あつあつお鍋3
シラーの言葉に慌てたシャルロッテは、胸に詰まりそうなお米を気合いで飲み下し口を開く。
「えっと、私が?お茶会に行くんですか」
「ああ」
「来月?」
「そうだ。大人と子どもは別行動になる場面もある。心しておくように」
ぎょっとしてシラーを見上げるシャルロッテ。突然そんなことを言われても、何が何だか分からない。マナー講師から話も聞いていないし…と戸惑うばかりだ。シャルロッテは言葉を選んでその気持ちを伝えてみることにした。
「なんだか…ちょっと緊張します。お義父様も居ないところで、うまくやれるか心配です」
しかし、シラーからすれば当然のことらしく、シャルロッテの困惑は真顔でスルーされている。この野郎と思いながら縋るように横に座るクリストフを見れば、紅い瞳はこちらを向いていた。
「僕も付いて行きますよ」
小さな手がシャルロッテの手をきゅっと掴んで安心させてくれる。
「クリス…!ありがとうっ」
「僕のそばから絶対離れないでくださいね」
いつも真顔だが、無表情のクリストフに注意をされると、なんだか怖い。
(お茶会って、なんか色々と貴族間のゴタゴタがありそうだわ。しかもデビューとか…イジワルな親戚の奥様に、公爵家にふさわしいか試されたりとかするのかしら)
前世の世界で言う『昼ドラ』のように、ドロドロとした女性同士の戦いがあるかもしれない。思わずティーカップから紅茶をひっかけられる自分を想像して、シャルロッテはぶるりと震えた。
「絶対離れない。クリスこそ、どっか行っちゃったりしないでね」
きゅ、っと手を握り返してクリストフを見つめる。
そんな仲睦まじい義理の娘と息子の様子を見ていたエマは、少し考えたような顔をしてシラーに尋ねた。
「どこのお茶会にするつもり?」
「公爵家の縁者のところからデビューするのが無難だろう。クリストフとも顔なじみの子どもがいるところにしようと思う」
お茶会の主催や参加は、本来は夫人の仕事。この家にエマが居ない以上、シラーがどこかの家へと連れて行くしかない。クリストフも同様に、公爵家縁者の茶会へとシラーが同伴してデビューを果たしていた。
「そうなるわよね…」
仲睦まじい様子の子ども二人に視線を向けたまま、『クリストフにやたらとまとわりつく女児がいた』という報告を思い出すエマ。こんな様子を見たらシャルロッテに嫉妬するかもしれない。どこの家だっただろうか…後で確認が必要だわと、唇をゆるく噛む。
公爵家の嫡男に喧嘩を売るバカは早々いない。だが、養子のシャルロッテは状況が違う。しかも、彼女の容姿はかなり目立つ。
たどたどしくも“母親”の顔をしたエマは、シラーを見上げるように伺う。
「ねえ、シラー」
「どうした」
シャルロッテに、多くの妬みや嫉みが向けられるだろうことは想像に難くない。
子供らしからぬ賢さを持つ彼女はきっと、何かを言われても声を荒げることもなく、自分の内に秘めてしまうのではないだろうか。
「(そんな思い、させたらいけないわ)」
男性には分かりにくい部分ではあるだろうが、茶会とは戦場である。
スタートから舐められていては、彼女の将来に暗雲が立ち込めてしまう。
庇護を与えるならば、より強い権力が良い。
そしてエマは、その庇護を与える方法をよく知っていた。
権力者にねだればいいのだ。
「茶会では、できるだけ一緒に居て守ってあげてね。クリスもシャルも大切な私たちの子だって、あなたが周囲に示してあげて。お願いよ、シラー」
うるんだ瞳の妻に切なげに乞われ、シラーの動きが固まった。
傾げた小首に流れるエマの黒髪の揺れが止まるまで、たっぷり五秒は硬直して、シラーはやっと動きを取り戻す。手を伸ばし、エマの細い指に自分の指を絡めて握りこむ。
真剣な顔でエマの瞳を覗き込み、頷きながらこう言った。
「まかせてくれ!そうだ。私が茶会を主催しよう」
「し、シラーが?」
エマは戸惑った。男性の当主が茶会を主催するなんて、聞いたことがないからだ。
しかし大真面目にシラーは続けた。
「ああ。親戚への顔見せを兼ねて、私が招待客を選定するのが効率的だろう」
「それは、そうかもしれないけど…大丈夫?あまり、その、聞いたことがないけれど」
「文句は言わせないさ」
ほほ笑んだシラーは握っている手に力をこめて「安心してくれ」と囁く。
「私が主催すれば、当主が同伴する者も多いはずだ。大人と子どもが同席するタイプの茶会にして、子どもたちから離れることがないようにする」
「さすがシラー、いいアイデアね」
流石にシラーの前で、子どもたちを害することはないだろうとエマは考えた。大人と幼い子供が同席するタイプの茶会は珍しいが、ないわけではない。それなら安心だとホッと息をつく。
シラーは表情をゆるめ、エマの白く長い指を撫でた。
「シャルロッテは立場が複雑だしな。いい機会だ、小うるさい連中には分からせておく…今後は、エマが心配する必要がないくらいに」
「お願いね。…二人とも、お父様から離れちゃだめよ」
「分かりました」と、シャルロッテとクリストフは声を揃えて良い子のお手本のような返事をした。
早速グウェインに指示を出すシラーを見ながら、エマは『主催は無理でも参加くらいは…』と、どうにか仕事の算段をつけて自分も茶会に参加できるよう考えを巡らせた。
主催側の家族で出席しないのは、親娘不仲説を流されてしまう可能性がある。シラーは気にするなと言うだろうが、エマは気にする。ただでさえエマの当主代理について、公爵家サイドで快く思ってない人間も居るというのに。
「(仕事も落ち着いてきた頃だし、なんとかしましょう。シラーは女性同士の機微を分かってないのよね。言えば極端な人だから粛清したりするし…)」
エマは内心でため息を吐きながらも、良い子のお返事ができた子どもたちに「私もできるだけ参加できるように、調整してみるわね」とほほ笑みかけた。
こうしてなんやかんやありつつ『第一回レンゲフェルト公爵家、おうちごはん会』は大盛況のうちに幕を閉じたのだった。