反抗期
穏やかにシャルロッテの日常は積み重なり、公爵邸に来て四年が経った。
シャルロッテは十歳、クリストフはもう七歳だ。
「クリスったら、また背が伸びたんじゃない?」
「お姉さまも、ちょっと大きくなった気がします」
まんざらでもなさそうな顔で、シャルロッテの少し高い位置にある頭へと手を伸ばすクリストフ。義姉の髪をサラリと撫でるようにかすめて、己の頭と高さを比べるように示す。
「はやくシャルより大きくなりたいです」
クリストフも反抗期なのか、最近は「お姉さま」ではなく「シャル」と呼び捨てにすることがある。
(呼び捨て、わざわざ誕生日プレゼントとしてねだられたからなぁ。反抗期とはいえ、育ちが良いのが出てるわよね~)
七歳の誕生日プレゼントに「お姉さまのこと…シャルって呼んでもいいですか」と、もじもじと強請られたのだ。シャルロッテは即答で許可した。というか、自己紹介の時にシャルでいいと言っているので、プレゼントになどしなくてもよかったのだが。
「クリスならすぐ大きくなるわよ、お義父様も背が高いし」
「できれば、テルー様くらいになりたいです」
「そ、それは…頑張れば、なれる、かな…」
テルー様はもう背が高いというか、巨大だ。そして胸も腕も腿も、いつも服がパツパツなくらいに筋肉質。
年の割りには背の高いクリストフであるが、ほっそりと長い手足はムキムキに成長しそうにない。…というか、成長してほしくない。
(テルー様はとっっってもカッコイイけど、クリスになってほしいかというと…それは違うのよね…)
袖をまくり、上腕二頭筋に力をこめて「ほらみてください、固いんですよ」と、華奢な腕を晒すクリストフのままで居てほしいと思うのはワガママだろうか。触ってみれば確かに筋肉なのだが、薄く白い皮膚に包まれた筋肉は未だに慎ましいものである。
「そういえば!アンネリア様の誕生日会の招待来てたわね~」
話題を逸らすようにシャルロッテが手を叩けば、思い出したようにクリストフも頷く。
「あぁ…ちょうどいいタイミングですね。そろそろ何かしらに参加しないといけませんし」
「もう、私の友達よ!喜んで参加!」
年々増えていく招待状を、クリストフはほぼ全て燃やしている。
自宅で開くパーティーには顔見知りしか呼ばないし、参加する会はシラーとクリストフが厳選したものだけ。おかげでシャルロッテには、未だにアンネリアしか女友達が居ない。
「あんまり余計な人間を呼ばないように言っておいてください」
新しく交流を持ちたがっている貴族達が来るようなパーティーには「シャルを誰にも見せたくないです」と、参加を渋って行かないのだ。どうやら“義姉”という存在を、恥ずかしく思うお年頃らしい。
「それはお家の方が決めることでしょ…アンネリア様に言ってもダメよ、たぶん」
大好きな義弟に恥と思われるのはつらいが『子どもに反抗期は付き物だ』と、シャルロッテは自身を慰める。そして、友人であるアンネリアの誕生日会にアレコレ言いたくはないため、もっともらしい理由をつけて断った。
「それもそうですね。こちらで言っておきます」
クリストフはくるくると上げていた袖を整え、ボタンを留めた。おそらく、シラーを介してファージ侯爵に直接言うのだろう。シャルロッテは内心で『そこまで人に見せるのが恥ずかしい?私って…そんなダメ…?義理の姉だから…?』と、ショックを受けていた。
固まるシャルロッテに気づかず、クリストフは部屋に居るローズにも視線を向けた。
「ドレスはこちらで用意しますので」
了承したように、ローズは奥の壁で頭を下げる。
しかしシャルロッテは手をパタパタと動かして、首も横に振った。
「自分でできるわ。クリスだって忙しいのに~」
「自分のを注文するついで、です」
ぷい、と横を向くクリストフ。その優しさにじんわりと心が温まり、シャルロッテの気分も上を向く。わざわざドレスをオーダーしてくれるなんて“ついで”ではない。嫌われてはいないのがよく分かって『まあいいか』という気持ちになった。
穏やかな気持ちになったシャルロッテがローズを呼んでお茶を頼めば、彼女は「かしこまりました」と請け負う。しかし、準備のためにいつもならすぐ動くはずが、少し逡巡した様子でその場に留まった。
「どうかしたの?ローズ」
「あ、いや…」
ローズは「お話し中に失礼致しますわ」と前置きし、頭を下げて発言の許可を待つ。頭を下げている先はクリストフだ。彼が「良い」と言えば、面を上げる。
「髪飾りやアクセサリーなどは、こちらで選ばせていただけますか?」
アクセサリーなどもクリストフに任せると、全て黒や紅色にされてしまうのだ。ローズの確認は『それは止めてくださいませ』という訴えでもある。
正しく読み取ったクリストフは譲歩してやった。
「……まあ、それくらいは譲ろう」
「髪の毛はローズがいつも可愛くしてくれるものね!次も楽しみよ」
「身に余る光栄です」
恭しく頭を下げ「では、お茶をお持ちしますわ」と踵を返したローズ。シャルロッテはニコニコとその背中を見送り「デザイン画が出来たら、ローズにも見せてあげてね」とクリストフにお願いをした。
「わかりました」
「ありがとう。ねえ、あとテルー様って次はいついらっしゃるの?」
「それは…わかりません」
最初のお願いには軽く頷いたのに、テルー来訪の日時は教えてくれない。最近ではウルリヒがくっついて来ることも多く、シャルロッテも一緒に面倒を見なければならないのに、だ。
「またクリスの頑張ってるところ見たいのに~」
「別に見なくていいです」
「でも、テルー様に…ウルリヒ様のおもてなしもあるでしょう?」
「連れて来ないでくださいって言っときます」
すげなく断るクリストフに、シャルロッテは「じゃあ、テルー様に聞くからいいわよ」とむくれる。するとそれは面白くないのか、「いきなりテルー様にお手紙を書くのも失礼でしょう」と止めにくる。
クリストフは、未だにテルーとシャルロッテの文通のことを知らない。
今のところ言う気もないので、うぐっと言葉に詰まってしまう。
「そ、それもそうね…」
「そうですよ」
「でも、見たいのに~…」
結局、最後の最後には教えてもらえるのだが…毎回粘りが必要になる。
口をとがらせるようにして「教えてよ」と何度か言うが、クリストフはあっちを向いたりそっちを向いたりと、シャルロッテから視線を外すのみ。
「もう!クリスがどうしても教えてくれないなら、仕方ないじゃない!テルー様はお優しいから、許してくださるわ。お手紙書いちゃうわよ」
「……。やめてください」
「じゃあ、クリスが教えて」
やっと紅い瞳と視線を合わせることができたので、じりじりと迫る。すると観念したのか、クリストフはぼそぼそと日時をつぶやいた。