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調べものは本で2




クリスの入室を求める声に、グウェインが即座にドアを開けに向かった。

ドアを開ければ礼儀正しく腰を折るクリストフの姿が現れる。


「お姉さまがこちらにいると伺いました。執務中に失礼します」

「いらっしゃいますよ。さ、中へどうぞ」


剣術の授業が終わり、もう着替えを済ませた様子のクリストフ。グウェインの案内でシャルロッテのそばにやってくると、ひょいと肩をすくめてこう言った。


「夕飯の時間ですので、知らせに参りました」

「わ!もうそんな時間?!」


シャルロッテは慌ててソファから立ち上がり、シラーの机に近寄った。続きを読む機会があるかは分からないが…と思いつつ、読みかけの日記をじっと見つめどこまで読んだかを記憶する。パタリと閉じてシラーへ差し出した。


「お義父様、ありがとうございました。大変勉強になりました」


コクリと頷いて、顎で置くように示されたので机の端にそっと日記を置いた。

名残惜しそうに日記を見ていたせいだろうか。下がろうとするシャルロッテに、シラーは声をかけてくれた。


「また続きを読みに来ていい。途中だろう」

「いいんですか!」


「いいから、いいと言っている。無用に聞き返すな」


優しい!と思った矢先にズバンと切られて引きつった笑みを浮かべるシャルロッテ。

クリストフがこちらをじっと見つめているので、待たせている事実を思い出し「失礼しました」とだけ述べて頭を下げておく。

ドアまで歩けば、グウェインが笑みを浮かべて「次はいつ頃いらっしゃいますか」と問うてきた。


(まあ、お義父様の都合もあるわよね…。次…いつがいいのかしら)


とっさに返せず、思考が停止するシャルロッテに代わりクリストフが口を開いた。

「お姉さま、明日の夕飯後はどうでしょうか」

「そうね。いいでしょうか?」

グウェインに向けてか、本丸のシラーに向けてか、敬語で問いかけるシャルロッテ。

すると奥の机から、まさかのシラーから返答があった。

「かまわない」

「だそうですので、明日もお待ちしております。坊ちゃまも何か読みたいものがあれば、ご用意致しますのでご一緒にどうぞ」

グウェインが笑顔でクリストフに頭を下げるのを視界の端に捉えながら、シャルロッテはシラーを見つめていた。


シラーはクリストフを見ていた。

クリストフもまた、シラーを見ていた。


(見つめ合うならなんか言えばいいのに…!)

視線をグウェインに動かせば、ほんの少しだけ口角を上げてその様子を見ている。特に何かを言う気はなさそうだった。

やきもきしながらそれを見るが、誰も何も言わないし動かない。


(あー、もうっ)


シャルロッテは軽くスカートをつまんで退室の挨拶をした。


「ではまた明日、クリスと共に参ります。失礼致します」

「失礼します」


クリストフは特に反応なく、グウェインにエスコートされて廊下へと出た。

ほっと息をつくシャルロッテと、スタスタと先に歩き出すクリストフ。その背中を慌てて追いかけて並び、顔を覗き込むシャルロッテ。


「迎えにきてくれてありがとうクリス」

「いえ。何を読んでらっしゃったのですか?」

「かつての公爵夫人の日記…日誌ですかね、それを貸していただいていました」

「よく読ませてもらえましたね」

「?」

「機密情報の塊みたいなものですから。まあ、お姉さまは身内ですし、読んでも問題ないと判断されたのでしょう」


(だから持ち出し禁止だったのね。ん、つまりそれってお義父様が私のこと信頼してくれてるってこと?)


シャルロッテはびっくりして「んあぁ」と妙な声を漏らしながら、何度も頷いた。

先ほどもシラーの対応は冷たかったり優しかったり、よくわからない。でもクリストフが言う通りであれば、信頼はして貰えている、らしい。


(それなら!勇気を出すのよシャルロッテ。明日こそ話しかけてみせるのよ…!)


小さく決意を胸に抱きながら、シャルロッテは隣を歩くクリストフの黒くけぶるような長いまつ毛を見つめた。

「クリスは何か読みたい本、あるの?」

「お姉さまと同じ物を読んでおきたいです」

「えっ、と。じゃあ、他のものがないか聞いておかないとね」

「そうですね。お姉さまが読み終わるまでは、何か他の物を用意してもらいます」


クリストフがそれで良いのならばかまわないが、過去の公爵夫人の日記などクリストフが読んでも面白いものだろうか。少し疑問が頭をかすめたが、深くは考えずシャルロッテは「歴代の夫人は皆、手記を残しているのかしら」と歩きながらこぼした。


「わかりません。明日、グウェインにでも聞いてみましょう」


クリストフは大して興味がなさそうだったが、シャルロッテの言葉にはいつも何か返事をしてくれる。やっぱり優しいなあとシャルロッテは温かな気持ちになった。

食堂に入る寸前、足を止めた。


「ありがとね、クリス」


クリストフは「かまいませんが、次から夕飯の時間は忘れないで下さい」と紅い瞳をシャルロッテに向けてドアを開けてくれた。


「本を読んでいると夢中になっちゃうのよね」

「では、明日からは僕ができる限り付き合います」


紅い瞳がじぃっと見つめながらそう言うものだから、シャルロッテは無意識に半歩後ろに下がった。それを食堂へ入るようクリストフは手招きする。


「えっいや、そんな、悪いわ。貴重な自由時間でしょう?」

「今までも部屋で本を読んだり問題を解いたりするだけでしたので、あまり変わりません。お姉さまは集中すると周りが見えなくなります。付き添いが必要かと」

「気を付けるわ、ちゃんと。あれだったらメイドを連れて行くし」

「執務室、メイドは入室禁止ですよ」

「え」


ぐいぐい来るクリストフに押されていたシャルロッテだが、その言葉に体が固まった。メイドが入室禁止なんて初耳である。


「それって、重要な情報があそこにたくさんあるからってこと?」

「理由は分かりません。執務室はグウェインかマリー、ハイジくらいしか入室を許可されないことが多いです。他のメイドがやってきたら、基本的には廊下でグウェインが対応します」

「知らなかったわ…」

「なので僕が付き添いますので。行く際は必ず声をかけてください。良いですか」

「わかったわ」


(クリスとお義父様の交流になるかもしれないし、一緒に行くのは全然かまわないんだけれど…。貴重なクリスの自由時間を私が奪っていいのかしら)


申し訳なさそうに身を縮めるシャルロッテの手をそっと取り、クリストフは「僕が一緒に行きたいだけですから」と言ってくれた。


(な、なんていい子なの!)


じーんと感動するシャルロッテは、その手をぎゅっと握り返した。


「ありがとうクリス!明日もよろしくね」

「はい」


無表情のままクリストフはシャルロッテの手を引き、夕飯の席につかせた。




こうして翌日から、シラーとクリストフ、シャルロッテ、グウェインの四人で過ごす時間が格段に増えることとなった。

シャルロッテは夫人の日記を渡されるままに読み、クリストフには歴代当主の記録のようなものを渡されていた。始めはシャルロッテと同じものを読みたがったが、シラーに「こちらに目を通しておきなさい」と言われて大人しくなっている。


(どう表現すればいいのかわからないけど、お義父様ってクリスの希望を最大限叶える気はあるのよね。私をプレゼントしたこともそうだし、街歩きだって許して、今だって…)


シャルロッテが一冊読み終われば、それはクリストフの手元へと渡されている。渡されれば、クリストフはぱらぱらと内容をかいつまんで読んでいる。

そしてシラーは時折、クリストフの様子を伺っている様子も見受けられた。それを和やかに見守るグウェイン。


(なぁんか、なんなのかしらコレ)


シャルロッテはモヤモヤを抱えつつも、シンと静まり返った執務室で口を開くこともできず、義父の傍でクリストフと読書する日々を重ねて行った。



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[一言] 未来の公爵様と夫人の英才教育してるな
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