金色の目と出会った3
「私が知っている、クリストフのお母様のことを話すわね」
「ぜひお願いします」
「まず、伯爵家の一人娘で、家名はラヴィッジ」
「えっ、でも」
(一人娘ですって?それじゃあ、家は誰が継ぐのよ。しかも公爵家とは家格が離れてる…)
シャルロッテは思わず声が出た様子で、両手を当てて口を塞いだ。人の話は最後まで聞いた方が良いに決まっている。しかも相手は公爵家に縁のあるお貴族様。窺うように上目遣いでエマを見て、頭を下げる。
「すみません」
「私にかしこまらなくていいの。いいのよ。ね、言ってちょうだい」
なぜか親し気な笑みを浮かべて許してくれるエマに、おずおずとシャルロッテは言葉の続きを発した。
「その、後継ぎとかどうするのかなぁって」
「普通は気になるわよね。実は、色々あったのよ」
エマが語った内容は、シャルロッテには衝撃的だった。
クリストフの母、シラーの妻となった方だが、なんと初めは違う人と婚約をしていたそう。彼女は入り婿をとって家を継ぐはずだったが、なんと相手が別の方を愛してしまって(!)ご破算に。その時、慰め支えてくれたのがシラー。二人の間には愛が芽生えた。一人っ子同士の結婚ということで家督の問題もあったが『子どもを二人はもうけてどちらの家も継がせる』という約束でシラーが周囲を説き伏せたらしい。
「大恋愛だったのですね!素敵です」
「そ、そうね…」
うっとりとした表情で頬を手で包み、人生で初めてに近い恋バナにテンションをぐんぐんと上げるシャルロッテ。しかも対象が身近な人だ、興奮しない理由がない。
「お義父様のことだわ、ずっとその人のこと好きだったんじゃないかしら!チャンスを待ってたんだわ。じゃないと、最初からそんな優しくしないと思うんです。ね?そう思いませんか?」
「そ、そうかも…しれないわね…」
視線をそらし、窓の外を見やるエマ。うっすらとその頬が紅潮している。
「暑いですか?ドアを少しを開けましょうか」
「え?いえ大丈夫よ。ありがとう」
視線をこちらにちらりと戻すが、顔は横を向いたままだ。普段のシャルロッテなら違和感を抱いただろうが、今彼女はそれどころではなかった。
(お義父様が、あのお義父様が…!恋愛結婚だったなんて!!しかも色々と障害のある愛!冷静に切り捨てそうなのに、本当は情熱的な男なのね!!)
楽しくてしかたがない気持ちで、いっぱいいっぱいのシャルロッテ。
はしゃぐ彼女をしばらく眺めたエマは頬の赤みも落ち着き「でも…」と言葉をこぼす。
「いいことばかりじゃないのよ。社交界でこの話は有名だから、クリストフや…あなたも、いつか苦労しないか心配だわ」
「こんなロマンティックな話、素敵じゃないですか!」
「そうだといいのだけど、良くも悪くも有名な話になっているから」
「良くも悪くも?」
エマは少し間を置いてから、口を開いた。
「予想外に早く、ラヴィッジに家督の問題が起きてしまったの。口さがない人たちには、やっぱり最初から無理があったのだから別れたほうがいいとか、公爵家のために伯爵家が潰れるのはしかたないって言われたり。家督をめぐって親戚もしゃしゃり出てきてしまって人間関係も崩れたりね…」
(大恋愛の末『幸せに暮らしましたとさ』じゃ、現実は終わらないのね)
現実ならばそんなこともある、と訳知り顔で頷きながらエマの話を聞くシャルロッテ。
愚痴めいた『その後の話』を続けるか迷っているのか、エマの口が数度、開いたり閉じたりを繰り返した。
「公爵家にはクリストフしか子どもがいないでしょう」
「そうですね」
今までの話で、思い当たることがあった。
シャルロッテはエマの話を聞いて興奮する一方、頭の片隅でずっと考えていたことがある。
二つの継ぐべき家督。治めるべき領地。クリストフは一人息子で、奥様はいない。
冷静な大人の自分が脳内で囁くのだ。
(私、クリスのためのお姉ちゃんじゃなかった)
別に伯爵家を継ぐために引き取られたとしても、嫌な気持ちはない。
(奥様が生きてるか死んでるかわからないけど、子どもを望めないんだわ。だから、養子が必要だった。だから、引き取ってくれたってことだよね)
ただ、何の理由も告げられていなかったのは、少しばかりショックだった。シャルロッテは言ってくれればよかったのにと、膝の上で手を握りしめる。
「誤解させたらごめんなさい」
シャルロッテの固く握りしめられた手を、ほっそりとした指が柔く包んだ。親指で手の甲を撫でるようにしながら、優しくエマは声をかけてくれる。
「あなたを迎え入れたのは、クリスの望みもあったし、あのまま放っておけないってシラーと話して決めたのよ…あ、奥様とシラーがね」
不安げに紫の瞳を揺らがせるシャルロッテを安心させるように「家を継がせるためじゃないわ。誤解しないでね」と強い言葉を重ねてくれるエマ。
「そう…なんですか?」
「そうよ。将来のことを決める時には、きちんとあなたの意思を尊重する」
柔らかくもぎゅっと、包み込まれた手が温かい。
「って、シラーが言ってたわ」
おどけたように口の端を上げるエマに、シャルロッテは「お話遮ってすみません」と照れたように白い頬を染めた。包まれた手を見て「ありがとうございます」と笑顔をこぼす。
「いいのよ。私こそ、話し方がよくなかったわ」
エマはシャルロッテの安心した笑顔を見て、ホッと内心で息をついた。
「手も、いきなり握ってしまってごめんなさいね」
そう言ってエマの手はそっと離れて行ったが、シャルロッテは首を横に振りながら、なんと言っていいか分からず、ただただ笑顔を浮かべた。
(優しい、素敵な人だなぁ。私なんかの心にも気を配ってくれて…。こんな人がクリスのお母様だったら、きっとゲームの黒幕になんかならないだろうに)
手に残るぬくもりを握りしめながら、シャルロッテは一人そんなことを考えていた。