初めてのお茶会3
挨拶に来てもらった後は、こちらがテーブルラウンドをして回る番らしい。
「時間も限られるので、全てのテーブルを回る必要はないだろう」
シラーがほんの少しの紅茶で口を湿らせてそう言った。
これはおそらく、エマに失礼な態度の子爵夫人がいたテーブルを飛ばすためにわざわざ言っている様子。
(クリストフの教育に悪いわね…)
シャルロッテは胡乱な目でシラーを見た。
しかしシラーはどこ吹く風だ。
(まあいいか。さて、テーブルラウンドでは、さっきよりも交流が多くなるわね。会話でボロが出ないよう、公爵家の娘としてふさわしい振舞いを心がけないと)
気合を入れ直すシャルロッテが一息をつく間もないまま、シラーの合図で一家は立ち上がる。まずはマルカス侯爵家のテーブルらしい。
(ああ、アンネリア様にまた睨まれるかしら。ちょっとは話をしてくれると良いのだけれど)
ゆっくりと歩く一団が到着する頃合いには、ティーセットが整えられていた。
「ファージ、失礼する」
「待っていたぞシラー!」
歯茎を見せて笑うファージ様に勧められ、クリストフと並びで座る。アンネリアが正面に居て、シャルロッテにはまったく視線を寄越さずに「お待ちしておりました!」とニコニコ笑顔の大歓迎をしてくれる。が、しかしクリストフは「失礼します」と座る時に挨拶したきり、何を話しかけられても口を開かない。アンネリアが「お好きなお菓子は何ですか」「私はマフィンが好きですの」「今日もカッコいいですわ」などなど一方的に話しているが、ガン無視である。
「アンネリアはクリストフ様のことが大好きで。今日のお茶会も、何日も前から楽しみにしておりましたの」
さりげなくアンネリアをフォローするように、マルカス侯爵夫人が口を挟んだ。
間を置かず、エマがにこやかに「まあ、ありがとうございます」と返す。
「何を話そうって、毎日うるさいくらいでしたのよ。たくさんお話ししていただけると嬉しいわ」
前半はエマに、後半はクリストフに向けて聞かせるような夫人の言葉。エマは再びにこやかに「ありがたいお言葉ですわ」と、当たり障りのない返しをした。
ここまで一言も口を開かないクリストフと、会話を振られてすらいないシャルロッテ。エマは笑顔の裏で「(主役が誰か分かってないのかしら)」と苛立ちを覚えていた。
「シャルロッテとアンネリア様は年齢も近いですから、仲良くしていただけると嬉しいわ」
エマがすっとぼけたように、クリストフではなくシャルロッテに対象を切り替えるも「クリストフ様!」というアンネリア本人の声により、そのチャンスはかき消された。
「アンネリアはいつもご本を読んでいます。クリストフ様は?」
エマが『答えなさい』とクリストフに目くばせをすれば、しかたがない、といった様子でため息を一つ。
「夕食後、お姉さまと読書をします」
「アンネリアと一緒ね!いつも寝る前に読むの」
「夕食後です」
機械的な返事にも、強引に「一緒ね!」と繰り返すアンネリア。見目麗しく、次期公爵家当主という権力者の座が約束された、年の近い男。それは他に類を見ない優良物件であろう。
(しかしグイグイいくわね。クリス、不愉快じゃないかしら)
シャルロッテがハラハラしながら見守るも、アンネリアにはその焦燥は通じない。
それどころかたまに鋭い一瞥をシャルロッテに投げかけて『入ってくるんじゃないわよ』と言わんばかりの顔をする。
「クリストフ様は何色がお好きですか」
「紫色です」
「王家の色ですものね!でもアンネリアは赤が好きです、だって、クリストフ様の瞳の色だから!キャッ、言っちゃった!」
キャー!と一人ではしゃぐアンネリアを止める者は居ない。夫人は大人の会話でエマを子どもから引き離し、アンネリアとクリストフを二人で会話させておくつもりの様子だ。
好意を伝えて少しもじもじとしたアンネリアは、意を決したように身を乗り出す。
「クリストフ様は、どんな女の子が好きですかっ?」
「お姉さましか好きじゃないです」
「そうじゃなくて!」
「お姉さましか好きじゃないです」
二回も言って、さらにシャルロッテを見つめるクリストフ。シャルロッテは「まあ、ありがとうクリス」と苦笑いをした。
アンネリアの視線が、シャルロッテに向いた。その顔はぎゅうっと眉根に力がこもり、涙ぐんでシワが寄っている。
「こっ、こんな、ちょっと、キレイでっ、かっ、かわいいけどっ!でもっ、だって、お姉様は、家族でしょっ!そうじゃなくって、結婚する女の子のこと!いくら好きでも、家族とは結婚できないんだから!!」
(すごい、めげないんだ)
その不屈の精神に敬意を示し、シャルロッテは口を閉ざした。幼い女の子の、恋だろう気持ちを尊重しようと思ったのだ。精神年齢的に遥か彼方上を行くシャルロッテは、しばし無視され睨まれる程度の幼女の攻撃は、正直痛くもかゆくもなかった。
(むしろちょっと可哀想というか…、微笑ましいというか…)
しばらく黙りこくるクリストフ。アンネリアは沈黙などお構いなしで「どんな子と結婚するの?!ねえ!」と再度しつこく問いかける。クリストフはボソリと答えた。
「結婚相手はまだ分かりません」
「そうよね!これからよね!」
無表情なクリストフだが、最近表情が読めるようになってきたシャルロッテには分かる。
(これ、なんか嫌なことがあった時の顔ね)
涙をひっこめて笑顔あふれるアンネリアには悪いが、その恋心が実る様子はなさそうである。内心で手を合わせつつ、そろそろ会話するかと口を開いた。
「アンネリア様、私はシャルロッテと申します。お話に混ざっても良いかしら」
「えっ」
ストレートに言われるとは思っていなかったアンネリア。勝手に会話に混ざってきたら無視をするつもりだったが、シャルロッテが予想通りの動きをせずに焦ってしまったようだ。あわあわと周囲を見回して、助けを求めるようにまさかのクリストフに縋るような目を向ける。
「この会、お姉さまが主役ですよ」
何を言っているんですか、と言わんばかりのトーンのクリストフ。
苦笑いを抑えつつ、アンネリアを見つめて言葉を重ねるシャルロッテ。
「二人が楽しそうだったから、仲間に入れてもらえないかと思って」
「そ、そこまで言うなら、いいわよ」
「嬉しいです。アンネリア様は、赤がお好きなのですね」
「そうよ!ほら、今日の髪飾りも」
栗毛を高い位置で二つにくくったリボンは赤色だった。クリストフの瞳の色を身に着けてくるなど、なんと積極的なことか。感心したシャルロッテがさりげなく会場内の子女を見回すと。
(いる、いるわ。というより、ほとんどの子が身に着けているんじゃないかしら)
シャルロッテは驚愕した。義弟は、とんでもないモテっぷりのようだ。
するとその当の本人が突然、とんでもないことを言った。
「僕はタイをお姉さまのドレスと揃えました」
「えっ、そうだったの」
「はい。素材も同じ物を使って作らせました」
思わず手を伸ばしてタイに触れれば、シャルロッテの身に着けているドレスとまったく同じ手触りである。
「いつの間に…!」
「僕の贈ったドレスですからね」
少し得意げなクリストフ。
二人の会話をわなわなと震えて聞いていたアンネリアは爆発した。
「っず、ずるいっ…!」
ひぐひぐと泣き出してしまうアンネリア。慌ててシャルロッテが「お義母様…!」と呼んだ時には、既にマルカス夫人が立ち上がっていた。
「次に会う時までに淑女教育をさらに重ねますので。ご容赦くださいませ」
アンネリアを強引に立たせて、そそくさと退席していった。