誕生日会 ポニー2
「ちょっとだけ…お可哀想な気がします…」
いつぞやのアンネリアを思い出してしまい、少女を可哀想に思ったシャルロッテが庇えば「だってマナー違反ですもの、上の者が教えてやるのが義務ですわ~」と、自分のことを棚に上げた発言をするアンネリア。
「お二人とも、お優しすぎますの!」
しかもぷりぷりと怒っている。なんと、最初から見ていたらしい。「あの女、弟が走るのを止めもしなくって」「だいたいなによあのドレス」「この私に名乗りもせず話しかけるなんて…信じられませんわ!」「しかもクリストフ様のお優しさに付け込んで…」と、ぺらぺらとよく喋る口が止まらない。
「わざと弟を野放しにしていた?」
クリストフがピクリと眉を少しだけ吊り上げて、うっすらと怒りのオーラを滲ませるが…それに全く気が付かないアンネリアは、クリストフが自分の言葉に反応したことが嬉しい様子。びくんと体を跳ねさせて、手をバタバタを振って大きく頷く。
「えっ!ええ!!私見てましたわ!」
「目的は?」
「クリストフ様とお話ししたかったからに決まってますわ!」
それ以上言葉を返さないクリストフに、アンネリアは「私、ちゃぁんと見てましたの!」「あの女、あからさまに媚びてましたわ!」「そんな卑怯な手でも使わないと、男爵家如きが公爵家のクリストフ様には近づけませんもの!」と、次々と言葉を捲し立てる。
クリストフは何を考えているのか黙りこくってしまったので、沈黙が気まずく、仕方なしにシャルロッテが口を開いた。
「あー…、男爵家から公爵家に話しかけるのって、やっぱり子ども同士でもよくないのかしら?」
爵位を持つのは親で、子どもは子どもである。
シャルロッテの解釈は間違ってはいないが、アンネリアは「暗黙の了解ってやつですわ!男爵なんて、一歩落ちたら平民よ!」と、一応周囲を気にしてか小声で吠えている。
「私たちとは、格が違うのですわ!」
あまりの言いぐさにシャルロッテは戸惑って、クリストフを見る。すると何かを考え込んでいるクリストフは、鬱陶しそうにアンネリアへと吐き捨てた。
「僕らからすれば、みんな下だから」
目の前のアンネリアをもまとめて殴りつけるような発言に、現代人的な感覚のあるシャルロッテはちょっと引いた。
(まあ確かに、公爵家っていう爵位は最高位ではあるけど…。小さい時からそんな感じで、いいのかしら…。せめて目の前で言うのはやめた方が…)
脳内ではさっきの少女をどうしてやろうかと考えていて、本音がポロリと漏れてしまったクリストフは、義姉のちょっと引いた様子に気づかない。シャルロッテは気まずげにアンネリアを見遣るも、当の本人は全く気にならないようで「公爵家の上には王族しかおりませんものね~」と、納得までしている。
(二人とも選民思想…。でも、身分に関することはうっかり口出すと失敗したりもするしなぁ…。正解が分からないというか…)
一度メイドの件で痛い目を見たシャルロッテはうーんと頭を悩ませる。すると、クリストフの嫌味がまったく響いていないアンネリアが、あろうことか腰に手を当ててシャルロッテに絡み始めた。
「女には、女が言う方が早いのです。あのような小物にはビシッとかましてやればいいのですわ!」
ぴくり、再びクリストフの眉が跳ねる。
「僕がなんとかする。お姉さまに余計なことを言うな」
そして一刀両断。クリストフの底冷えするような声に、アンネリアはぐっと押し黙って、目にじわりじわりと涙がたまりだした。
「で、でもっ…」
「もう、どっか行っていいよ」
クリストフの言葉に、ぶわぁっとアンネリアの瞳に涙が盛り上がる。
(あ、また泣いちゃう…!)
それに焦ったシャルロッテは「ちょっとごめんなさいね」と、アンネリアの腕を引いた。意外と抵抗なくすんなりと動いたアンネリアと、少しだけ離れた位置に居るクリストフに背を向ける。こそこそと話すスタイルで、口元に手を当てて声を潜めた。
「実は私…ビシッと言うとか、そういったのが苦手でして…」
「そうなのですか?」
ぐすん、と鼻を鳴らしながらアンネリアは首をかしげる。相談の体で話せばアンネリアは乗ってくるだろうと、シャルロッテは「ええ…」と困り顔を作ってみせた。
「たしかに、シャルロッテ様達はあまり社交の場に出られませんものね」
「そうなんです」
「クリストフ様はモテますでしょ?ビシッと言ってマナーを守らせないと…爵位の低い女たちに取り囲まれて、そのうち身動き取れなくなりますわよ」
わらわらと群がる女子に取り囲まれ、無表情のまま埋もれていくクリストフを想像し「それは…可哀想ね」とシャルロッテ。
「シャルロッテ様は公爵令嬢なのですから、何を言っても許されましてよ?」
「アンネリア様みたいにうまく言えるかしら…」
「まあ!わ、私が教えて差し上げてもいいわ」
すっかり泣き止んで調子に乗ったアンネリアの発言に「いいのですか?」とシャルロッテが喜色満面の声で返す。頼られてまんざらでもないアンネリアが「も、もちろんですわ」と答えたところで、待つことに耐えきれなくなったクリストフがそっと背後に近づいた。
シャルロッテの腕をくいくいと引き、パチッと紅い瞳を潤ませて見上げる。
「お姉さま、僕、お腹がすきました…」
シャルロッテは可愛い義弟の健気な言葉に「気づかなくてごめんね!!すぐ食べに行きましょう!!」と、手をつないですぐに動き出す。もじもじと恥ずかし気に揺れる華奢な肩が幼げで、シャルロッテの小さな胸に母性が発動する。
(アンネリアには手紙でも書きましょう、もう泣き止んだから大丈夫よね。それより、クリスがお腹をすかせてたなんて…!気づかなくて可哀想なことしちゃったわ)
すっかり義弟の演技に騙されたシャルロッテ。うきうきと繋いだ手を引きながら、アンネリアへと笑顔を向ける。
「あ!アンネリア様、ごきげんよう!」
「あ、ええ。ごきげんよう…」
ポカン、としたアンネリアは二人が去ってから「あれって…クリストフ様?」と、幻でも見たような顔でしばらく固まっていた。




