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*小話(とある護衛視点)




「黒のグラスはありませんよ」


(んなワケあるかよ)


「それならしかたないかぁ」とシャルロッテは確認をしなかったが、()()()()()へと贈られる品である。黒がないわけない。ハイジはそれに気が付いたが、あえて何も言わなかった。


「じゃ、そろそろいいですかね。鍋は後で運んでおきますので~」


クリストフに逆らう気はカケラもないからだ。

ハイジはよく知っていた。クリストフが天賦の才を持ち、人の上に立つカリスマとなることを。この人が公爵家を継げば安泰だろうし、ゆくゆくは己の主人となる人間だと認めている。そして、クリストフが自分の目的のために容赦のない性格であることもまた、よく知っていた。

まだまだ幼いが、自分の障害となる人間に容赦はまったくない。


(そーゆーとこ父親似なんだよなぁ)


シャルロッテをさりげなくエスコートして「お嬢様は先に戻っていてくださいね~」と、宝物庫の外へ出す。

この宝物庫は、展示されていないからといって価値が低いものがあるわけではない。様々な理由で展示できない物、大切に保管するべき物も多く所蔵されている。そんなわけで一家臣であるハイジが一人で片付けをするわけにもいかないので、クリス様に残ってもらっての片付けを開始する。


「じゃあクリス様は、そこで俺が盗んだりしないか見ててくださいね~」


てきぱきと広げられている作品を棚へと戻しつつ、ハイジはちらとグラスがあった場所を確認する。やはり黒のグラスはあった。

こみ上げる笑いをかみ殺してクリストフへと尋ねる。


「クリス様って、お嬢様のこと大好きですよね~」

「すき…?」


なんだ()()はといわんばかりの目である。こっちがなんだそれはと言いたい、と反射的にハイジは「え、自覚ないんですか?あんなに好きなのに?」と剛速球を投げた。



「ぼくは、おねえさまを、すき?」



口に手をあてて茫然、といった体で動かなくなったクリストフの眼前でヒラヒラと手を振る。ハイジは慌てて「おーい」と声をかけるも、クリストフは固まったまま。


「姉と弟なんですから、普通は好きでしょ~。なんでそんな驚くんですか~」

「ふつう?」

「そう、普通」

「……誰かを好きと思ったことはないが」

「えぇ!だってクリス様、俺のことも好きでしょ~。お父上のことも好きでしょ~」

何言ってんだコイツ、と脳内で考えつつも茶化したように返事をする。

しかし本気で戸惑った顔をするクリス様に、ハイジは逆に困惑した。


(え。好きが分からないとか、そーゆーこと?)


「他の人に比べて、優しくしてあげたいな~って思ったり。自分が食べておいしかったら、分けてあげたいなって思ったりとか~?」

「そんなの二つ用意しろ。わざわざ分ける必要がないだろ」

「わあ。金持ちのボンボンの発想~」

「おまえも金持ちのボンボンだろ」

「俺は一応、色々経験しての今ですから~」


うーんと考えて、ハイジは今までの人生を思い出す。好きとは、好き、好きになったらどんな気持ちだったかな、と。


そこで思い浮かんだのは、母の顔だった。


ハイジの母は、異国から政略結婚で嫁いできた。そもそも話を聞けば、本来は王族の姫君が来るはずだったらしい。しかし姫がそれはもう強く嫌がり、血縁である母に白羽の矢が立ったそうだ。そうして16歳という若さでこの国へとやってきた。

姫が嫌がった理由は的中し、歓迎する者もいれば、野蛮な国からやってきたと見下す者もいたそうだ。さぞ苦労したことだと思う。

混じりの自分でさえ差別を感じることがあるのだから、初めに嫁いだ母の苦労は計り知れない。


「ひどいことをされていたら、守ってあげたくなったり、怒りがわいたりする、とかですかねぇ」


「お父様を守ってあげたいと思ったことはないが」

「あの人守れるのは神様くらいでしょ~」

ケラケラと笑ってハイジが手を振り「じゃあ、お嬢様は?」と尋ねた。


「そう、思う…。」

「ほらぁ!それですそれ~。あとは、その人が悪口言われてるところとか想像してみてください。ムカーッときません?」


「くる」

即答だった。


(もしかして俺、相当いい仕事したんじゃね?クリス様の周りには“感情”を教える身内が少なすぎるんだよなぁ。公爵様はあんな感じだし~)


「好きってむずかしいですけど、そーゆーところでも分かると思いますよ~。特別に思っちゃう相手のことは、多少なりとも好きと思います~」

「お父様もお姉さまも、悪口を言われるべき人間ではないし、生まれからして特別な人間だ。言う側に問題があるので罰するべきだ」

「ハイ発想が怖い~」

「事実だ」


再びケラケラと笑うハイジを、紅い瞳が見つめる。


「おまえもだぞハイジ」

「悪口くらいで目くじら立てませんよぉ。酸いも甘いも噛み分けちゃってますんで~」

おどけてみせるが、クリストフは視線をそらさなかった。じっと見つめて、再度繰り返す。

「何か言われるようなら報告しろ」

「……ご命令とあらば」


よし、とクリストフは頷いて「終わったか、お姉さまが待っているから急ぐぞ」とハイジを促した。


(冷酷で厳しい面も多いけど、身内に甘いとこもあるんだよなぁ。今の話で、多少人の感情ってモンを分かってくれたらいいけど)


これからに期待だなと考えながらハイジは急いで残りの片付けを終え、土鍋を抱えて宝物庫を後にした。




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