表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/150

シロクマとチーズケーキ2



もっきゅもっきゅと、ケーキの一切れを二口で食べきってしまうテルー。もうすでにハーフホール分ほど食べているが、未だにその手は止まらない。


(よくお食べになる男性って…素敵ね…)


老いてなお筋骨隆々としたテルーが、ちまっとした皿とフォークを持ってケーキをおかわりする姿が可愛らしく、胸がきゅんとするシャルロッテ。


「その…もしよろしければ、お土産でお包みしますわ」

「それはありがたい!この後、昔の弟子に会うのですが…彼も甘いものに目がなくて。きっと喜ぶでしょう。頂いたものを分けて申し訳ないですが」


ニカッと歯を見せて無邪気に笑うテルーに、詳しくは聞かず「どうぞどうぞ」と勧めるに留めた。一通りの給仕を終えたローズが、お土産を用意するためにだろう、部屋から出て行く。


(自分で独り占めせずにシェアする…テルー様って、きっと根っから良い人なのよね)


「テルー様の奥様は、幸せでしょうね」


シャルロッテの口からぽろりとこぼれた言葉に、テルーは「色々とありましたがね。最後は穏やかな顔で天国へと行きました」と、にっこりと笑って見せる。


「ごめんなさい、私…」

「今更気になど致しません。人は死ぬものですから。…シャルロッテ様にそう言って頂けたと聞いたら、きっと私を叩いて『ずるいわ!私もお会いしたい!』と叫んだことでしょう。明るく、元気な人でしたから」

「奥様も…父のことをご存じだったのですね」


テルーは内緒話をするように「城勤めの者は皆、ヨハン様の虜でしたよ…うちの妻も含めてね」と、おどけてみせた。


(きっと、良いご夫婦だったのね。温かい、素敵な家庭が想像つくわ)


そして思い出すのは、母のこと。

温かい、あの日の家族。もちろん今の家族も大好きだけれど、シャルロッテの心の奥底にはずっと、あの小さな木の家の風景が残っている。


「あの、もしかしてなんですけど…母のことも、ご存じだったりしますか?」

「ああ、あぁ…もちろん」


シャルロッテの言葉にくしゃりと顔を泣きそうにゆがめたテルーは、ガタリと椅子を少し引いた。そして、深く、深く、膝よりも下がるほどに頭を下げる。


「え、ちょっ、頭を上げて下さい!」


いきなり体を縮めたテルーに、慌てるシャルロッテ。しかし、いくら「やめてください」「顔を上げて」と言われようとも、微動だにしないテルー。

シャルロッテすらその異様さに沈黙した頃、その灰色の頭を下げたままで、押し殺したような声を絞り出す。



「お母上のこと、申し訳なかった…葬儀も、出られなかったのだろう」



ぶわりと、シャルロッテの目に、涙が滲んだ。


初めてだった。このことを気にかけてくれた人は。

その()()を知っている人は。

初めて誰かに謝られて…あの日の無念がすくいあげられたようで。シャルロッテの目に盛り上がった涙がこぼれそうになった。


「……っ、いえ、そんなっ…テルー様に謝ってもらうことじゃ、ないですから…」


シャルロッテの異変に気付いて駆け寄ってくるリリーの足音に、手で一度だけ、おざなりに『来るな』と示す。小刻みに首を振って『近寄ってくれるな』とも。

目を見開いて、できるだけ涙をこぼさないよう、少し上を向いた。


「エリザベト様は、ヨハン様と共に眠っておられる。墓を暴くような者の手には届かない、隠された場所で穏やかに。きちんと祈りを捧げ、密やかに弔われたそうです」

「っ…そう、そう、でしたか…っ!」


そんなことを聞いたら。

もう、ダメだった。


次々にあふれる涙は、瞬きで零れ、呼吸で零れ、シャルロッテの頬を、スカートを、顎を濡らしていく。ぎゅっと目をつぶり、ふーっ、ふーっ、と荒い息を吐く。

心の底から、声が出る。


「…よかったァ…、よか、よかったぁ…!」


―――祈って、もらえていた

―――弔って、もらえていた


その事実だけで、もうよかった。


わんわんと泣き出したシャルロッテは「ありがとうございます」とうわごとのように繰り返す。頭を上げたテルーは痛まし気な目でそれを見て、口を引き結び涙をこらえた。

幼子が泣くのが『母を弔ってもらえたこと』だという事実に、テルーの大きく鍛えられた胸は刺されたように痛む。


「辛かっただろう」


ぎゅうと、シャルロッテの華奢な体は巨体に包まれる。叫ぶような泣き声は分厚い胸板に吸い込まれ、縋りついては泣き続けた。



ひとしきり泣いて、シャルロッテは恥ずかしそうにテルーから体を離す。

膝をつくようにしていたテルーは紳士的に後ろを向いてくれたので、遠慮なく盛大に鼻をかみ、涙を拭いてから「もう大丈夫です」と声をかけた。


「みっともないところをお見せしました。ありがとうございます、スッキリしました」

「…感謝されることなど、何も…」


苦し気なテルーの顔を、シャルロッテの両手がぺちりと挟む。


「テルー様は優しい人です」

「…苦しい生き方を強いる、大人の一人です。私を恨んでください。あなたにはその権利がある」

「私、楽しく生きてますから」


シャルロッテは「そーゆーのはいいんです」と苦笑した。

中々に波乱がありすぎて、誰かを恨みだしたらキリなんてない人生だ。しかし、何かを思いついた様子のシャルロッテは「もし、申し訳なく思ってくださるなら」と、そっとテルーの耳元に口を寄せた。



「いつか、お墓参りがしたいです」



「必ずや!お連れ致します!!」


ぐっと泣くのを堪えるのは、テルーの番だった。咆哮のような声にシャルロッテは声を上げて笑い、その頭にぎゅっと抱き着いた。テルーの顔を小さな肩口に押し付けて、その顔を隠してやる。


「楽しみにしてます。いつでもいいんです。ずっと先でも…だから、長生きしてくださいね」


シャルロッテは服に滲むシミには気づかないフリをして、色々と聞きたいことは呑み込んだ。きっと聞いても、この優しく大きな人を苦しめるだろうと、そう思ったから。


「そういえば、クリスが最近テルー様に憧れてるみたいです」「クリスは覚えていますか、私の可愛い義弟なのですが」「今も授業中で、体を鍛えているんですよ」ぽつりぽつりと一方的に、誤魔化すように関係のないことを話しかけ続けるシャルロッテ。


「それは…、今度一緒に稽古でも致しましょう」


顔を上げたテルーはもう、いつも通りで。

シャルロッテも何事もなかったように返事をする。


「ええ。ぜひ…クリスはとっても良い子なのですが、ちょっぴり心配な所もあって」

「ほう、それはどんな」

「えっ、そ、それは…」


(私の知っている原作(シナリオ)だと、猟奇殺人的(サイコ)な事件を起こしますとは…言えない…)


「人の気持ちを…、こう…、考えられる人になって欲しいんですよね…?」


濁しすぎて疑問形になったシャルロッテの言葉だったが、テルーは「なるほど。それは、それは」と何かを納得していた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 何回も読んでは泣いてしまう感動回でした‼︎
[一言] とりあえず修道院?は一度焼き払いましょう!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ