天罰
社交界というのは、いつも話題に飢えている。
≪【修道院の汚れた歴史…院長は天罰の業火に!】落雷により死亡した院長は、汚職に塗れた聖職者だった!内部告発による証言…寄付金で湖畔の別荘購入?!…神は見ていた!落雷による一部火災、死傷者多数!修道院は閉鎖へ≫
数日前、新聞に載せられたある扇情的なニュースは、人々の関心を強く引いた。
社交界も釘づけの話題である。
「新聞を読みまして?例の閉鎖する修道院…」
「ええ。院長は雷で丸コゲだったんですって!」
「天罰よ、寄付金で別荘を買っていたとか」
公爵邸でのパーティーの最中。貴婦人たちの噂話に、シラーは露骨に眉根を寄せた表情を作る。すぐに彼女たちは気が付いて「あらやだ、オホホ…」と言いながら去っていた。
シャルロッテがちらりと義父を見上げれば、彼は視線を合わせずに「くだらん噂話だ」と言い放つ。
「その修道院って、私の居たところですか」
「知らん」
「だからここ数日、新聞読ませてくれなかったんですか?」
呆れながら横を見れば。クリストフもあらぬ方向を向いて、こちらと視線を合わせないようにしている。どうやら彼は新聞を読んでいたらしい。
「なぜ隠すのです」
「…………知り合いが死んだというニュースは、気持ちの良いものではなかろう」
シャルロッテは院長の死についてよりも、修道院の火災が気にかかっていた。あそこには大勢の人が暮らしていたが…無事だったのだろうか。
「別に、気にしませんよ」
シャルロッテは強がって言ったが、心配が顔に出ていたのだろう。シラーの長い手がぐしゃりと白金の髪を不器用につぶす。
「幸い、燃えたのは一部のみ。ほとんどの人間は無事だ。心配するな」
「……はい」
撫で方をしらないシラーの手により乱された髪を、すぐにクリストフが横から整えてくれる。「新聞読んだの?」責めるように聞けば、彼は視線を合わせず「はい」と言った。
「どうして隠すのよ」
「だって…そんなお顔をするでしょう」
「どんな顔よ」
モヤモヤとする胸を抱えて、シャルロッテはクリストフの手をやんわりと退けた。守られているだけ、なのだろう。この二人が意地悪で新聞を読ませなかったとは思わないし、遅かれ早かれこうして噂を耳にしただろう。だけれども。
(私に関係する話じゃない、すぐに教えて欲しかったって思うのは…わがままかしら)
「……テルー様に、ご挨拶してくる」
「僕も行きます」
少し、二人から離れて気持ちを落ち着けたかった。
「公爵邸の中だし、一人で大丈夫よ。すぐに戻るわ」
これ以上クリストフに引き留められぬように、シャルロッテは言いながら背を向ける。背中で、シラーの「行かせてやりなさい」という声が聞こえた。
ざわつく心を抑えてテルーを探せば、巨体の彼はすぐに見つかった。そして目が合った瞬間、彼の方からズンズンと近づいて来てくれる。
「シャルロッテ様!…お誕生日には伺えず、申し訳ありませんでしたな」
ゆったりと下げられる頭と共に、鍛えられた背筋が隆起する。シャルロッテの九歳の誕生日に招待したものの『忙しくて…』と、断られていたのだ。それを責めたわけではなく、シャルロッテは慌ててテルーの顔を下から覗き込む。
「とんでもありません!素敵な花の贈り物、とっても嬉しかったですわ」
「シャルロッテ様の美しさには及びませんがね」
おどけて差し出された皺のある大きな手に、小さな手を乗せる。軽く優しいキスと、ふわりと香る深い木のようなテルーの香り。シャルロッテは自身の心が落ち着いていくのを感じた。
「クリスの誕生日にもお気遣いいただいて…剣、とっても喜んでおりましたの。代わりにお礼申し上げますわ」
「それは良かった!」
クリストフの誕生日には、テルーから訓練用の木刀が贈られていた。二人はシャルロッテの知らないところでハイジと三人で鍛錬をしたりと、交流を深める機会があったらしい。クリストフもテルーに悪感情は抱いてないようで、シャルロッテは密かに安心していた。
「私も男児でしたら、テルー様に教えを乞えましたのに」
「ハッハッハッ」
少しむくれたシャルロッテにテルーは「して、どうかされましたかな」と、世間話を打ち切って、見透かすように促した。雑談でモヤモヤが晴れて素直な気持ちになっていたシャルロッテ。心の中を整理しながら口を開いた。
◇
「……メーニエ修道院。……私のいた所なのですけれど、ご存じですか?」
「ええ、存じております」
「その、いま噂になっている話も、ご存じですか?」
「そうですね。多少は」
嘘である。多少どころでなく、民衆の知りえぬところまで、テルーは知っていた。
実はここしばらく忙しかったのは、その事件が関係しているのだ。
落雷での火災として報道されたが、真相はそうではない。
怨恨殺人の後、証拠隠滅のための放火である。
「お義父様が情報を遮断していたみたいで、私、さっきまで知らなかったんです…!」
「なるほど」
汚職塗れの院長が、めった刺しの遺体で、しかも丸コゲになるほど焼かれて発見された。
初めは怨恨殺人の線で調べが進んでいたのだが…いつの間にか『落雷による火災』の線が浮上、新聞社による報道が大々的になされ、気づけば真実は【天罰であった】とされてしまった。
「私のためを思って隠してたのは分かるんですけど、なんかモヤモヤしちゃって!」
『隠していたどころか、君の義父上が犯人ですな』とは、テルーは言わない。
テルーが王に調査を命じられたのも、ただシャルロッテに関わることの真実を把握しておきたかっただけで、公爵家が罰せられることはない。
「何も気にせず、言って欲しかったのですね」
「そうです!さっき人の噂話から聞いてしまって、隠されてたと思ったらむかむかっとしてしまって!」
「ああ、他人が知っているのに、自分が知らないというのは…」
「そう、そうなんです!」
共感を示すテルーに、彼女は小さな口で一生懸命不満を吐きだしてくれる。その様子に少しだけ罪悪感を抱きながらも、テルーはひとしきり話を聞いて、スッキリした顔をするシャルロッテをじっと見つめて諭した。
「でも、あなたは賢い。それが気遣いだということも、分かっていますね」
「……はい」
「では、あちらで心配そうにしているお二人を見て、どうしますか」
テルーの視線を追えば、露骨にこちらを見つめるクリストフと、さりげなさを装いながらもシャルロッテを見ているのだろうシラーが居た。二人ともと視線が絡まって、彼女の顔に笑みがこぼれる。
「気にしてないよって、言ってきます!」
立ち上がるシャルロッテを、大男はちまちまと手を振り見送った。
この家で大切にされている彼女を思えば、あんな場所は燃えてよかったと思いながら。