初めてのお茶会4
「子どもは長い間座っていられなくて困りますね!いやしかし、公爵家のお二人はご立派だ!はっはっはっ」
気まずそうなマルカス侯爵は笑って場を濁している。シラーは退席する夫人とアンネリアをちらりと見て、片方の口の端を上げるに留めていた。
(私たちの会話を聞いて、勝手にキレて泣いた…けど、好きな男の子がポッと出の女にとられそうな感じで、たまらなくなっちゃったのよね。なんだか悪いことしたかもしれないわ)
しゅん、と落ち込んだシャルロッテを見て、エマは小さな声で「災難だったわ。あなたは悪くないからね」と言って頭を撫でてくれる。しばらくしてクリストフにも同じように何かをささやき、優しくハグをしていた。
「ではそろそろ」
シラーが立ち上がり、次のテーブルへと移ることになる。
次のテーブルは年齢層が高く、ご年配のご夫婦と成人しているだろう御子息が一人。やはり座ると自然な流れで当主同士、夫人同士の会話が弾むので、あぶれた子どもたちが顔を突き合わせることになった。
御子息は年上らしくリードをとってくれる、笑顔が爽やかな好青年。
「クリストフ君とシャルロッテちゃんは、甘いものは好きかな」
「好きですわ」
「普通です」
愛想を振りまくシャルロッテと、通常運行で無表情なクリストフ。
「さっき食べたけれど、このビスキュイが美味しかったよ」
「わあ!ありがとうございます」
優しく笑ってお菓子を取り分けてくれる彼は、きっと子どもが好きなのだろう。余所行きの笑顔でちょっとオーバーに喜んでみせれば、頬を染めて「可愛いね」「お茶は何が好きかな」「いつもどんな銘柄を飲むの」「街にはカフェっていうお店があるんだよ」と、次々に話題を振ってくれる。
しかし、どうやらクリストフの機嫌があまりよろしくない。しかたがないので、シャルロッテが無難な返事を返して場をもたせていた。
今だってそうだ。紅茶について語る御子息を見ながら、どうしてかクリストフは渋い顔をしている。
「~地方の紅茶は、春の一番摘みが甘くて美味しいんだ。飲んだことあるかな?」
「ないですわ。素敵ですね」
「それじゃあ!よかったら、僕のお気に入りの…」
相手が何やら盛り上がって、身を乗り出したその時。
クリストフが手を上げてメイドを呼んだ。
「その地方の春摘み、我が家にあります。そんなにお好きならすぐにお出ししましょう」
「あ、ありがとうクリストフ君…」
(これは、気を遣ってるのよね…?)
シャルロッテはできる限りフォローしつつ、会話をなんとか丸く収めてにこやかに場を終えた。
そうして次のテーブルへと移動すれば、次はシャルロッテよりも少しお姉さんな女の子が一人。
(この子もクリストフ狙いね。挨拶は返してくれるけど、私の話には興味なさそうだわ)
彼女のリボンも紅く、あからさまにクリストフにアタックを仕掛けている。
「クリストフ様はそのお年でもう馬に乗れるとか。素晴らしいですわ!」
「講師に習っていますので。お姉さまと二人で」
「え、ああ、お二人で…。そういえば、私は手習いで刺繍を嗜んでおりますのよ。クリストフ様、ご趣味はありまして?」
「僕たちは読書です」
「お忙しいのに、素晴らしいですわ!」
「毎日お姉さまと夕飯後に本を読むのが習慣なので。読書は将来の役に立ちますし」
クリストフの淡々とした返事にひくりと頬を引きつらせ「仲がよろしいのね」と、見当違いにシャルロッテをじろりと睨む子女。すると、ターゲットを変えたらしく、こちらへ話しかけてきた。
「シャルロッテ様は、刺繍はされないのですか?」
「私はまだ…」
「まあまあ!淑女の嗜みですのよ、私がシャルロッテ様くらいの時には…」
「お姉さまは、僕とまったく同じ授業を受けていますので。忙しいのです」
ぴしゃりとクリストフが言った。
御令嬢は小さな声で「ごめんなさい…」と言ったきり、その後は何も話さなくなってしまった。
その次のテーブルでは、シャルロッテよりも少し年上の御令嬢がいた。彼女は身を乗り出すようにしてクリストフに言葉を投げかけ続け、一生懸命に話しかけている。
氷点下とまでは言わないが、完全に会話を続ける気のないクリストフと、押せ押せな令嬢を見ながらシャルロッテは紅茶で口を湿らせた。
「お野菜は、お好きですか?」
「普通です」
「お肉は?」
「普通です」
「では、お勉強されている中では何がお好きなのですか?」
「どれも普通です」
横から眉尻を下げた令嬢の兄が、シャルロッテに話しかけてくる。少し年上だろうか、柔らかな物腰の、黒髪垂れ目の優し気な少年である。
「妹がごめんね。今日も、本当は僕だけの予定だったんだけど『絶対ついて行く!』って聞かなくて」
「いえ、私は何も」
「シャルロッテ様、気を悪くしたんじゃないかと思ってた。良かったよ」
「気にしておりませんわ」
テーブルに座った瞬間からクリストフに怒涛の質問攻めをしている令嬢は、シャルロッテへの興味はゼロだった。一応挨拶はしてくれたし、礼儀的には問題がないので気にはならないが。
(また泣かれたらどうしようって、ちょっとだけハラハラするわ…)
二人の様子を眺めつつ、ぽつりぽつりとシャルロッテと少年は会話を交わす。
「じゃあ、シャルロッテ様は乗馬もしてるんだ」
「まだまだですけれど、馬が好きで」
「馬に触れない女の子も多いのに、すごい勇気だと思うよ」
「そんなことありませんわ」
しばらくすれば会話も滑らかになり、ほのぼのとした空気感。シャルロッテは、ここにきて初めて一息つくことができた。少しリラックスして会話を楽しんでいると、突然グイッと手を引かれた。
「どうしたの、クリス」
斜め前では、ご令嬢が何かを熱心に話しかけているのに。
クリストフの紅い瞳はシャルロッテの方だけを向いている。
「きゃっ、な、なに」
グイグイと手を引っ張られて、クリストフの方へと体が傾く。
「ちょっと、どうしたの」
段々とクリストフの顔が近づいてきて、そして。
正面に座る少年の目が大きく見開かれた。
クリストフの唇が、シャルロッテの耳に触れたのだ。
小さく小さくささやかれる、クリストフの声。
「他の人に気をとられないで。僕と居るって、忘れないでよ」
パッと離れて耳を押さえれば、クリストフはすこし拗ねたような顔をしている。
声にならない抗議でクリストフを睨み付けるも、ふいっと視線を逸らされてしまった。
「あー、えっと。クリストフ様は、シャルロッテ様が大好きなんだね」
正面の少年の苦笑いが只々いたたまれなく、シャルロッテは残りの時間をもぞもぞして過ごすことになってしまった。




