学園になんて行かないで!2
「……じゃあ、お願いです」
そう言ってクリストフの手は、シャルロッテの肩を握る力を強くした。力が強いなぁ、とぼんやりシャルロッテが考えていると、紅い瞳が背伸びをしてずいっと迫って来る。
「え、っと…?」
「誕生日プレゼントをください」
(クリスの誕生日はちょっと先だけれど…何かしら。というより、今?)
今はシャルロッテの入学の可否についての話をしていたのだが…、何が欲しいと言うのだろうか。へらり、と笑って「何がほしいの?」と問うシャルロッテに、クリストフの口角が持ち上がる。
にっこり。音が付きそうなほど、クリストフは満面の笑みを浮かべた。
「誕生日プレゼント。『学園に行かないでください』」
「あ…」
「ね?いいですよね?」
ぽぅっと笑顔に魅せられて、シャルロッテは一瞬動きを止める。その隙に頬に手を添え、クリストフはぐいっとシャルロッテを物理的に頷かせた。
「ほら、頷きました!」
「もう…!そんな…ふふふ、ちょっと、やめて。おかしくなっちゃうわ」
つかまれた頬を左右に振って解きながら、シャルロッテは笑いを堪えるために口元を押さえた。いつも冷静なのに、こんなところでアホっぽくなるのは卑怯である。義弟が可愛くてたまらない。
(『ほら、頷きました!』って、あなたがさせたんじゃない)
ひとしきり笑った後ではあるが。あまり笑っては悪いだろうと顔を引き締める。終始真剣な顔をしているクリストフは、落ち着いたシャルロッテに再度、真っすぐな瞳でお願いをした。
「どうしてもそれが欲しいんです。…お姉さまと過ごす時間が欲しい。一緒に勉強したり、ご飯を食べたりしたい。どうかお願いです、お姉さま」
「…………もう、しかたのない子ね」
呆れたように言えば紅い瞳が輝き、ぎゅぅっとシャルロッテの胸に抱き着いてきた。ぽん、ぽん、とその背中をたたきながら「でもねクリス」と、黒髪のつむじに話しかける。
「中途入学ができるみたいなの。クリスと同じ年に入学するかどうか、それはゆっくり悩んで、自分で決めるわ」
ぎゅむ、と抱き着く力が強まる。しかし返事はない。
「クリス。その時にはあなたも居る。悩んで自分で決めても、いいでしょ?」
「……………はい」
渋々、といった感じでくぐもった返事が聞こえた。
シャルロッテを外に出さず、囲って守っておきたいクリストフの気持ちはよく知っている。しかし嫌だろうが、シャルロッテにだって決める権利があるのだ。
(お義父様も、私が決めていいって言ってたしね…!)
◇
こうして、シャルロッテは原作の舞台である学園への入学を見送ることにした。
(まあ、もともとクリスと離れて学園に行く気はなかったんだけどね)
内心で舌を出しつつ、可愛い義弟の必死な姿を見て胸をきゅんとさせていた自分は、意地が悪いのかもしれないと思うシャルロッテ。
二人で手を繋いで再度シラーの執務室へと戻れば、グウェインが今度は普通の笑顔で中へと招き入れてくれた。
「お義父様、入学についてなのですが…」
きちんと自分で言おうとするも、横からクリストフがぐいっと一歩前へ。「お姉さまをおひとりで学園に行かせようなんて、正気とは思えません」と、怒りを露わにシラーへと噛みついた。
慌てて繋いだままの手を引くも、吠える犬のように視線をシラーからそらさない。おろおろとシラーとクリストフの顔を見比べ、シャルロッテは嫌な空気を変えたくて、努めて明るい声を出す。
「今年の入学はやめておきます!いいですか、お義父様!」
シラーはため息を一つ吐いて、クリストフから視線を逸らす。
「シャルロッテが決めたのか?」
「ええ、私が決めました」
「本当にいいんだな?」
再度聞いてくれたが…ちょっぴり安心したように見えたのは、見間違いではなかろう。シャルロッテが『行きたいです』と言ったところで、隣で毛を逆立てているクリストフを説得するのはかなり大変だろうから。
「はい。でも、クリスと同じタイミングでの入学については、まだ考えています」
「分かった。とりあえず今回は入学を見送ろう。あとは三年後だな…」
学園は途中での入退学も頻繁らしく『どのタイミングで入っても、学園で浮いたりはしない』とのこと。ちなみに、婚約が整って辞めていく女子も多いので、学年が上がるとどんどん女子は減っていくそうだ。
「そしてクリス。そんなに怒ってみせたところで、シャルロッテの人生を決めるのはシャルロッテだ。可能性を奪ってはいけない」
ため息をつくように諭すシラーは「まあ気持ちは分かるがな」と付け足しながら、クリストフにこの場に残るように言った。グウェインが大変良い笑顔でシャルロッテを出口へとお見送りしてくれるものだから、残りたかったが渋々退席。
(何を話すのかしら…)
結局、シャルロッテがその内容を知らされることはなかったが、グウェイン曰く『男同士の話し合いでございます』ということだった。
◇
ソファーで紅茶をたしなみながら、シャルロッテは給仕してくれるローズに声をかける。
「ねえ、あなたは学園には行ったの?」
「いいえ。私は別に結婚したいわけでも、領地を継ぐわけでもなかったので…学園に行かず、公爵邸への就職を選びましたわ」
「結婚したい人は行くものなの?」
こてん、と小首をかしげるシャルロッテに、ローズは少しだけ声を落として教えてくれる。
「玉の輿狙い…より良い結婚相手を求める子は、学園で出会いを求めるのですわ~。いくつもの恋愛小説の舞台にもなってますのよ!」
「へぇ、どんな話?」
「たとえばですけど、魔力の多い平民の女子も入学しますので…平民と貴族の禁断のラブロマンスとか、去年流行りましたわね」
「なるほど」
(まんま原作のヒロインだわ。身分差恋愛が、違和感のない場所なのね)
「とりあえず来年の入学はやめたの。でも、私にも婚約者は居ないから…行くべきだったかしら」
ローズは、ぎょっとした顔で固まった。
すると静かに控えていたリリーがやって来て、ローズの腰を小突く。「殺されたいのか」「余計なことを言うな」と、声をかけているが、ローズの硬直は解けない。やれやれとため息をついて、リリーが場を繋ぐかのように話しかけてきた。
「学園に行けば騎士団へのスカウトもありますし、城への就職には成績の順位が重要です。なんというか…目的のある人が行くところなんですよ。婚約者探しというのは一部の方のみ、とご理解ください」
ふんふん、と頷くシャルロッテ。
「……お嬢様のこ、婚約とか…ご結婚に関しては…何も心配いらないと思いますわ」
ようやく動き出したローズは「なので、そのようなご心配は口にしないでくださいませ、ね、ね?」と、必死さのにじみ出る笑顔で同意を求めてきたので、とりあえず頷いておいた。
(血筋のこともあるし、学園で婚活なんてできないんだけどね)
内心でローズごめんねと思いつつ、シャルロッテは学園に関する情報を集めるため、二人にアレコレと質問を繰り返した。