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55/150

*女は暗い、石の上で

少し、グロテスクなものを想起させる描写があります。

苦手な方は読まないようにお願いします。

ここを読まなくても話は繋がります。




「起きろ」




暗く湿った地下牢に、似合わぬボーイソプラノが響く。少年だ。

小さな体の手にした松明の炎が岩壁に反射して、濃い影を連れて来ている。奥で手足を鎖につながれ、吊り下げられた女の瞼がピクリと痙攣した。ぐったりと垂れていた頭が、ほんの少しだけ持ち上ろうとして、力なく落ちる。


「起こせ」


影に控えていた黒装束の男が、どこからともなく現れた。床にできた水たまりのようなものから汚水をすくいあげ、女の顔に浴びせかける。うめき声のようなものをわずかに発し上げた顔には、猿ぐつわが噛まされていた。


「……ぅ……らぇ…」


女は顎を血混じりの唾液で汚しながら、かすれる声で『誰だ』と問いかけているようだ。少年は目深に被ったフードを下ろし、冷えた瞳で女を見据える。



「僕のことは気にしないで。死ぬところを見に来た、だけだから」



黒髪に、紅い瞳の、幼い子ども。


この場に少年が立つことは、周囲の誰もが反対した。

父親も子どもの見るものではないと諭したが、そんなことは少年にとって些事だった。


『―――お姉さまの報復を、僕に』


この女は…少年の()()を踏み荒らしたのだ。自分に対する蛮行よりも余程許し難く、筆舌尽くしがたい怒りは少年の脳を焼いた。


『こちらで相応の報いを受けさせる。安心していい』

『安心?僕が殺します、絶対に。どこにいるか教えてください』


怒りに燃える紅い瞳。しばし問答の後、父親はどう言っても少年が折れる気のないことを悟った。

頑なに断る父親にしびれを切らした少年が『それならば…、あの女の血縁に責任を取ってもらいましょうか。修道院の人間にも』と、半ば脅しのように言ったからだ。


『…周囲は関係ないだろう』

『あの女に僕が手出しできないのなら、しかたないですよね。僕の()()()()()()()()()()()。家に迷惑はかけません。長期スパンでやりますから、安心してください』


修道院に入って身分を捨てているわけではない、あの女の血縁である高位貴族に手を出されるのは…父親として、少々困る話であった。表向きはとっくに処刑となっているはずのあの女は未だ、とある地下牢にて生きながらえさせている。父親が最後は処理する心づもりでいたのだが…。


『見届けるだけだぞ…』

『お母様が同じ目にあったと考えて下さい。()()()()()()()?』


目的を果たすためならば手段を選ばぬ、その血筋に宿る()()を正確に読み取った父親は『気持ちはわかるが、お前はまだ子どもだ』と渋りつつも、その後も息子の粘り強い交渉によって最終的には許可を出し、少年をこの場に送り届けた。




尋問の済んだ女は、もうすでに虫の息。

しゃべることもままならならず、放っておいても数日と持たないことは一目瞭然の有様だった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()少年は小さく舌打ちして「ふざけるな…」と口の中で言葉を溶かす。

これでは、少年の気持ちは収まらない。イライラと舌打ちをし、命令を口にした。


「この女は、お姉さまの顔が欲しかったらしい。…望み通りに骨の形を変えてやりなよ、お姉さまの顔はもっともっと小さいだろう」


命じられた黒装束は少年の傍らに膝をつき、頭を垂れる。


「やれよ」


しかし、黒装束は動かない。

この場において、少年に何かを決める権利は無いのだ。少年の立場は観客、又は見届け人であり、父親の描いたシナリオ通りの動きのみが許されている。我が子に対する最低限の制約として、父親は決定権を渡さなかった。

黒装束は口を開くこともできずに頭を下げ続け、少年は苛立ち露わに床を蹴った。


「……僕はね!生きていくためにお姉さまが居ないとダメなんだ。だから、最低限ね、お姉さまさえ居ればいい。自分の心臓より、目より、何より大切なのがお姉さまだよ。お姉さまが居ない世界なんてものは、僕の中には無いんだ。それを、顔が欲しくて?薬を使って?この女は何をしようとした…?」


少年はギリギリと奥歯を鳴らすほどに噛みしめ「僕が…大人だったら…」と呟き、憎悪の紅い瞳で女を睨み付ける。



「……ぉボぉ…ぁん…」



女は最後の力を振り絞って『おぼっちゃん』と、僅かに口角を上げて嘲笑う。

何もできない少年を嗤う低いくぐもった唸り声が石に反響し、少年の顔から感情の色を抜き取ってしまった。怒りも、憎悪も、口惜しささえ、全ての感情を瞳から消し去った少年は、定められた観客席に腰を下ろす。



「事を起こしたのが今年でよかったね。数年後なら、お前は死ぬこともできなかったよ」



少年が片手を上げた。

黒装束が女に近づく。


「……ぅ…ぁ…ゲェッ、ォ…ッ」


たぷたぷと、黒装束が何かを女の頭からかけている。猿ぐつわから伝ったソレに女が咽込むのも無視で、まんべんなく、たっぷりと、腕、足、背中、すべての部位にかけられる。べっとりと体をつたう液体は、垂れて足元に溜まりを作った。




「修道院の人間も、お前に協力したヤツは幸運かもしれないね。神に祈るどころか、直接会いに行けるんだから。―――まあ、天国に行ければの話だけど」










そうして少年は、手にしていた松明を女に投げつけた。






いつもお読みいただきありがとうございます。

R15規定に当てはまらない範囲で書くように心がけていますが、もし「これはちょっと…」と思う方が居たらお知らせください。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 『…周囲は関係ないだろう』 シラーもドン引き ワロタ
[気になる点] あ、もう教会もはダメそうですね… [一言] ひゅー!流石正史でお気に入りのために貴族学園のTOP皆殺しルートに入るヤンデレキャラだぜ!!
[良い点] 思いの強さがよくわかって良かったのではないかと思います。 血族の特徴が顕著に現れていることの証明にもなりますし、タイトル通りには今のところなってませんが要素を持っていることが良くわかる話だ…
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