プレゼントは隠される1
公爵様との無言の馬車旅は、時間の感覚が狂ったように長く感じた。途中で何軒か店に寄り、服などの生活品を買いまわってくださったので、悪いお方ではないと思うのだけれど。
私と同じ紫色の瞳なのに、鋭い目つきのせいで、ものすごく冷たい色に見える。
(顔が怖いのよね、せっかくイケメンなのに…目つきが悪い)
修道院から公爵家までは、寄り道含めても1日でたどり着いた。そう遠くなかったのではないかと推測される。
そうして到着した公爵家。
修道院よりも大きい。門扉は重厚で大きな鉄製、門番が控え、馬車が来るとギギギギと音を立てるかのようにゆっくりと開く。
(え、おっきい…、広すぎる…お城…?)
屋敷から少し離れたところで下車し、まずは美しい庭に感動した。
どこも手入れが行き届き、鮮やかな花がセンス良く配置され、噴水が美しい水の曲線を描く。奥に見える屋敷も巨大かつ荘厳で、小さな城のようだ。
「ついてきなさい」
歩き出す公爵様に慌ててついて行けば、屋敷の前に10人ほどの使用人が並んでいる。ザッと一糸乱れぬお辞儀をする彼らに「戻った」と声をかけた公爵様は、先頭のメイドと、執事らしき人を目線で呼び寄せる。
「家令のグウェインと、メイド長のマリーだ」
公爵様は私に2人を紹介した後、私の体をポンッとマリーさんに渡した。
「これをクリスの誕生日にやることにした。大切にするように」
「「かしこまりました」」
「誕生日までは隠しておけ、プレゼントだからな」
そうして外套と共にマリーさんに預けられた私は、去りゆく公爵と、後ろに続く家令の背中を見送った。そして「では、ご案内いたします」と、メイド長に連れられて使用人の部屋がある棟へ移動した。クリストフ様に見つかってはいけないと、可及的速やかに存在を隠されることになったのだ。
「本館のお部屋をご使用されますと、気づかれる可能性がございます。クリストフ様のお誕生日まではこちらでお過ごし下さい。トイレと、水道もついております。お荷物はすでにこちらのクローゼットに収納してあります」
クローゼットを開ければ、先ほど公爵様に購入していただいた洋服などがかかっている。さすが公爵家、仕事が早い。
「わかりました」
「お食事等もこちらに運ばせていただきます。他にご入用のものはございますか?」
「あ、あの。ほんを、よみたいです」
「かしこまりました。後ほど、お持ちいたします」
メイド長ともなると、忙しいのだろう。室内の説明をサラリと済ませ、深々と頭を下げて去って行った。
(誕生日まではあと2日と言っていたし、本があれば部屋で過ごすのもつらくないわね)
ベッドに腰かけて部屋をぼーっと眺めていると、コンコンとドアを叩く音がしたので「どうぞ」と声をかけた。
ガチャリと挨拶もなくドアが開く。
(…ん?)
お仕着せを身にまとう、赤髪を短く刈り上げた少女が部屋に入ってきた。年は12、3歳といったところだろうか。ふっくらとした体型で、エプロンのリボン結びの部分がお腹に乗っかりずり上がっている。後ろ手にバタン!とドアを閉じる不作法に、思わず眉をひそめる。
彼女は私をジロリとねめつけて、腰にてを当ててため息をついた。
「ちょっと新入り!なんで着替えてないワケ?はやく着替えなさい」
赤髪の少女は、その髪色のように苛烈な性格らしい。アゴをしゃくって、私に命令をしてくる。
「え?」
「ボーっとしてんじゃないわよ。私はザビー、ザビー先輩って呼びなさい。ほら、はやく立つ。裏庭の掃除言いつけられてるんだから、一緒に行くわよ」
高圧的な物言いに戸惑いながらも、ベッドに座ったまま答える。
「わたくし、クリストフさまのおたんじょうびまでは、このへやからでないよう、メイドちょうにいわれております」
緩やかに首を振って拒否をすると、なんと彼女は舌打ちをした。
「チッ、玄関で聞いてたわよ。アンタ、クリストフ様の誕生日プレゼントの使用人らしいじゃない。でも、それまで暇でしょ。私の仕事を手伝いなさい」
「いやあの…」
姉として来たのです、と言おうとしたが、ザビーはこちらへとやってきて、なんと、私が座るベッドを蹴りつけた。
「口答えしないで。そんなんでこの公爵家でやっていけると思う?チビのくせに生意気言ってると、どうなっても知らないわよ…お腹をたくさん蹴られるとね、食べたものが口から出ちゃうのよ、やってみる?」
言いながらまたガン、ガン、とベッドを蹴られるので、たまったものではない。
「もうすぐ、メイドちょうがもどってきます!わたくしは、このへやにいなければならないのです!」
「チッ、この役立たずっ」
メイド長の名に、さすがに連れ出すのはマズいと思ったのだろう。ザビーは悔しそうな顔で舌打ちをして、私の肩をドンと押した。
そのまま部屋を出て行ってくれたが、私は茫然とした。
(ありえない、なにあれ…)
しばらくして、いくつかの絵本を抱えてやってきた他のメイドに、私は先ほどのことを話したが、困ったように首を振られ、取り合ってもらえなかった。面倒ごとに巻き込まないで欲しいといった顔で。
「あなた、義姉だっていうなら、使用人棟なんかに入らないと思うし…クリストフ様の遊び相手は、使用人であって姉ではないのよ。貴族は怖いから、口には気をつけたほうがいいわ」
まるで夢見がちな子どもであるかのように言い含められてしまった。
いくらメイド長を呼んでくれと言っても「メイド長はお忙しい方だから、私なんかが直接お声がけできないのよ」と、私の頭を撫でて濁すだけで、呼んでもらえない。
(玄関での公爵様の言い方がよくなかったのかな)
私を『クリストフ様の誕生日プレゼント』とだけ認識した使用人たちは、私を坊ちゃまの遊び道具か何かだと勘違いして、義姉とは思っていないらしい。
(話が通じそうな人と会い次第、相談しよう)
そう心に決めるも、私は見通しが甘かったことを、数時間後に後悔することになる。