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隠し事



その日、クリストフがやっとシャルロッテと会えたのは、もうあと少しで夕飯といった時間だった。会うなりすぐに、シャルロッテの顔を両手で捉え、じぃっと目元を見つめて一言。


「泣いたんですか?」


(わあ…せっかくバレないように時間置いたのにぃ…)


テルーが帰った後に、懸命に目を冷やし、マッサージをして、もうシャルロッテ本人が鏡で見てもいつも通りの顔だったのだが…クリストフの観察眼に、焦りつつ感心するシャルロッテ。古典的だが、笑ってごまかす。


「えへへ、うたた寝してたからかな…、ヘンな顔してる?」

「いえ。いつもお姉さまは可愛いです。ただ心配で…」


シロクマのような人も、しきりにシャルロッテのことを心配し「どんなことでも力になります」と、騎士の如く(その昔は本当に国で一番の騎士だったのだが)跪き誓ってくれた。筋骨隆々とした背中が丸まったその姿を思い出し、照れたようにほほ笑む。


「いいえ。心配されるのは、嬉しいことだわ」


シャルロッテは「ありがとう」と言いながら、頬を掴むクリストフの手をそっと外した。しゅんとするクリストフの手を引いて晩餐室へと移動し「特訓の様子を聞かせてちょうだい」と、少しずつご機嫌をとるように声をかけて食事を始める。


「ハイジにたくさん転がされました。でも、スネに一発当てましたよ」

「すごい!クリスには才能があるんだわ!」

「そうだと嬉しいです。強くなってお姉さまのこと、守りたいので」


可愛らしいことを言うクリストフに「まあ!楽しみ」と微笑めば、少しだけムッとしたような顔をされてしまった。子ども扱いされたと思ったのだろうか、それすらも微笑ましくて、シャルロッテはニコニコとする。そうして穏やかに夕食は進むが、クリストフは手を止めて再び問う。


「で。お姉さまは何をされていたんですか?」

「さっきも言ったじゃない。部屋で本を読んでいて…気づいたら寝ちゃってたわ。なんだか損した気分」


今回の件はシラーやグウェインもシャルロッテの味方である。テルーの来訪に関することはクリストフにことごとく隠されていた。シャルロッテからすれば『私の血統は、クリスには一生秘密だもんね』といったところだったが、シラーは『知れば同席させろとゴネるだろう。気づかれないようにしておけ』と、テルーと二人で会いたそうな義娘への気遣いのつもりで事を整えていた。


「ふぅん…何を読んでいたんですか。お姉さまが読む本はいつも面白いから、僕も読みたいなぁ」

「えっ、ああ。読み終わったら貸すわね」


シャルロッテの笑顔を見て、クリストフは一日の疲れが癒えてゆくのを感じていた。

『これ以上聞いてもムダだな』と、今は大切な義姉との時間を楽しむことに切り替える。


「…お返しに、僕の剣も振ってみます?」

「ふふふ、やめとくわ」


義姉に聞いてムダなら、別の人間に聞くまでである。クリストフは可愛らしく見えるであろう表情の裏で、壁際に控えるメイドを後で呼び出そうと心に決めていた。







「…失礼いたします」


夕飯後、部屋までシャルロッテを送ったクリストフにより『後で来い』と命令されたのは…シャルロッテの部屋付きメイドである、ローズ。「顔を上げろ」と声をかけられ、編み下ろした髪を揺らしながら、頭を戻し背筋を伸ばす。


「今日のお姉さまについて報告しろ」


実はこれは度々あることで、義理の姉を慕うあまり何でも知りたがるクリストフに『お姉さまに関することは()()報告しろ』と、命令されている。あまり報告に行かないと、呼び出されて圧をかけられるのだ。リリーも時折呼び出されて詰問されているらしいが…おそらく、呼び出しの頻度はローズの方が多い。


(私の方が、チョロいって思われているのだわ…)


「クリストフ様がいらっしゃらない時間は、読書をされてましたわ」

「違うだろ。何をしていた」


クリストフは夕飯中、姉の反応に『何か違和感があるな』と確信を得ていたようだ。カマをかけてくる紅い瞳は、冷え冷えとした圧をもってローズを見据えている。しかし、ローズはいつもと変わらぬ調子を心がけて答えた。


「何もしておりません」

「……本当か?」



あの時。

シャルロッテがテルーの胸で泣きじゃくっていた時。

手土産のケーキを包み戻ったローズは、その様子を目撃するなり走ってシラーのところへと報告に上がった。しかし「ふん」と鼻を一つ鳴らして「嫌がる様子があれば呼べ、そうでなければ好きにさせておけ」と言われてしまったのだ。

雇い主はシラーであるが、ローズの心はシャルロッテに忠誠を誓っている。『なによこの冷血漢!』と脳内で罵りながら戻れば…見たことがないほど晴れやかな、ローズの仕える天使の笑顔がそこにあった。

大口を開けて無邪気に笑いながら、シロクマの頭を抱きしめるその様はさながら絵本のようで。


(テルー様との交流は、お嬢様にとって必要なことなのですわ。…そして、お坊ちゃまに知られたら、二度と叶わないかもしれませんもの!)


「ええ。お嬢様はお部屋から出ておりません」


いつもクリストフに報告を上げるのも、シャルロッテのためになればと思えばこそ。そして今脳裏に浮かぶのは、主の幸せそうな表情。守りたい、あの笑顔。

ローズは密かに己の手をぎゅっと握った。


「部屋で本を読んでいたのは本当か」

「はい。読書をなさって、そのままうたた寝されました」


眉根を寄せて黙り込む、幼いクリストフの顔を正面から見る。ローズはちょっぴり、胸が痛まないでもなかった。


(お嬢様が意識がない間のクリストフ様のご様子は…とても、見ていられなかったもの。本当に本当に、お嬢様がお好きなのよね)


初めは『この方にも感情があったのだ』という驚き。

いつも無表情、感情が平坦なクリストフの、見たこともない荒れ狂った()()

シャルロッテが医師に診察される時に引き離される形相といったら…歯をむき出しにして吠える、獣そのもの。無理に押し込められた部屋の調度品は破壊され、割れたガラスの残骸が散らばっていた。


医師の診察が終わり『薬の影響でいつ目覚めるか分からない』と言われた後。

当然どこにも行かず、一日中張り付くようにシャルロッテの傍から離れなくなった。食事も、排せつも、睡眠も…人間として必要な一切の行為を放棄して、まんじりもせずにただシャルロッテを見つめて、じっと動かないクリストフ。


(誰も信じていらっしゃらない…孤独な坊ちゃま)


ローズはそんなクリストフを、心の底から哀れに思った。手負いの獣さながらの警戒心。やっと出来た大切な宝物を、失わないように見つめ続けるその小さな背中。


誰が何を言ってもその紅い目は人形のように揺れもせず、その異様さに使用人は恐れをなして…結局、シラーが見守る中、ハイジが首根っこを掴んで連れ出すに至ったのだった。



しかし今、ローズの中ではシャルロッテの幸せが優先である。

ほだされてはいけないと、ローズは頭を下げて退出を乞う。


「では、お嬢様の入浴の準備がございますので」

「分かった。何か分かれば報告しろ」


クリストフは違和感を抱えつつも、それを飲み込むしかなかった。ローズはそっとドアを閉めながら安堵の息を吐き『あああー!疲れましたわー!お嬢様のサラサラのお髪を梳かして癒されたいですわ!』と、早足で持ち場へと戻って行った。


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