あつあつお鍋2
「では今から、みんなで一つずつ、気になった食材を入れていきます。良いですか!」
シャルロッテの張り切った声に「わかりました」「はーい」「何を選ぼうかしら」「分かった」「私も選んでよろしいのですか」等々、各々が何かを言っているが、シャルロッテはそれに返答することはなく言葉を続ける。
「嫌いなものが選ばれてしまったら、待ったをかけてくださいね!はい!トングを持ちますよ!」
シャルロッテの仕切りに皆トングを手に持ち、おうちごはん会は順調にスタートした。
「では私から」と、陣頭指揮をとるべく真っ先に具材を選んだシャルロッテ。
(私に抜かりはないわ、ダシが出るように最初はコレを選ぶと決めていたのよ…!)
迷いなくシイタケのようなキノコをトングで挟んだシャルロッテの耳に「あ、」というクリストフの声が聞こえた。そちらを向けば、少し迷った様子で口を開いたり閉じたりしている。
まさかと思って「もしかして」と言えば、コクリと頷くクリストフ。
「僕、キノコはあまり好きじゃないかもしれません」
「そ、そうなの?!」
「はい、最近気が付いて…。食べられますけど、匂いが強いと苦手です」
「すごいわクリストフ!ちゃんと苦手って言ってくれてありがとう!」
初めて知るクリストフの“嫌い”にシャルロッテが感動している間に、ハイジがひょいひょいと具材からキノコを撤去した。それを見ながらシラーが少し眉根を寄せて「好き嫌いか」と呟く。
そんなシラーをちらりと見上げたエマは「まあ!」と声を上げる。
「私も小さい時苦手だったのよ」
「クリスはお義母様に似たんですね」
嬉しそうにエマが言うのにシャルロッテもニコニコして乗っかれば、シラーは押し黙る。
「食べられるとのことですし~、こんな内々の会では無理せずいきましょ~」
ゆるっとハイジがフォローを入れれば「それもそうだな」とシラーも頷いた。
その後もなんやかんや言いながら鍋に具材を入れ、もうすでに妙な達成感を覚えた一同。
「はい!じゃあ皆さん席についてください!」
元気な声を出すシャルロッテをエスコートして、ハイジはお誕生日席に彼女を据える。為されるがままに座れば、シャルロッテの右側にはクリストフが素早く陣取った。息子の右隣にエマ、シラーが並んで座る。シャルロッテの左側にはハイジとグウェインの使用人コンビが、同席の非礼を詫びながら腰かけた。
(どうして私が真ん中なの…。まあでも、横がハイジとクリスで良かったわ)
気心の知れた二人が近くに居て、シャルロッテはホッとしていた。
しばらく雑談をしながら待てば鍋から湯気が立ち上り、しゅ、しゅ、しゅ、と縁からあふれ出そうになる汁。ハイジが火を弱めて更に煮込み、やがてその蓋を外せば…。
「わぁ…!おいしそう~!」
「いい匂いだわ」
「イイ感じっすね~」
シャルロッテ、エマ、ハイジは完成した鍋に歓声を上げる。が、シラーとクリストフ、グウェインは無表情の顔をお互いに見合わせていた。
「これは、ごちゃっとしていて…何が入っているか分からないな」
「その、見た目がやはり…異国風ですね」
「確かに匂いは、いい匂いがします」
三人の消極的なコメントはスルーしてハイジが「では、一応形式ですからね~、毒見させていただきます~」と、取っ手の着いた大きなカップに鍋をよそった。まずは汁を飲み、ハフハフと後ろを向いてお決まりの素敵な音をさせながら鍋を食む。
「ん~、これは最高ですねぇ」
糸目をさらに細めたハイジは、てきぱきと全員分のカップへと鍋をよそう。シャルロッテは湯気の立つそれを受け取るや否や、待ちきれぬとばかりにすぐ口元へと運ぶ。熱くて何度かふーふーと息を吹きかけて少しだけ冷まし、コクリと汁を口に含めば。
(んまぁぁぁいぃぃ!!!これこれこれ!!)
恍惚の表情で味わうシャルロッテを見て、受け取ってそのまま食べるなんて…とマナーを注意しようとしたシラーは口を引き結んだ。あまりにも幸せそうな顔だったのである。
そんな義姉を見たクリストフも、先ほどのためらいはどこへやら。
二、三回瞬きをして汁を口に運び「……おいしい」と感想を漏らした。
「ふふふ、美味しいわよね。熱いからゆっくり食べるのよ」
クリストフに優しく声をかけてエマが自身のカップを手に取れば、戸惑っていたシラーも覚悟を決めたようだ。エマの真似をして器を持ち上げ、そっと口を寄せる。
「……おいしい」
先ほどのクリストフとほぼ同じ言い方だったので、ハイジはこっそり吹き出して笑っていた。シャルロッテは苦笑いだが、エマは嬉しそうに父と息子を見比べている。
仕えている公爵一家が全員口を付けたのを確認してからグウェインも食べ始め、みんなで「おいしいね」「意外といける」「おいしいですね」と言い合いながら和やかに会は進んでいった。
ハイジの素晴らしい鍋奉行っぷりによって皆のお腹が満ち、雑炊という最後の幸せな壁の出現で、全員の胃袋が少し大きくなった頃。
「そういえば」と、エマが何かを思い出したように、長い黒髪を揺らして顔を上げた。
横に座るシラーに顔を向けて、確認するような口調で言う。
「シャルはお茶会デビューがまだよね」
シラーが手にしていたカップとスプーンを置いて、そうだったな、と言った。
シャルロッテは最後に残った雑炊をおかわりしてもぐもぐと頬張っていたので、口を開かずに首だけ素早くエマとシラーの方に向ける。
(お茶会デビュー?そんな行事があるのね。マナーを確認して練習させてもらおう。ドレスとかって、この間注文したやつでいいのかしら)
シャルロッテはつらつらと頭の中で考えながら、口の中の物を急いで咀嚼していた。そして、飲み込もうとした、その時。
シラーがなんてことはないことのようにポンと言う。
「来月あたりにでもデビューしておくか」