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公爵家の育児




「お義父様(とうさま)って、そりゃまあ当然なんだけれども、忙しそうなのよね…」


シャルロッテはここ数日、義理の父であるシラー公爵を観察していた。といってもシャルロッテが見れるのはせいぜい執務室のドアくらいで、直接顔を見ることはできない。こそこそと廊下を歩いてみたり、図書室に行ってみたりとトライはするものの、収穫はゼロ。


今日は夕飯後の自由時間を利用して、どうにかグウェインかシラーに会えないかとフラフラと廊下をさまよっていた。グウェインに会いたいと言うのは簡単だが、シラーがいつも何しているのかも気になったので、偶然会えないかと思って一旦様子を見ることにしたシャルロッテ。


(面会申し込まないと、やっぱり会えないもんだなぁ。顔を合わせたときに、さりげなくお鍋しませんかって誘いたかったのに…。全然外に出てこない)


「しかたがない」と思いつつも、これは「クリスと日常的な交流をしていない証拠だ」と確信したシャルロッテは少しイライラもしていた。

クリストフも言っていたが、シラーは本当に忙しいらしい。全然外に出てきやしないで、執務室にこもって仕事ばかりしている。

自分が知らないだけで、夕食後のクリスの自由時間にちょっと顔見に行ったりしてないかしら、と少しだけ期待していたシャルロッテは肩をいからせていた。


(いくら忙しくっても、大事な子どものために時間くらい作れないワケ?せめて朝ごはんくらいなんとかならないのかしら!まったく、私がいなかったらクリスは独りぼっちじゃない)


足音を響かせながら図書室と部屋を行ったり来たりすること、一刻。

大して音はならないが、精いっぱいアピールして足音を立てて執務室の前を通り続けたシャルロッテ。考えるとイライラして足音が荒くなってしまっていたのだが、そこは複雑な乙女心というやつである。


(私のイライラに気づいて!どうしたのって言いなさいよ!っていうか全然外に出なさすぎる!もっと出てきてよー!)


そんな喧嘩中のカップルの彼女みたいなことを本気で考えながら、シャルロッテはひたすらに往復していた。幼女の軽くて可愛らしい足音とはいえ響いたのか、いや、むしろその足音であるからだろうか。

中からグウェインが顔をのぞかせて問うてきた。


「お嬢様、先ほどから何をしていらっしゃるのですか」


アピールしていた割りには、いざ聞かれてモゴモゴと口ごもってしまう。

図書室に用があります、とごまかすには本を持っていない。かといって「お義父様に文句があるのよ!」と、シラーの狂信者感のあるグウェインに言うほど命知らずではない。


「ああ、えっと、ちょっとお義父様って普段何してるのかしらってね、ちょっと思ったのよ」

「旦那様ですか?何か御用でも?」


一瞬にして頭の冷えたシャルロッテは、ひとまず「うるさかったかしら。ごめんなさいね」と軽く礼をしてから、グウェインの顔を見て言う。

「うーん、用事ってほどでもないんだけど…」

そこで再び口ごもるシャルロッテ。しかし、グウェインだって忙しいに決まっている。こんなところで無駄に時間を使わせてはいけない!と、今考えていたことを勢いつけて切り出した。


「その!ね、お義父様とクリスっていつ交流しているのかしら」

「行事ごとの晩餐はご一緒されてますし、坊ちゃまの身の回りの報告は毎日受けてらっしゃいますよ」

クリスやハイジから聞いている話と一致する。本当にそれしか交流がないのだろうか。

シャルロッテは首を振り、もう一度グウェインを見つめた。

「そうじゃなくて、その、日常的なところは?」

「授業進度は毎日確認されていますが」

「そうじゃなくって、もっとホラ、あるでしょ」

「?」

心底分からない、といった顔をして首をかしげたグウェインに苛立ちを覚えたシャルロッテは語尾を荒くしてまくし立てた。


「直接話をしたりとか!褒めたり!元気にやってるかって声かけたりとか!顔見たりとか!そーゆーのです!」

「あー…それはですねぇ」


視線を泳がせるグウェイン。クリストフの知らないところでは顔を見ているのだが、それは言うべきではないだろうと考え、言葉に詰まった。

それを見たシャルロッテは眉をぎゅっと寄せて問う。


「どうしてなの?」

「大貴族はそんなものでございます。ええ。食卓を共にされる機会があるだけ、まだ子供に関心がある方です」

「何それ!」


信じられない、と顔に書いてあるシャルロッテをグウェインはもどかしい気持ちで見据えた。彼とて思うところはあり、シャルロッテに言いたいことがある。しかしそれを主人に反してペラペラと話す男ではない。ぐっと呑み込んで、ほほ笑みを浮かべた。


「お嬢様のお育ちになった環境と、公爵家の環境は、まったく違うものであるということでございます。各家庭の状況もありますから、ご理解ください。ささ、今日はもう遅いですから、お休みくださいませ」


そうしてパタンとドアを閉じられてしまった。

シャルロッテはとぼとぼと部屋まで戻り、脳内では盛大に反省会を開いていた。

指摘された通り、シャルロッテは大貴族の育児についてよく知らなかった。シャルロッテの母親は貴族であったが、一緒に居た頃はほぼ平民みたいなものだったし、修道院での暮らしは一般的なものではない。

考えてみれば、周りの使用人が育てるのが普通というのも、理解できないわけではない。


「じゃあ、今のクリスの状況も普通ってこと…?いや、そんなわけないわ。絶対よくないもの。もっと普通の貴族なら関わりあるんじゃないの?」


(だから今はあんなに優しいクリスがゲームの黒幕(サイコパス)なんかになっちゃうんだもの!絶対、絶対、このままじゃよくないんだから!)


ボスボスと行儀悪く枕を叩きながら、ため息を吐いた。

しかし今回はシャルロッテもイライラしていて、あまり冷静に話すことができなかった。今度はハイジやメイド達にでも聞いてみよう。そう考えたところで「あ!」とシャルロッテの口から大きな声が漏れた。



本来の目的を思い出して、再び深いため息を吐く。



(お鍋誘うの忘れてた…。しまったぁ)



ぼすん、と枕に顔をうずめて、シャルロッテはそのままふて寝をした。




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