私の護衛
結局、シャルロッテは丸二日ベッドの上の住人と化した。
「寝てる間に、お姉さまがいなくなったらと思うと…僕…うっ…!」
部屋を同じにするという案は断固拒否をしたが、涙ぐむクリストフの顔に「一緒に寝るくらいなら…」とシャルロッテは白旗を上げる。
(だって気絶している間もここで寝てたっていうし。ベッド広いし。幼児だし…まあ、いいでしょ)
抵抗するのも気力が要るのだ。シャルロッテはクリストフの笑顔と泣き顔に弱かった。
結果として、クリストフは昼も夜もシャルロッテの部屋に入り浸るようになる。それはシャルロッテが回復し、授業が再開してもダラダラと続けられた。
(あれ?これってほぼ同じ部屋じゃない…?クリストフが部屋に戻るのって、夜のシャワーと、朝の身支度の時間だけ…?)
ハッ!とシャルロッテが気づいた時にはもう時既に遅し。
部屋にはクリストフの物がじわじわと増えてゆき、半同棲のような有様である。
今朝も、完璧に支度を終えたクリストフはモーニングティーをシャルロッテの部屋で飲んでいる。ローズに髪を結われながら鏡越しに目があえば、うっすらと微笑まれて…ぽぅっと、思わず見惚れてしまった。
(顔がいいのよ…!可愛いの…!)
そうしたシャルロッテの生活には、もう一つ大きな変化が起きる。
部屋付きのメイドであった、リリーの立場が変わったのだ。
“護衛”になった。
後ろに控えるリリーは相も変わらずメイド服であるが、シャルロッテの専属護衛としての立場に転属したらしい。これからは身の回りの世話ではなく、外出や茶会を含め、常に付き従うことが仕事になるという。
こうして、シャルロッテは一人になることがなくなった。
「リリーなら…まあ、いいのだけれど…」
というのも、これはクリストフの誕生日プレゼントであった。意味が分からないが、これがクリストフの一番欲しいものだというから、仕方ない。シャルロッテは姉として、弟の希望を叶えてやることにしたのだ。
『クリス、誕生日プレゼントは何が欲しい?』
『お姉さまに、常に護衛を付けて欲しいです』
『え?』
『お姉さまに、常に護衛を付けて欲しいです』
間髪を容れず二回繰り返された言葉に、シャルロッテはげんなりとした顔をした。過保護なクリストフに『でもぉ…』と一応の交渉を試みるも…クリストフに押し切られてしまうことになる。
『それ、欲しい物じゃないよ?プレゼントってほら、もっとさぁ…』
『僕が一番欲しいのは、お姉さまの安全なので。ほら、そこのメイド、騎士の家の出ですよね?ちょうど良いじゃありませんか!いつも居るメイドの立場がちょっと変わるだけです、お姉さまに大きな変化は無いと思いますし…ね、いいでしょう?』
元々リリーの配置は、シャルロッテが将来社交界へと出る際の、護衛的な立ち位置であったらしい。身分的にドレスを着てどこへだって傍に侍ることもできるし、ある程度体を張ってシャルロッテを守ることもできる…そういった存在。それゆえ個人的に鍛錬を続けていたリリーも、本格的な護衛になることに抵抗は無いようだった。
クリストフに話を振られたリリーはその場で『シラー様がよろしければ、構いません』と、了承。
『え、ちょっとリリー、本当にいいの?』
『ええ。今までよりずっと、お傍に居られますね』
金色の瞳がキラキラと輝いて、本当に嬉しそうな様子である。シャルロッテだって、傍に控えるのはムキムキのオジさんより、気心知れたリリーの方が良い。
『それは嬉しいけど…でも、メイドとして就職したのに…、嫌じゃない?』
『昔から本当は、騎士になるのもいいなと思ってたんです』
このような流れで、おはようからおやすみまで、リリーはシャルロッテの傍に控えることになった。昨日もシャルロッテが寝るまで部屋に居て、今朝も起こしてくれたのはリリーである。レンゲフェルト公爵家の労働条件が心配になってしまう。
(朝早くから夜遅くまで…しかも土日休日無し?え、それってブラック企業的なやつでは…)
思わず口元に手を当てて考え込んだシャルロッテは、おそるおそる控えていたリリーを伺い見た。
「リリー、お休みとかとれるの…?公爵家って色々と大丈夫かしら…?」
「?問題ありません。訓練もありますので、代理の者がこちらに立つこともありますし…できうる限り、お傍に居させて頂きたいのは…むしろ私の希望です」
「あんまり気張りすぎないで、ちゃんとお休み貰って。たまにならムキムキの護衛でもガマンするから…」
本当はあなたがいいけど、といった本音が透けて見えるシャルロッテの可愛らしい言いぐさ。リリーは切れ長の目を細め、はにかむように下唇を噛んで笑いを堪えた。そんな笑顔がまあ可愛いものだから、シャルロッテは思わず「訓練とかも、女の子一人で辛くない?イジワルとかされてない?」と、老婆心が出てしまう。
すると横に居たクリストフがちょっと不機嫌そうに「あぁ」と、ある真実を口にした。
「女性騎士、軒並みラヴィッジ領へと派遣されているんです。お父様に言って数名呼び戻しています。お姉さまにご心配をかける必要はありません」
じろり、とクリストフがリリーを睨むが、シャルロッテには見えていなかった。
「まあ!そうだったのね!」
道理でガタイのいい男しか居ないと思った。シャルロッテはなるほど、と納得する。嫉妬深いシラーのことだ。自分の居ないラヴィッジ領で、エマの周囲に就かせる護衛は女で固めていたのだろう。しかしリリーの負担を考えれば、女性騎士が居た方が絶対に良い。
「ありがとうクリス。これでリリーも少しは安心して過ごせるはずよ」
「はい、ありがとうございますクリストフ様」
女性陣二人からの感謝に、きょとん、とした顔をしたクリストフ。
シャルロッテが「やっぱりクリスは優しいわね」と上機嫌で言えば、リリーも「さすがお嬢様の弟君ですね。在り難いお言葉、感謝します」と追随する。
「いや、別に…。お姉さまの身の回りの安全のためだから…」
見つめてくる二人の視線に、クリストフはちょっとバツの悪そうな顔をして、朝の新聞を読み始めた。
さっきの言葉はシャルロッテがリリーばかりを気にかけるので、嫉妬から出たものだったのだが…若干脳筋気味の天然純粋培養なリリーにイヤミは通じない。天然仲間のシャルロッテも何も分かっていない様子で、クリストフは毒気を抜かれてしまったのだ。
リリーとシャルロッテは顔を見合わせて首をかしげる。
(なあに、お年頃?ツンデレなのかしら)
シャルロッテは含み笑いでそれを見なかったことにしてあげて、すっかりお姉さん気分であった。まあまあ、しかたない子ね、といった具合だ。
そうして数日後、様子を見に来たシラーが「…大丈夫か?本当に嫌ならなんとかするぞ」と言ってくれたのを『クリスと私は仲良しだから、問題ないわ』と、シャルロッテは能天気にもスルーしていた。




