでオロオロとしているゴリラに似た護衛に目を向けて、たくましい騎士がウルリヒを守っている事実を直視。そして悟る。
(自分に護衛がついてるから『子どもに護衛って当たり前』みたいに思ってたけど、普通はそんなの付かないんだわ…)
『あちゃー…』と、目を閉じて暫し天を仰ぐ。
そんなシャルロッテの様子に、涙をひっこめたウルリヒが心配そうに袖を引くも反応がない。今、シャルロッテの脳内ではものすごい速度でグルグルと考えが駆け巡っていた。
(待って、そしたらウルリヒ様って親戚…?親戚どころか、もしかして…)
シャルロッテが公爵家に引き取って貰えたのは『前日に現王に嫡子が出来た、シャルロッテが処分される可能性があった』というのが理由だ。血のスペアとしての価値がなくなったのだ。
あの日から、四年が過ぎている。
「……ねぇ、ウルリヒ様。お歳って、いくつかしら」
冷や汗をかきながらも、シャルロッテは己の袖を引くウルリヒににっこりと笑いかけた。
「よんさい!」
指をビシッと立てて、元気よく教えてくれる。泣き止んで何よりであるし、もうぐずってもいない様子ではある。しかし。
立っている指の本数は四本。四歳。つまり…。
(いやいや、まだ決まったわけじゃないわ。もしかしたら私の知らないところで、王子様と同時に王族の傍系が生まれている可能性だってあるし…!)
ふるふると頭を振るシャルロッテは、ウルリヒに「ねえ、ここに他に子どもって住んでますか?」と聞いた。
「いない!しゃるろってとくりすとふがいるから、わたしもこうしゃくていでくらしたい!」
「やめてください」
すかさず拒否をするクリストフに、ウルリヒが口をとがらせる。「なんでだ!」「なんでもです」というやり取りも、シャルロッテの耳を右から左に通り過ぎていく。
城に住むただ一人の子ども。即ち、王子。
シャルロッテの横でクッキーを握りしめポロポロ粉をまき散らしながら、義弟と口喧嘩をしているちびっ子が、王子。
「大変失礼を…」
今までの行動を思い返して頭を垂れるシャルロッテに、ウルリヒは指差してクリストフへと抗議の声を高める。
「ほらみろ、くりすとふ。しゃるろってはやさしいぞ!」
「お姉さまに指さすのやめてください」
「じゃあくりすとふにさす!!」
「意味が分かりません」
はぁ、とこれ見よがしにため息をついたクリストフ。ちらとシャルロッテの様子を確認して、再び嫌そうにため息を一つ。
「…ウルリヒ様、ぼくが一緒に待ちます。クッキーでも鬼ごっこでも付き合いますので、お姉さまとテルー様はちょっと行ってきてもいいですか」
「ほんとか!いいぞ!」
途端にご機嫌になったウルリヒは、満面の笑みで「はやくもどってこいよ!」と言いながらテルーに手を振っている。
この機を逃すまいとテルーは素早く立ち上がり、未だにショックを受けているシャルロッテをエスコートして馬車を下りた。
目礼で、クリストフの献身に感謝の意を示して。