初めてのお茶会1
お茶会の日がやってくると、シャルロッテは朝から大忙しだった。
何やら塗り込まれたり洗われたり、磨かれたり押されたり引っ張られたりと、シャルロッテはメイド達の成すがままに身を任せた。最後に襟高タイプのいつぞやオーダーしたデイドレスを着せられ、完成した姿を鏡で見れば…。
(わあ。天使?)
肌や髪が不思議と内側から光り輝いているような美しさに仕上がった、美少女がそこに。
「今日の主役は名実ともにお嬢様ですわっ!」
「美しすぎて心配です。敷地の中で攫われることはないかと思いますが…。ご家族と離れないように気を付けてくださいね」
髪結いまで終わらせて大興奮のローズと、心配そうなリリー。
「大げさね」とシャルロッテが笑えば、編み上げのハーフアップにした白金の毛先が、深緑色をしたドレスの高い襟にしゃらりと寄り添うように揺れる。
「透明感がありすぎて、透き通ってしまいそうですわ…」
ほぅっと見惚れるようにため息を吐くローズを無視したリリーが「では、お坊ちゃまがお呼びですので」とシャルロッテを部屋から連れ出した。
マナー講師と共に、お茶会の対策を練ってきたこの一ヶ月。招待客のリストも貰って、しっかりと情報も仕入れた。しかし心配性のクリストフが「当日は何があるか分かりません。早く来るような無粋な人がいないとも限りませんし…。準備ができたら僕の部屋へと来てください」と言うので、この後は弟の部屋でお茶会の開始まで待機することになっている。
(耳にタコができるくらい『僕から離れないでください』って言われてたし、今日はここからずぅっと一緒に行動することになりそうね)
リリーがコンコンとノックをすれば、クリストフ付きのメイドが出て来て中へと通される。そこには、既に準備を終えたクリストフが居た。彼はシャルロッテの姿を見るなり立ち上がり、固まった。
「かっ、かっこいい!すごく似合ってるよ、クリス」
深緑のタイは金色で絞められ、黒い正装が恐ろしいほどよく似合っている。半ズボンから覗く白い膝小僧が、彼の幼さを唯一主張している部分だろう。小走りで駆け寄りつつ心のままに褒めるシャルロッテを、呆然と眺めたまま動かないクリストフ。
「クリストフ?」
近くに寄っても無反応の義弟の眼前で手を振って、シャルロッテは小首をかしげた。
するとガシッと手首を掴まれる。
じっ、と見つめてくる紅い瞳。
「な、なに」
「……いえ。なんでもありません。お義姉さまも、よくお似合いです。今日は僕から離れないでくださいね」
(また言った!)
「もう、分かってるわよ」と頬を膨らませるシャルロッテの手首をそっと握り直し、窓際へとエスコートするクリストフ。広い窓からは庭の遠くにセッティングされた茶会の会場が見えた。色とりどりの花が咲き乱れる中に、大きな日除け、黒を基調にしたガーデンテーブルが並べられている。
「すごい!いつの間に」
「朝露が引いた頃ですね。もう準備は終わってますよ」
「公爵邸のお庭ってキレイよね。来る人もきっと喜ぶわ~」
のんびりとしたシャルロッテの感想に、クリストフがわずかに目を細めた。今日は皆庭を見に来るのではない。シャルロッテを見に来るのだ。
「緊張してませんか?」
「ちょっぴりね。でも、クリスが一緒なら大丈夫よ」
シャルロッテは肩をすくめて笑ってみせた。
もちろん自分のお披露目であることは忘れていないし、これで結構緊張もしている。しかし自分には強い味方が居ることも、シャルロッテはよく分かっているのだ。
「お義母様もお義父様もいるしね」
「はい。でも、今日は僕とずっと一緒に行動してくださいね」
「分かったってば!あっ、見て」
シャルロッテが指さすはるか遠い先に、馬車が見える。まだ少し早い時間帯だが、客が来たようだ。子ども二人は顔を見合わせて頷き合い、呼ばれるまで招待客の名簿を見ながら、情報のおさらいをして過ごした。
◇
「本日は忙しい中、我が家のために集まってくれたことに感謝する。この日を迎えるまでには、色々なことがあった。しかし、新たなる家族を一員として迎え、より一層、当家が繁栄していくことを確信している!尊き我が娘、シャルロッテを皆に紹介しよう」
シャルロッテ達は、横一列に並び、大勢の客の前で立っている。
ガーデンテーブルに通されていた招待客たちも立ち上がり、こちらを向くのは好奇心やら猜疑心やらに溢れた目、目、目。人形を認識するように、シャルロッテはそれらの目をもつ顔をじっくりと眺めることができた。
(お義父様に似た人は居ないのね。黒髪はちらほらいるけれど)
大仰な挨拶を述べたシラーに視線で促され、一歩前へと進み出てカーテシーをするシャルロッテ。
動く美貌の少女に、観客が釘付けになる。シャルロッテは集まる視線を張り付けた笑みで受け流し、声を出すことはなくしずしずと一歩下がった。
満足気に頷くシラーはグウェインの差し出すシャンパングラスを受け取り、それを掲げる。
「これからは一族の仲間として、我が家の大切な子どもとして、クリストフと共にシャルロッテのことも見守って欲しい。古よりの同胞よ、共に祝ってくれ。乾杯」
乾杯の声が響き、ざわめきが庭園に広がる。
祝い酒であったシャンパングラスを回収して回る使用人や、お茶を準備されていく様子を見ながらシャルロッテは背筋を伸ばした。
(さて、来るわよ)
家格の高い順に、当主へと挨拶にやってくるらしい。
入れ替わり立ち代わり訪れる親戚に「シャルロッテと申します。よろしくお願いします」「はい」「ありがとうございます」と壊れたように繰り返すだけの仕事の始まりであった。
まず近づいてくるのは家格からして侯爵家だ。
歯茎まで見えるような笑顔を浮かべた馬面の当主がやって来た。彼は無表情のシラーの手をがっしりと掴み、親し気に話し出す。
(この顔、クリスと勉強した…!マルカス侯爵家のファージ様ね。分かりやすい!)
クリストフはファージ・マルカスの欄に『やけにお父様に馴れ馴れしい、馬っぽい』と注釈を書いてくれていた。髪も栗毛で、まさに馬のようである。
「やあシラー、いつも活躍っぷりは聞いているから、久しぶりな気がしないな!」
「ああ。そちらの活躍も聞いている」
「よせよ。公爵様と比べたらうちなんて全然…」
侯爵家は、金色の装飾がうるさいくらいに目立つ服を揃えて着ている。仲が良いのだろうが、ちょっとゴテゴテした印象だ。当主同士の挨拶の横で、夫人同士も微笑み合って会釈をしている。
(となると、私たちはこの子かな)
連れられてきた子どもはシャルロッテと同じくらいの女の子。挨拶をしようと視線を向けるも、ふいっと目線をそらされて、彼女はあからさまにクリストフだけを見つめて笑顔を向けた。
「クリストフ様!お会いしたかったですわ。お手紙、読んでくださいました?」
「お久しぶりです。ええ」
「お返事、ずっとまってましたのに!」
「忙しくて」
「アンネリアの手紙には、一言だけでもお返事するのが礼儀なのですよ!」
「そうですか」
淡々と返すクリストフにめげずに食いつく少女は、アンネリアというらしい。そういえば、マルカス家長女の備考欄には『しつこい』と書かれていた。クリストフの事が好きなのね…と、空気と化したシャルロッテはその様子をただ観察する。
(この子、色々と父親似だわ。お義父様に絡むファージ様とクリスに絡むアンネリア様、そっくりだし)
「…にしても、シャルロッテの美しさは素晴らしい!うちの娘にもその輝きを分けてほしいくらいだよ」
「シャルロッテは見た目だけでなく、聡明な子どもでね。素晴らしい家族が増えた」
「それは楽しみだ!シャルロッテ、シラーの従兄で侯爵のファージ・マルカスだ。これからよろしく頼むよ」
「シャルロッテと申します。これからよろしくお願いします」
降ってくる当主同士の会話に加われば、やっとアンネリアの視線が憎々し気にこちらを向く。
横に居るクリストフの腕が、シャルロッテの腕にぴったりと触れた。その温かさに勇気が出るが、アンネリアからの視線の圧は益々強くなっていた。