学園になんて行かないで!1
「シャルロッテはどうしたい?」
シャルロッテは九歳になる頃に、義父にある質問をされた。
「入学、ですか」
「九歳になると、学園から案内が来る。入学は十歳、卒業は成人の十六歳だ」
シャルロッテは手を上げて「ハイ」と、質問をする許可を求める。シラーはいつもの椅子に掛けたまま、腕を組んで鷹揚に頷いた。
「学園て、何ですか」
小首を傾げつつ、シャルロッテは問うた。
「今シャルロッテが授業で学んでいるようなことを、集団で学ぶ場所だ。我が家の教育と比べれば質は落ちるが、人脈を作るには役に立つ。家を継ぐ気がある者や、城に就職したい者などは通うことが多い」
(学園て…そうだわ。原作の舞台になる所じゃない!)
その事実に気が付き、目をくわっと開くシャルロッテ。
シラーがクイクイと指を折れば、後ろで控えていたグウェインが紙束をシャルロッテへと差し出した。
白い手袋がはめられた執事の手が差し出すそれを「ありがとう」と言いつつ受け取る。パラパラとめくれば、どうやら学園に関する情報をまとめてくれた資料らしい。
(平日は寮生活、休日は帰宅可。女子は…全体の二割程度…?!)
「お、女の子ってこんなに少ないのですか…?」
「ああ。そもそも、女子は出生数が少ない」
パーティーなどでは男女比が半々程度、むしろ女子の方が多いように感じていたシャルロッテはぱちくりと目を瞬かせた。そんな様子を見てだろう、グウェインが一歩前に出て口を開く。
「幼少期から婚約者がいるような高位貴族の家では、女児を家の外には出さず家庭教師を付けることが多く、学園には出さないのです。その分、女性はパーティーなどには積極的に参加して人脈を築くので…お嬢様の周りには女性が多くおりますが、世の中には少ないのでございます」
言葉少ないシラーの説明に補足を加えて「差し出口を申しました」と、丁寧に一礼。テールコートの裾がひらりと揺れる。
(そうなると…?私は、家に居た方がいいってこと?でも、もしラヴィッジを継ぐことになるのなら、学園に通って人脈を築くべきなのかしら…?)
もやもやと広がる将来への不安。
眼前のシラーへと、躊躇いがちに尋ねてみる。
「あの、私…将来はどうするのでしょうか?」
「お前はどうしたい」
その問いかけにしばらく考えるが、シャルロッテは答えられなかった。
(私?私はどうしたい…?)
きっとシラーに未来を指示して貰えれば、シャルロッテは前向きに受け入れることができる。その程度の信頼感が義父にはあった。
「お義父様は、どうするべきだとお考えでしょうか」
「私の意見はどうでもいい。どうしたいんだ?」
エマもシラーも、シャルロッテがどうしたいかをちゃんと聞いてくれる。以前言っていたように、無理にラヴィッジを継がせるつもりはないようだ。
黙りこんでしまったシャルロッテに、シラーは言い聞かせるようにして繰り返す。
「シャルロッテがどうしたいか、それが重要だ。学園へと通うかどうかも、自分で決めていいんだ」
じっとシラーの紫色の瞳を覗き込んでみても、答えをくれるつもりはなさそうだった。
シャルロッテは胸に抱いた学園の資料に視線を落とす。
「…来年の話ですよね。少し考えても良いですか」
「納得のいくまで考えるといい」
穏やかなシラーの声に送り出され、シャルロッテは執務室を出た。
すると、ドアを開けてくれたグウェインがそのまま廊下に出て来て「一つ、よろしいですか」と声をかけてくれる。
「はい…?」
「実は、学園には中途での入退学も可能でございます」
(となると…行くだけ行って、合わなければ辞めることも可能ってこと…?)
パッと浮かんだ考えを口にしようと、見上げたグウェインの顔は…能面のような笑顔。
(いや違うわね。これは、クリスの入学を待って一緒に行けってこと…?)
なんとなく『来年行くとか言うなよ、せめてクリストフを待て』といった圧力を感じるシャルロッテ。執務室での補足も、どちらかというと『シャルロッテを学園に行かせない』側の情報であったことに気が付いて、ぎ、ぎ、ぎ、とグウェインから視線を逸らす。
「答えを出す前に、必ず坊ちゃまにもご相談くださいませ」
「わ、わかった…」
不気味な笑顔のまま腰をかがめて視線を合わせようとしてくるので、押され気味にコクコクと頷いて「じゃあ、戻るわね。クリス待ってるから」と、背中を向ける。
「きちんとお伝えしませんと、こじれますよ」
そんな声を背中に聞きながら『確かに。クリスにどう切り出そうかしら』と、シャルロッテは頭を悩ませた。
「学園…?」
ボトリと、手にしていた本を落とすクリストフ。その視線の先には、シャルロッテの抱える紙束。先ほど貰った資料だ。ドアを開け、部屋に戻った瞬間に気づかれた。
(伝える間もなく気付かれたのだけれど…グウェイン、これは私のせいじゃないわ…)
脳内で先ほどまで会っていた執事に言い訳をしていると、踏み込むようにこちらへと、一足飛びに近づく紅い瞳。気づけばシャルロッテの眼前にクリストフの顔が迫っていた。
「行かないでください」
パッ、と資料を奪い取られてしまう。一応形ばかり手を伸ばして「返してちょうだい」と言うが、ふいと顔を背けられてしまった。
(やっぱり。当然ゴネるわよね…!)
「護衛も付けず、知らない人間がうじゃうじゃ居るところにお姉さまを通わせる…?お父様は正気ではない…?」
「九歳になると貴族には全員、入学案内が来るのよ」
シャルロッテの言葉にぱらりと資料に目を通すクリストフ。そして何かを認めた瞬間、今にも紙を破り捨てそうな形相をする。「寮生活…?!」と呟き、堪えるようにぐしゃりと紙束を両手で握りつぶして、眉根を寄せシャルロッテを睨んでくる。
「絶っ対に認めませんからね!お姉さまの身の安全はどうするんですか!」
「後継ぎは大抵通うらしいから、安全面は大丈夫と思うけれど…」
「男ばっかりの場所の、どこが大丈夫なんですか!!そんなところ、なおさら行かせられません!!」
いつになく大きな声に、たじたじといった様子のシャルロッテ。
『僕は絶対に引きません』と顔に書いてあるクリストフは、シャルロッテの肩を掴んで大きく揺さぶった。
「こんな、こんなにも美しいお姉さまが…?!有象無象にまみれた学園で…ね、寝起きするなんて…!無理がある。無理ですよ、ボリボリと頭から喰われるのが目に見えています…!」
「いや、怪物なんて居ないわよ。勉強するところだからね」
ツッコミどころ満載のクリストフのセリフにいやいやと茶化すように首を振るも、ギンッと睨まれて思わず口をつぐむ。
「学園なんかより、公爵邸の方が優れた教育が受けられます!どこにも行かなくて良いじゃないですか!」
「んー、ほら。人脈づくりとか?集団生活で学ぶこともある、みたいな?」
「そんなのパーティーでもすればいいでしょう、ね?」
ポイと資料を投げ捨てて、両手で縋るように肩を握ってくるクリストフ。
それでもシャルロッテが「えー…、うーん…」と言葉を濁していると、紅い目が一瞬据わった。