hey,kids!2
「この子はクリストフ。私の可愛い義弟よ」
シャルロッテの言葉に、ウルリヒはひょこっと顔を出した。クリストフをじっと見上げて、頭のてっぺんからつま先まで観察し…一度シャルロッテと見比べてから「……にてない」と、ボソリと言った。
それにぎゅっと眉根を寄せるクリストフ。
「そう?私の大好きで大切な、世界一素敵な義弟なのよ。仲良くしてね」
「…………かぞく?」
「そうよ、仲良しの家族」
青白いほどに血の気の引いていたクリストフの顔に、僅かばかりの色が戻る。様々な考えが彼の脳裏をよぎるが、それらを振り払って目の前の問題のみを解決することに決めたらしい。少し左右に頭を振ってから、今度はしっかりとした足取りで進み出た。
ウルリヒと繋いでいるのとは反対側、シャルロッテの右手をぎゅうと握りこんで「初めまして」と、ウルリヒへと話かける。
「お姉さまの義弟のクリストフです。よろしく」
「…………よろしく」
「僕のお姉さまなので、手を離してください」
「…………やだ」
「名前は?」
「…………うる、りひ」
シャルロッテを挟むようにして会話する二人。ハイジが「ちゃ、ちゃんと会話してる~。クリス様ってばオトナですねぇ!」と、お腹を抱えて笑っていた。小うるさいその笑い声に苛立ちを覚えつつ、クリストフはシャルロッテに視線を合わせる。
「お姉さま、どういうことですか。僕以外の弟なんて、認めませんよ」
「やだ違うわよ!テルー様の、お弟子さんの、お子さんなんだって!もう!何言ってるの~」
「いや、でも…似てません?」
クリストフは責めるように、握りこむ手に力を込める。シャルロッテはそれを不思議そうにしながら「世界には、似た人間が三人居るっていうわよね~」と、まるで分かっていない様子。
そのうちにテルーがやってきて「訓練を始めましょうか」と言うので、クリストフは何度も後ろを振り返りながらそちらへと向かう。
「お姉さま。僕以外の弟は……可愛がっちゃダメですよ!」
「まだ言ってるの?!弟はあなただけよ、頑張って行ってらっしゃい!」
あしらうようにヒラヒラと手を振る、その様子をじっと見ていたウルリヒ。クリストフが十分に離れてから、くいくいとシャルロッテの手を引いた。
「ん?」
視線を合わせれば、ウルリヒはもじもじとした様子。何度かクリストフたちの方へと視線をやりながらも、直視はせずに口をとがらせた。
「あやつは、よいやつか?」
「とってもいい子よ。ウルリヒとも絶対に仲良くなれるわ」
「まことか?」
「ええ」
「……ふぅん」
それ以降はテルー達に真っすぐ目を向け、口をつぐんだ。大人用の椅子のせいで浮いた足を、時折ぶらつかせる様子は可愛らしいものである。
どうやらちゃんと見学する気があるらしいと分かり、シャルロッテとハイジは安心して席に腰かけた。
始まったテルーとクリストフの訓練は、シャルロッテが思った以上に激しかった。軽快に打ち合う音が続いたと思えば、クリストフの体がべしゃりと崩れる。
「まだまだァ!」普段のテルーからは想像もつかない咆哮が響き、シャルロッテの皮膚までビリビリと震えた。そんなやり取りが何度も繰り返されていた。
「いや~、公爵邸だとクリス様にあそこまで激しく攻撃する人いないんでぇ、かなりイイ訓練になりますよ~」
「ハイジも?」
「流石にあそこまではね~」
言ったそばから、クリストフの体がゴロゴロと土を付けて転がった。クリストフは素早く立ち上がり、すぐに剣を構える。
「ホラ、いい感じですねぇ」
「ほんとね!クリスかっこいいわぁ」
凛々しい顔で走り出すクリストフに、シャルロッテが頬を染めて「がんばれー!」と応援を飛ばした。立ち上がらんばかりの応援に、ウルリヒは不満げな顔をする。
「…………わたしも、できる」
くちをへの字にしてウルリヒが言うのに、ハイジが目を細めてグイグイと顔を近づけた。
「ウルリヒ様もできるんですか~!すごいですねぇ」
「おい、はなれろ」
語尾の伸びるハイジの物言いに、馬鹿にされていると感じたのだろう。ウルリヒは指を差し、嫌そうな顔をして「きもちわるい」とも言った。それに大げさにショックを受けたハイジは「えぇっ!ひどいっすよぉ~」と、情けない声を上げる。
(キモチワルイは、傷つくわよね…)
しかも言った方のウルリヒは、どことなく『してやったり』な顔をしている。面白がっているのだ。これはよろしくない、と、シャルロッテはやんわりと唇を噛んだ。できるだけ穏やかに、客人の預かり者であるから、穏便に!と、自分に言い聞かせながら口を開く。
「ねぇ、ウルリヒ。『きもちわるい』という言葉は、相手を傷つけるわ」
「きもちわるいとは、いってはならんのか?きもちわるいのに」
コイツ、と内心では思うが。
シャルロッテはウルリヒに目線を合わせて、優しい口調を心がけた。
「それは、傷つけようとして言ってないかしら?」
穏やかな声色だ。しかし、シャルロッテの紫の瞳には怒りが滲んでいた。
ウルリヒの顔に『マズイ』といった表情が浮かぶ。
「…………いった、かも」
「それは、いいこと?」
ウルリヒは首を振って、意思を示す。シャルロッテはそれ以上何も言わずに、彼を見つめ続けた。
「…………ごめん」
小さな、小さな声での謝罪。
しかしハイジはしっかりとそれを拾って、明るく大きな声で返してやった。
「いいですよぉ。俺もグイグイいってごめんなさい~。仲良くしましょ~、ねッ」
こくりと頷くウルリヒの頭に、シャルロッテが「いい子ね」と、頬を寄せた。サラサラと白金の髪が輝いて重なり、風が二人の境を曖昧にする。小さな瞳はすだれのように自分を覆う髪の毛に手を伸ばして「おんなじだ」と、つぶやいた。
ウルリヒは思わず、といった様子で、離れてゆく髪をひと房掴む。
「いててっ」
シャルロッテの小さな声に、ダダダと足音を立ててテルーがすぐに駆けてきた。
実は、シャルロッテが説教をしていたあたりから、テルーとクリストフは見学席の様子をずっと見ていたのだ。そうすれば、まさかのシャルロッテの髪を引っ張るウルリヒの姿。慌てた様子で土埃を舞い上がらせ、テルーは太い脚を躍動させて「ウルリヒ様っ、いけません」と、飛び込んでくる。
「あ、ごめんなさいっ」
テルーの声にハッと手を離し、今度は自発的に謝るウルリヒ。小さな両手を握り合わせおろおろしている。そんな彼の体を太い腕が抱き上げて、シャルロッテに深く首を垂れて謝罪した。
「シャルロッテ様、申し訳ございません!私の監督不行き届きで…!」
「テルー様。私が余計なことを言ったのですわ。お客人に申し訳ありませんでした」
「ち、ちがっ…!わたしが、わるいこといった…!」
ウルリヒは、シャルロッテにイラついて髪を引いたのではなかった。思わず触ってしまっただけで、決して嫌がらせをしたかったわけではなく…。まさかの、自分のせいでテルーとシャルロッテが謝り合う様子に、ウルリヒはじわりと涙をにじませた。
「しゃるろっても、てるーも、わるくない…!ごめんなさい…!」
その様子に、テルーは驚いた。大切に育てられるあまり、ウルリヒは少々傲慢なところが目につく子どもだったのだが…何があったのだろうか。ゴリラのような元部下に『何があった』と視線をやるも、彼はシャルロッテを拝むばかり。テルーには何も伝わらなかった。
「じゃあ、仲直りをしましょう」
そんな隙に、シャルロッテはウルリヒと握手。ゆらゆらと揺れる手に、ほっとした様子で「いいよ」と、許しを与えるウルリヒ。しかし恥ずかしくなったのだろうか、その後からテルーの胸筋に顔をうずめてウルリヒは動かなくなってしまい、訓練は中断した。
大慌てで謝るシャルロッテに、テルーは首を振って感謝の意を述べる。
ウルリヒがどうしてもと駄々をこねて付いてきたのだが、良い経験をさせてもらったようだ。謝罪なんてとんでもない。
「どの道、クリストフ様も限界かと思われます。今日はここまでに致しましょう」
「え、もうですか?」
正直そんなに時間は経っていないが、実戦形式で動くのは数分でも死ぬほど疲れる。特に、対人戦は長時間するものではないらしく、時間的にも丁度良いとのことだった。