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昔のあなたに4




「相変わらずですね、マリア様」

「ごめんなさいね。院長はあまり…」


紅い唇をゆっくりと動かし謝るマリアは、昔から院長が嫌いな様子であった。彼が居ると、まったく口を開かなくなるのだ。反対に、外界の身分階級に忠実な院長はマリアのことをいっとう気にかけているのだが…。


「マリア様にだけは、もう一度会いたいと思っていました」

「あたくしもね、あなたに会いたかったわ。アメジストを見るたびに思い出しては、お元気かしらって…」

「そんな…嬉しいです」


暴れまくっていたせいだろう。修道院の人たちから腫物を扱うように距離を置かれていたあの頃。シャルロッテにごく普通に関わってくれたのは、マリアだけだった。授業を通して多くの時間を共にしたマリアに、シャルロッテは感謝の念を抱いていた。


「あなたを引き取ったのがレンゲフェルトと聞いてからは、いっそう心配していたのよ。―――あそこの血は、厄介だから」

「?」


うっすらと柳眉を寄せたマリアは、声を潜めるように落とした。

視線だけでドアの前に立つ公爵家の護衛を確認し「ちょっとこっちへいらっしゃい」と、シャルロッテを隣へと呼び寄せる。

言われた通りに横へと座れば、ふわりと身を寄せられて「ナイショ話よ」と、ささやく声と、彼女の香りに包まれる。―――薔薇の、香り。何故だか頭がぼぅっとして、シャルロッテは呆けたように頷いた。


やけに紅いマリアの唇は、なめらかに、密やかな話を紡ぎ出す。


「貴族ってね、魔力が大きいの。あなた、知っていて?」

「しりません…」

「いいのよ、いいの。教えてあげるわね」


シャルロッテの様子に目を細めて、マリアは饒舌に語りだす。


「魔力は血に宿るもの。その昔は、魔法を使うために必要だった不思議な力。魔法はどこかへ消えてしまったけれど…魔力の多い人はね、今でも無意識に力を使っているんですって。…クリストフ様、お歳の割りに、とっても賢いのではなくって?」

「はい…とっても頭がよくって、びっくりするくらいで…」

「ふふふ。それはね、魔力が高い証拠なの」

「へぇ…」


シャルロッテの耳に「よぉく聞いてね」と、マリアのかすれた声がした。


「レンゲフェルトの血が濃い者は、魔力が濃いのよ。だから、並外れた能力を持って生まれるわ。代わりに、()()のように一人に執着してしまうのだけれど…現当主のシラー様を見ていて、思い当たることはない?」

「あ。あり、ます」


シラーのエマへの過保護なまでの溺愛っぷりを、シャルロッテは問題だと思っていた。確かに、呪いとは言い得て妙である。シラーはエマを第一優先にするあまり、クリストフをないがしろにして…将来は()()()()()になるのだから。


「クリストフ様のご様子を拝見したけれど…今、何歳かしら」

「もうすぐ…四歳です」

「あれはどう見ても血が濃いわ。シラー様より、よっぽどね。傍にいたら大変よ。あなたのこと、あたくしが逃がして差し上げるわ」


せっかく心配してくれているマリアに『将来はヒロインにぞっこんになるのが決まっているので。私は大丈夫です。ちょっとばかし…猟奇的な殺人犯になる可能性はありますが…』と言うわけにもいかない。


「クリスは…優しい子ですから…」


曖昧に微笑んで誤魔化せば、マリアはぞっとするほど低い、押し殺したような声で言い聞かせてくる。


「だめよ。だめ。一緒に逃げましょう?」

「私はお義姉ちゃんですから、大丈夫ですよ…」

「レンゲフェルトの血に選ばれたら、そんなものは関係ないの。出自も、年齢も、性別すらも。結婚していようが、子どもが居ようが、何も問題にならないわ。逃げるしかないの」

「まさか、そんな…」

「古い貴族は知ってる人も多いことなのよ…『公然の秘密』とでもいうのかしらね」


秘密を紡ぐ、マリアの唇。何故だろうか。薄く歪んだそこから、目が離せなくなる。

「ねえ、どうしてもだめかしら。あたくしとあなた、楽しく暮らせると思うのだけれど?」

薔薇の香りがむせかえるほど強くなって、ますますぼぅっとするシャルロッテが必死に頭を横に振れば、マリアの瞳が弧を描く。


「残念だわ。ああ、秘密、秘密と言えばね…あなたに、ずっと言いたかったことがあるの。二人っきりでお話なんて、今までできなかったでしょう。でもやっと言えるわ!あなたのお父様のことよ。ああやだ、シラー様のことじゃなくってよ。―――()()()()の、お父様の()()


動けず、目を見開くだけのシャルロッテ。紅い唇の止まらない動き。見てはいけないと思うのに、体が動かない。


「素晴らしい方よ。愛に溢れて、夢に生きた、美しい方。あなたは彼にそっくり。そんな顔…あなたも、生ける『公然の秘密』そのものね」

「な、にを…?」

「こんなに素敵な子どもなら、あたくしが産みたかったわ」


かすれた声で問うシャルロッテは、マリアの手が伸ばされるのを、他人事のように見ていた。近づいてくる細く長い指が、シャルロッテの首を掴む。


「彼はね、芸術家だったの。自分自身も芸術品みたいな顔をして、生み出す側だっていうのだから、可笑しかったわ。ああ、でも、彼はちゃぁんとホンモノよ。本当の芸術家。だって、筆を折られ、カンバスを取り上げられ、鉛筆すらも隠されて…それでも、血で壁に絵を描き続けるほどに、どうしようもなく絵描きだったの。―――愛と芸術に憑りつかれた、王家の秘宝」


王家の、秘宝?


「紫色の瞳に、白金の髪は、初代国王の色彩。滅多に生まれないから、すごぉく大切にされるんですって。あなたも、きっとその色だから残されたのね」


紡がれる言葉が、遠い膜を通したようだった。知らない父親の、知らない素性、知らない事情、知らない話。全部知らない。ぼうっとして、「ああ、愛の部分はね。あなたのお母様と駆け落ちして、愚かにも死んでしまったからよ」というマリアの言葉すら、シャルロッテの耳から耳へと素通りしていく。


「あたくし、彼の婚約者だったの」


その言葉に、のろのろと目線だけを上げて、彼女の顔を見た。

マリアの顔は絵画のように固定された微笑を浮かべ、柔らかにシャルロッテの首を締め上げる。その細い指のどこにそんな力があったのだろう、段々と、ぎちり、ぎちりと強くなって。


「や、め…」


息が、できない。


「どうしてもあなたに会いたくって、あたくし、ここへ来たのよ……やっと会えた、なのに、どうして行ってしまうの……?あたくしを、また置いて行くの……?」


やっと異変に気が付いたのだろう。バタバタと護衛であろう足音が駆け寄ってきて、マリアとシャルロッテは引きはがされた。

肺が酸素を求めていた。喉が大きく開き、えずくように嗚咽を漏らしながら空気を吸い込む。床に体を倒れ込ませて、何度も、何度も。


「誰かに盗られるくらいなら…いっそあなたを…」


護衛に押さえ込まれながらも、歌うように高らかに告げるマリアの口はふさがれたようだ。続く言葉が聞こえることはなく、シャルロッテは倒れながらぐるぐるとマリアの言葉を考えていた。現実味が無い言葉の数々に、頭がふわふわして思考がまとまらない。



(あ、れ…なんか、変…)




そうして、シャルロッテの意識はブラックアウトした。



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― 新着の感想 ―
ほんきぃで わぁすれぇるぅくぅらぁいぃぃぃならぁ~♪ マリアさん、カラオケで熱唱してそう。 この歌、こわいよね…。
[良い点] 毎回とっても楽しみです。 厄介な方に愛されるシャルロッテちゃん。 ご苦労様です。 [一言] マリアさんも執着心強くてサイコな方だわ。 レンゲフェルト家の批判は、そっくりマリアさん自身にも言…
[一言] これがおねロリですか… シャルの周りヤンデレしかいねぇじゃねぇか!
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