お手紙っていいな
誕生日会の後から、シャルロッテに文通相手が増えた。
「お嬢様、お手紙です」
銀盆に乗せて差し出されるのは、華やかな色の封筒。
誕生日会の日にうやむやに終わってしまった会話を惜しく思ったシャルロッテが手紙を書き、ゆっくりとではあるが、途切れることなくやり取りが続いている。
「アンネリア様も意外と筆マメよね~」
相手は、猪突猛進を絵に描いたような侯爵令嬢のアンネリアであった。
手紙を開封して中を検め、シャルロッテはヒラヒラと紙を振る。毎回何やらお香でも焚きしめているらしく、良い香りがするのだ。
「ね、クリス。いい匂いじゃない?」
「……普通です」
当然のようにシャルロッテの部屋で本を読んでいたクリストフは、大して匂いもせずにフイと顔をそむけた。その様子を気に留めず、シャルロッテはローズが差し出すいくつかの便箋から、どれで返事を書こうかと悩みだす。
「うーん、こっちも可愛いけど…こっちにしようかなー」
シャルロッテは初の女友達(仮)に浮かれて屋敷の人間…特にクリストフに、手紙がくるたびアンネリアの話ばかりしていた。するとクリストフの中では“お姉さまを盗られた”ような気持ちがむくむくと湧き上がり…アンネリアの好感度は急降下、今現在は地を這っているところである。
今現在も『義姉が自分ではないものに構っている』この状況が業腹で、クリスはちょっぴりスネていた。
「僕はお姉さまから、お手紙を貰ったことがないのに…」
「えっ、だって…同じ家にいるわよ?」
「僕もお姉さまのお手紙が欲しいです」
「えぇ…、私はクリスとはお話するのがいいなぁ」
バタン!と本を閉じて「お姉さまのお手紙が欲しいです」と、繰り返す。珍しく駄々をこねるクリストフにシャルロッテが折れて、結局手紙を書くことになってしまった。
(毎日一緒に居るのに、書くことないよ…。誕生日にメッセージカードじゃダメかな…)
『ちょっと面倒だなぁ』と、シャルロッテがずるいことを考えていると「アンネリア様に送るよりも、たくさん書いてくださいね」と、釘を刺されてしまった。
その文通はシラーにも当然知られており「ファージのところの娘と文通しているらしいな」と、ある日突然声をかけられた。
「はい。仲良くして頂いてます」
「あそこの家は領地経営も手堅く、爵位も公爵と近い。悪くない相手だが…しかし、よく仲良くなったな」
初回のお披露目の時に、泣いて走り去るアンネリアの姿を当然覚えていたシラー。「話が合うのか?」と、懐疑的な眼差しだ。まさかシャルロッテと仲良くなるとは思っていなかったらしい。
「なんとなく流れで…という感じです。アンネリア様、分かりやすくって可愛らしいですし」
ふふふ、と笑顔でアンネリアを褒めるシャルロッテを、クリストフはじとーっと見ていた。そのどこか不満げな息子の様子を見たシラーは、呆れた顔でため息をつく。
「クリストフ…あまりシャルロッテを困らせるな。女友達が居ないと、将来困るのはシャルロッテだ」
「!」
「エマにも社交界に友達くらい居るんだぞ」
父親に注意されたことが意外だったのだろう。紅い目を大きく見開いて驚いたクリストフはしばらく固まってから「……分かりました」と短く答えた。そんな息子に、シラーは「女性にしか入れない世界もあるんだ」などと、何やら語りだす。
(お義父様がクリストフに説教くさい話してるのって、珍しいかも。いい兆候ね、ちゃんと親子してるじゃない)
そしてシャルロッテは、シラーの後ろでグウェインが感銘を受けたかのように大仰に頷いて喜んでいるのに気づいてしまった。
(お義父様とクリス、どっちの成長に喜んでるのかしら?)
そして連鎖的にグウェインにお願いごとがあったのを思い出し『お義父様とクリスは話してるし…、いいかな』と、そっとグウェインに近づく。ちょいちょいと手招きしてかがんでもらい、こっそり、こっそりと彼の耳に口を寄せる。
「グウェイン、私、クリスに誕生日のプレゼントをあげたいの。予算って、どれくらい使っていいかしら」
「ほう、何を贈るおつもりですか?」
ごにょごにょ、と囁けば。
「それは…もう、いくらでも結構でございますよ」
甘々な冗談を言うグウェインに呆れて「いくら?」と再度問えば、今度はきちんと金額が返ってきた。
「そんなに!?」
「ええ。それ以上の金額でお願いします」
「えぇ…」
「慣れてください」
ニッコリと、仮面ような笑顔のグウェイン。公爵家の財布は大きすぎるのだ。下手に前世からの金銭感覚があるせいで、どうにも馴染めない。
「お嬢様から頂いたら、坊っちゃまはそれしか使わなくなります。公爵家に相応しい、一級品をお贈りくださいませ」
「え、それしか使わなくなると…良くないんじゃない?あげない方がいいかしら?」
グウェインは「普通の貴族であれば、金回りが悪いと思われるかもしれませんけれども。公爵家に金がないと思う阿呆はおりませんので」と、可笑しそうにしばらく笑った。『確かにそうだ』とシャルロッテが納得すれば、グウェインは優しい顔になる。
「必ずお喜びになりますから、ぜひ贈って差し上げてください」
◇
そして迎えた、クリストフの誕生日…その前日。
盛大なパーティーが翌日には開催されるのだが、シャルロッテは前夜にどうしてもプレゼントが渡したくて、コンコンとクリストフの部屋のドアを叩いた。
「クーリスー、今、いい?」
「珍しいですね、こんな時間に」
もう寝る直前といった時間だ。ドアからひょこっと顔を出すシャルロッテに、パジャマ姿のクリストフがパタパタと駆け寄る。
シャルロッテは後ろ手に何かを隠したまま室内へと入り、堪えきれなくなったかのように「えへへ、あのね」と言うなり、パッとそれを差し出した。
「プレゼントを渡したくて」
「!」
差し出される小さな箱を、クリストフの小さな両手が受け取った。そしてそのまま、そっと紅いリボンを解く。
蓋を開ければ中からは、夜空の星を埋め込んだように輝く黒い宝石が現れた。
「これ…カフスボタン…?」
「そう!明日使って欲しくって。それで、今だったの」
カフスボタンとは、袖口を装飾するための品である。白金の台座に埋め込まれた黒は、クリストフの眼前に掲げられ光を集める。
「もしかして、2人の髪の色ですか…?綺麗…。嬉しい…お姉さま…ありがとう!!」
白い頬を紅潮させて、クリストフはぎゅっとプレゼントを抱きしめる。実は台座の色は、ローズの助言で決めたのだが…喜んでもらえて、シャルロッテはホッとした。
(ちょっとやりすぎかなと思ったけど、クリスが絶対喜ぶって言ってたローズは大正解だったわね!)
「あとね、これ…」
珍しくもじもじするシャルロッテは、恥ずかしそうに白い封筒を取り出した。すぐに開けようとするクリストフを慌てて止めて「あとで読んでっ」と、うわずった声を上げる。
「ちゃんといっぱい書いたよ。でも恥ずかしいから、私が居ないとこで読んで!」
「手紙…、ですよね」
クリストフは封筒を何度もくるくるとひっくり返し、シャルロッテの書いた『クリストフ・レンゲフェルト様へ』という文字をそっと指でなぞる。
「いっぱい悩んで書いたから、ちょっと変なところがあっても許してね」
「アンネリア様に書く時よりも?」
照れて横を向くシャルロッテを、クリストフは機嫌良さげに微笑んで覗き込む。
「もっともっと悩んだわ!だって、クリスに書く時は…何だか特別なんだもの」
家族に何を書けばいいのか、シャルロッテはたくさん悩んだ。クリストフの好きなところ、思い出、いつも感謝していること…書き進める内に照れ臭くなってしまって、何度筆を止めたことか。
「僕、お姉さまがアンネリア様の話ばっかりするから…ちょっぴり寂しかったんです」
クリストフは宝物を抱きしめたまま、ポスンとシャルロッテの肩に頭を乗せた。
「でも、もう大丈夫です」
翌日のパーティーでは、クリストフの袖口には素敵なカフスボタンが輝いていた。そして彼は、今までよりも他人とよく話し、アンネリアに極端に冷たくすることもなく、そつなくパーティーをこなした。その姿を見てシラーは「それでこそ公爵家の男だ」と、肩を抱き褒め称え、そんな二人を見てグウェインは咽び泣いたという。




