表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/150

*この生活って2(クリストフ視点)



凪いだ瞳は、ただ問いかけていた。『これに間違えれば、失望されるかもしれない』と、嫌な予感がクリストフの脳裏をよぎる。


「ちがっ…」


クリストフは耳の奥がガンガンと鳴る音を聞いた。()()()()()、何を言えば、今まで通りで居られる?クリストフは必死に考える。にじませようとした涙は引っ込み、目が飛び出そうだった。


―――僕の世界が、崩れてしまう。


「私のせいでクリスに心配かけちゃったし、申し訳ないなって思ってて。それで、クリスは私のために言ってくれてるんだし、我慢してたけど…」


―――我慢?


お姉さまだって笑っていたから、普通に、幸せな日常をクリストフと過ごしていたから…問題なんて何もないと思っていた。このままずぅっと屋敷の中に居て、クリストフの世界に存在し続けてくれれば、それで良いと思っていた。


それは、お姉さまの望むことではない?

でも、僕の望むことだから、受け入れてくれるんじゃないの?


「今の生活を続けていくには、限界があるの。賢いクリスなら本当は分かってるでしょ?」


―――限界?


それを超えたら、どうなるのだろうか。もしかして…いなくなってしまうのだろうか。そんなわけない。だってお姉さまはここに居て、この家の子で、どこにも行く場所なんてないのだから。

クリストフは靄がかったような思考で、自分に都合のいい部分だけを見つめた。大丈夫だ、何も変わりはしない。少し泣いて言いくるめれば、お姉さまだって今の生活は嫌ではないはずだ、と。


「お姉さま…!僕、やだよ…!」


喉を絞って出す弱々しい声に、シャルロッテは困ったように返してくれる…はずだった。いつもであれば『え、ちょっと、泣かないで』と、クリストフを慰めてくれるはずなのだ。


なのに、なのに…!

今のクリストフの耳に聞こえてきたのは、重苦しいため息。


「私もやだわ」


そう吐き捨てた姉の横顔は、虚ろを見つめている。顔にはいつもの甘さはなく、陶磁器のような肌は血の気が引いて、まるで人形のよう。


「え…、おねえ、さま…?」


白金のけぶるような睫毛が伏せられて、小刻みに震えている。


「私の気持ちを無視するなら、それは私を都合の良いように、利用しているのと一緒だわ。ねえクリス。もう一度聞かせて。―――私の気持ちは、どうでもいいの?」


悲しそうな、声だった。


「気持ちのない人間なんて、人形と同じよ。私が、お人形でもいいの?気持ちのない、空っぽの、死体みたいな存在でいいの?」


いいのだろうか。

ただそこに居るだけ、座っているだけ、微笑んでいるだけ。そんなシャルロッテの姿を、クリストフは鮮明に想像できる。何も物言わぬ、クリストフだけのお姉さま。


「や、やだ…!」


思い浮かべて、大きく頭を横に振った。

ないよりマシだけれど…それはクリストフの欲しいシャルロッテの姿ではない。

だってもう知っている。微笑んで、抱きしめて、一緒に居てくれる、優しいシャルロッテを知っているから。


「私は、私の気持ちもひっくるめて大切にしてくれる人じゃないと…仲良く一緒に過ごせないわ」

「僕、お姉さまの気持ち…ちゃんと考える!ちゃんと、大切にするから…!」


姿勢を崩すように、クリストフはシャルロッテの許へと駆け寄った。膝にすがるように額を乗せて、スカートを掴んで懇願する。


「ちゃんと大切にするって、どうするの?」

「それは、お姉さまの話をよく聞いて…」

「それで?聞くだけ?」


こんなにも必死なクリストフの姿を見ても、ほだされてくれないなんて…!クリストフを初めて襲う、シャルロッテに見捨てられる恐怖。

震える手で柔らかなドレス生地を掴みながら、手から、首から、額から、冷や汗が噴き出る。


「聞いて…全部、叶えます。全てお姉さまの言う通りにします。そしたら、そしたら、一緒に居てくれますか?!」


やっと全てかなぐり捨てて叫んだクリストフ。シャルロッテは「違うのよ、クリス」と少しだけ困ったように眉根を寄せる。

クリストフの回答は、()()()らしい。


「ちがう?…そしたら、僕は、どうしたら…」

「どちらか一人にだけ負担がかかる関係は、フェアじゃないの」

「……僕はお姉さまと居られれば、何でもいいので…、何でもします」

「ダメなのよ、クリス。それだと、今度は“クリスの気持ち”が可哀想でしょ」

「ぼくの、気持ち…?」


そんなものは二の次である。正直、こうなってしまえばどうでもいい。『お姉さまを失いたくない』の一心である。しかし、どう答えれば“()()()()()()()()()()()”か分からない。


「私の気持ちと、クリスの気持ち、どっちも大切にできないと…じゃないと、どっちかが傷ついて、いつかダメになっちゃうのよ」


ずび、と鼻をすりながら、クリストフの頭をぽんぽんとシャルロッテが撫でた。どうやら、話しながらシャルロッテも泣き出してしまったらしい。


―――ダメに、なってしまうのだろうか。自分たちも。


クリストフはその時初めて、大切な相手を傷つけて、泣かせて…自分が悪いことをした、と自覚をすることができた。

悪いことをしたら、どうしたらいいのか。クリストフはよく分からない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ただ、頭に浮かんだのは―――許してほしい、という気持ち。



「僕、お姉さまのこと傷つけてたんですね…ごめんなさい。もう、しません…」



シャルロッテに嫌われたら、クリストフはきっと、生きていけないから。


「クリス!いいのよ、クリス。あなたを許すわ」


細い腕が、クリストフの頭に回る。覆いかぶさる様に抱きしめられ、白金の髪の毛がクリストフの背を滑り落ちて、全身を包まれたようだった。


―――ああ、()()なんだ。


この期に及んでそんなことを考えてしまう自分を、クリストフは恥じた。じわり、とクリストフの瞳に涙が滲む。今度は泣きたくなかった。ぐっとこらえて目に力を入れるものだから、口が変な形に引き結ばれる。


「こうやってね、喧嘩して、ごめんねって仲直りして、もっとお互いが良く分かれば…ずっと仲良しでいられるのよ」

「……はい」

「いきなり怒ってごめんね」

「…っ、いえ」

「どうすればいいか、二人で話し合いましょう」

「……はいっ」


涙をこらえてぶっきらぼうな返事をするクリストフの頭に、シャルロッテの唇が寄せられた。頭頂に柔らかくキスをして「いい子ね」と囁く。顔を見られたくなくて、クリストフはスカートに顔を押し付けて涙を吸わせた。


しばらくして、二人とも涙が引いた後。

二人はよく話し合い、シャルロッテは事件前と同じ生活が送れるように希望した。クリストフは、外出に関することにいくつか条件を付けて、それを許した。


許すしか、なかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] クリスまだまだ危うい。 でもシャルのいない世界の、面倒なく過ごすためにポンコツな「両親」という名前のひとたちを相手に 正解を探すのと違って、自分が絶対に失いたくないお姉さまを相手に探すのは、…
[良い点] もうママだよこれ…。 [気になる点] クリスはこの『お義姉様』を攻略するのかなりキツそう シャルにとってはかわいい弟分だからなぁ~ [一言] 将来クリスはシャルに頭が上がるのかも楽しみです…
[一言] ギリギリセーフって感じですね。 でも、クリスまだかなり危険な感じしますね。 コツコツと慣らしていくというか、妥協?ちょっとうまい言い方ができないのですが。クリスが大人になるまでやっていくしか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ