ハイジという護衛
ドレスのオーダーから数日後、シャルロッテはクリストフと大勢の護衛に付き添われて公爵邸を出た。
なんと、短時間ではあるが街を散策できるのだ。
テンションの上がったシャルロッテは、朝からローズに髪をとびきり可愛くしてもらって、ワンピースも襟のついたかっちりしたものをチョイスし、午前の授業はソワソワしながら受けていた。
昼食後、お出かけ用のローヒールパンプスに足を通して、ハンカチがポケットにあるか確認。
「お嬢様、お外を歩かれる時は帽子を被って下さいね」
つば広の、リボンのついた可愛らしい帽子をリリーに手渡される。
「荷物にならないかしら」
「馬車ですから、大丈夫ですよ。お嬢様は肌が白いので、焼けたら痛いかもしれません。ちゃんと日が差すところでは被って下さい。約束ですよ」
繰り返して諭されてしまい「はぁい」と返事をしてその場で被った。
ウキウキと軽い足取りで玄関へと向かうと。
ズラリと並ぶ護衛、護衛、護衛。
「こんなに人数必要…?」
「公爵家の人間が二人も揃って出歩くんですから、必要です」
後からやってきたクリストフが「お姉さま。さ、こちらの馬車に乗って下さい」と手をひっぱって案内してくれる。
付き添いは多いが、乗り込んだ馬車の中は三人だけだった。シャルロッテ、クリストフ、それから護衛が一人。
護衛は緑がかった長い黒髪を一つにくくり、ひょろりと背の高い男だ。開いてるんだか閉じてるんだか分からないほど目が細く、ニコニコとしている。
「本日お二人の護衛を勤めるハイディです。ハイジって呼んでくださいね~」
(クリスが立った!って言ってくれないかな。誰も元ネタ分からないだろうけど)
シャルロッテが思わず前世に思いを馳せていると、クリストフが自分の黒髪とハイジの髪を交互に指さしてこう言った。
「ハイジはレンゲフェルトの縁者でもあります。何かと顔を合わせることも多いので、覚えてやってください」
たしかに、色味は異なるが同じく黒髪である。クリストフの紹介に「ということは貴族なのね」と確認すれば「ええ」と同意を示される。
それに口を挟んだのは、当人であるハイジだ。
「でも俺の母親は東の国出身なので、ハーフなんですよ~」
のんびりとした口調のハイジに言われて顔をまじまじと見てしまう。たしかに顔が前世で言うところのアジア系の気配を帯びている。鼻は高いが彫りが浅く、今まで見た中で一番日本人に近いかもしれない。
思わず、口から質問が飛び出るシャルロッテ。
「そうなのですね!東の国ってどんなところなのかしら」
「おや、お嬢様興味がおありですか。意外と生活水準高くていいところですよ。豊かな伝統と文化を持つんですけど、まだまだ知られてない部分も多くてですね~」
のんびりと語るハイジに、クリストフが被せる。
「僕の母方の実家が、東の国との貿易をとりまとめています。家にも伝来品がありますので、今度一緒に見てみますか」
シャルロッテは隣に座るクリストフの手をぎゅっと握って迫る。
「わあ!ありがとう、絶対よ!」
日本は存在しないだろうが、近しい文化の可能性が高いと睨んだシャルロッテは食いついた。前のめりな反応に目をしばたかせクリストフはわずかに頬を赤く染める。
そんなクリストフを見て細い目をわずかに開けるハイジ。実はハイジ的には目を大きく見開いているつもりだが、限界まで開いてもそんなでもないのでシャルロッテは気が付かなかった。にんまりと笑みを深めたハイジは、シャルロッテに向き直った。
「お嬢様は剣術の授業もないので、お会いするのは初めてですね~」
「あら、もしかしてハイジはクリスの師匠なの?」
「剣術はハイジが教えてくれています。こんなですけど強いんですよ、この男」と、クリストフはハイジを親指で指し示した。
「照れるなぁ」
ハハハと後ろ手で頭をかくハイジは、確かに背は高かったが決して強そうには見えない。そんな私の気持ちが見えたのだろう、クリストフが教えてくれる。
「この男がハーフでなかったら、最年少で近衛騎士団に入れたはずです」
近衛騎士団といえば『武を極める国の最高峰』といったイメージだ。そこに最年少で入れるほどの実力。つまりハイジはもの凄く強い、ということだろう。
「この国まだまだ外国人少ないんですよね~。貴族の学校には通わせてもらいましたし、爵位も同じく混じりの弟でも継げるみたいなんですけど。近衛とかは無理そうだったんですよ」
「そんな…」
困ったように笑うハイジに、言葉を失うシャルロッテ。考えてみれば確かに、身の回りで外国出身だという人を見たことがない。
「路頭に迷ってたら公爵様に拾っていただけて。その時から心臓を捧げてお仕えするって決めてます~」
のんびりした口調だが、ドンッと自分の胸を叩く力は強い。ハイジの境遇や努力に思いを馳せて目を潤ませるシャルロッテを見て、クリストフがハイジをじろりと睨む。
「路頭になんて迷うわけないだろ。お姉さま、ハイジの母君は東の国の王族の血を引いてます」
「!」
ハイジの顔をジロジロと見ながら「ご、ご無礼を…」と言えば「ああいや、俺自体はなんでもないんで」と手をパタパタ振られる。
「ハイジは武の道で生きたくてここにいるのであって、爵位だって自分で放棄してるんです」
クリストフの言葉に「俺には向かないですよぉ」と首を振るハイジ。
「国の根幹に関わる警護に、外国の王族の血を引く人間が入れないのは仕方がありません。それは納得してます。けどやっぱり男の子だから強くありたいじゃないですか~」
ニコニコとした笑顔だが、このハイジという男はとんでもなくクセ者ではなかろうか。
シャルロッテはちょっと警戒心を抱いてしまった。
それに気が付いたハイジは「そんな目で見ないでくださいよ~。公爵様に忠誠を誓ってるのはホントですよぉ、お嬢様たちのことも全力で守ります!」と人好きのする笑みを浮かべているので、やっぱり悪い人ではなさそうだとすぐにコロリと騙されるシャルロッテ。
「お姉さま。騙されないでくださいね」
クリストフの圧にコクコクと頷きながら「ハイ」と返事をした。どうしてクリストフは私の考えていることが分かるのだろうと、シャルロッテは不思議に思う。
ちらりとハイジの顔を覗けば、にっこりと笑みを深めてこちらを見ている。
「お嬢様はクリス様と違って、素直で可愛いですねぇ」
「クリスも可愛いわ」
私の返事に、何がツボだったのか腹を抱えて笑いだすハイジ。
そしてハイジを仏頂面で見据えるクリストフ。
良く分からなかったので、シャルロッテはそれを見て抱いた感想をストレートに伝えた。
「あの、ハイジとクリスって、仲がいいのね」
クリスは仏頂面のまま「仲良くありません」と即答し、その後にのんびりと「仲良くしてもらってます~」とハイジが続いた。
やっぱり仲良しね、とシャルロッテは心の中でつぶやいた。