東の国の伝来品1
公爵家にはギャラリーがある。
国内外の有名な美術作品を収集し、展示、保管しているギャラリーだ。その総額は計り知れず、国宝や重要文化財も数多く所蔵している。
文化人なら誰しもが一度は訪れたいと夢見るこの場所へ続くドアを、シャルロッテはのんきに鼻歌を歌いながら押し開き、開放的なギャラリーの空間と展示に感嘆の声を上げる。
「すごーい!」
にこりと微笑みを浮かべて近寄ってきたのは、片眼鏡をかけた執事服の男。「お会いできて光栄です、お嬢様」と白い手袋を渡してしてくれた。この場所の専属使用人らしい。
渡された白い手袋にシャルロッテが手を押し込めると、軽く解説をしながらクリストフのところまで案内してくれるようだ。
「こちらはお客様がいらっしゃった際に領内の作家や文化を紹介できるよう、この土地の物を中心に展示をしています」
空間をたっぷりと使用した展示スペースを抜けて奥へ進むと、ガラスケースが並ぶ博物館のような部屋になる。
「こちらは国内外の至宝を集めております。保護に使用しておりますガラスケースも、古代文明のアーティファクトで芸術品、盗難防止の機能もあります」
使用人が指でガラスを撫でるが、跡もつかず透明のままだった。光もあまり反射せずに中を見せるケースらしい。シャルロッテも真似をして指でガラスをこするが、指紋の跡もまったくつかなかった。
「すごいわね!」
はしゃぐシャルロッテを微笑ましそうに見ながら「またゆっくりいらしてください」と声をかけ、更に奥へと進んでいく。
ガラスケースの裏側に回り込むと、死角に重厚な扉が存在した。複雑な鍵がかかっており使用人はいくつかの鍵で丁寧にそれを開錠していく。
「どうぞ中へ、お坊ちゃまたちがお待ちです」
シャルロッテに声をかけるのみで、中へは入らずドアを押さえてくれている。
おずおずと扉をくぐれば、見知ったひょろりと背の高い糸目の男が立っていた。
「お嬢様、お呼び頂きありがとうございます~」
「ごめんね、忙しかったんじゃない?」
「訓練サボれてラッキーって感じです~」
ウインクをしているらしいが、いかんせん目が糸なのでぎゅっとシワが寄るだけでわかりづらい。シャルロッテは「おほほほ」とエセお嬢様な笑い声を上げておいた。
「ハイジの話が聞けるのが楽しみだわ」
ハイジの母君は東の国の王族の血を引くとのことで、文化的なことを学んでいるはずだと期待をしている。できれば耳よりな情報を手に入れたい。そう、たとえば食文化とか。
(別に公爵邸の食事に不満があるわけじゃないけど、こっちの日本的な食文化はどうなっているのか気になるのよ。江戸みたいな感じなのか、唐揚げとかあるのか、とかね)
「お姉さま、こっちです」
クリストフに呼ばれて声の方へと向かう。
さすが公爵邸の宝物庫というべきか。倉庫であるにも関わらず、大きな絵画や彫刻、壺や置物などが、壁や棚にところせましと飾ってある。
「たぶん、ここら辺だと思うんですけど」
部屋の一角を指で示してみせるクリストフ。シャルロッテも近寄って、そのあたりをぐるりと見渡す。
「!」
そこには漆塗りであろう重厚な艶を放つ重箱があり、後ろには水墨画が飾られていた。シャルロッテが手振りで示せば、ハイジが「ああ、よくわかりましたね~」と拍手をした。
「お姉さま、どうして分かったんですか?」
「あぁ、えぇっと」
「もしかして前から、東の国に興味があったんですか~?」
「そうなの!そう!昔本で読んだの!」
なぜか必死に手をばたばたさせながら説明するシャルロッテに、ハイジはしゃがんで視線を合わせた。
「それなら今度うちの母から、若い女の子が好きそうなものを贈らせてください~」
シャルロッテの言うことを疑ってもいないようで「東の国の文化が広がるのはいいことですから~」とニコニコと朗らかな表情だ。
「でも、いいのかしら。とっても嬉しいわ!だけどなんだか…悪い気もするの」
「いいですよぉ。あ、でも。もしかして、お嬢様にとって公爵邸に来ての初プレゼントだったりして~」
「ダメだ。僕が贈る」と、クリストフが素早く反応した。
ニヤニヤしたハイジが「でもでもぉ」と畳みかける。
「東の国の物だったら、母の方が詳しいですよ~?」ねっ、と首をかしげてシャルロッテに同意を求めるハイジ。
「え、えっと」
「……公爵家の人間が物を貰うというのは、貴族の人間関係もあって難しいものだ。お姉さまが知らないことも多い」
クリストフは貴族の人間関係だとかいう言葉を持ち出した。それを言われると弱いシャルロッテだったが、だがしかしと思って一応言ってみる。
「えっと、でも、ハイジのお母様なら知らない人ってわけでも…」
「知り合いの親戚を信用していたら、貴族は元をたどれば皆親戚みたいなものです。いいですか、お姉さまは贈り物を受け取らないでください。絶対ですよ」
「分かったわ。軽率に人から物を貰ったらダメってことね。止めてくれてありがとうクリス」
ずいっと迫る圧に押されて背中を反るようにしたシャルロッテは、必死にコクコクと頷いた。
クリストフは彼女の目を見ないように視線を下に落とす。
「まずは僕が」
「え?」
「ぼくが!お姉さまにその分あげますから!他の人からは貰わないでください」
「別にいいのよクリス。何か欲しいわけじゃないから」
「あげます」
「いいのよそんな」
「あげます!」
押し問答を繰り返す姉弟を止めたのは、間延びしたハイジの声だった。
「あ、じゃあこっから欲しいもの見つけたらいいじゃないですか~」
ごそごそと棚を開け、引き出しを漁り「じゃーん」と効果音を発声しながら月のような髪飾りをヒラヒラと見せてくる。しかしそれはどう見ても花魁が髪に差す櫛で、シャルロッテは自分がつけることはないと「それはいらないわ」と切って捨てた。
「えぇー、お嬢様むずかしいですねぇ」
「私じゃ使いこなせないもの」
「お嬢様が適当に使ってくれれば、社交界で流行るでしょ。そしたらいっぱい売れるかなって~」
どうやらハイジは東の国の文化を流行させたいらしい。本来の用途でなくとも、使ってもらって売れればいいと考えている様子。
「お姉さまはデビューもまだ先だぞ」
「そうですわ。私まだまだ秘蔵っ子ですのよ」
姉弟に睨まれて「そんな目で見ないでくださいよ~」と口先だけで怯えてみせるハイジは、次々に品をひっぱりだしてくる。
「あ、これ。重いなぁ」
ハイジがかかえるように棚の奥から下ろしたその物体から、シャルロッテは目が離せなくなった。
「これは…!」




