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*小話(とあるキッチンメイド視点)





「メイド見習いの子達、大量に切られるって」




仕事終わりにそれを聞いたとき「ああ、あの子達か」と浮かぶ顔があった。


「あの寮でぎゃいぎゃいうるさかった子ォ達やろ?」

「そそそ。ハウスメイドの見習いの子達ね」


私は就職して三年目、まだまだ新人扱いのキッチンメイド。

出身は西の方のそこそこ栄えた街で、実家は街一番のレストランを営んでいる。公爵家の料理を勉強させてもらって、将来は実家を継ぎたいと考え中。

ハウスメイドとは、そんなに仲良くない。働く場が違うのもあるが、根本的な考え方が合わない子が多いのだ。


なぜならキッチンメイドは重労働。


「いてて、ずっと立っとったから脚パンパンやで」

「私はずっと下向いてるから腰と首が…」


皿を洗い、野菜を洗い、鍋を洗う。ひたすらずっと洗い物をしている。

しかも野菜を洗うという一番最初に必要な作業と、皿を洗うという一番最後の作業をするので、朝は早くて夜は遅い。


そんなわけで、なんとなくで就職して来た子達はやりたがらない仕事がキッチンメイド。多くの見習いメイドは、ハウスメイドを希望することが多いのだ。


「私今日、鳥の羽むしるのやらせてもらっちゃった!」

「ええなぁ!ついに私たちもここまで来たかー!」


ここに来るのは、目的意識がある子達だけ。

キッチンメイドは長く勤めるとどんどんやらせてもらえることが増える。

始めは水仕事、次は調理器具の手入れ、家畜の皮剥ぎ、野菜の皮むき、調理の下ごしらえとステップアップして、最終的にまかないを作らせてもらえるようになる。ここまでくるとシェフの調理を手伝うことができるようになり、メイドではなく料理人見習いとして雇用してもらえるわけだ。最終的に料理人として認められれば、もう将来安泰。

キッチンメイドを選ぶ子達は、ここを目指して日夜頑張っているわけである。


三年目にして、ようやくのステップアップ。

同期はどんどん辞めてしまって、もう数人しか残っていない。


「なあなあ、さっきの話やけど。うちら関係ある?」

「キッチンメイドの見習いも二人、関わってたらしい」

「あー!!おらんと思った!げぇ…」

「なんでもお嬢様に出す料理を失敗したのとすり替えたとか」


「は?アホちゃう」


私は驚愕して顔をしかめた。

雇用主になぜそんなバカなことをするのか。

しかも見習いごときが完成した調理の皿を触るなどあってはならないことである。


「ハウスメイドの子達と仲良かったじゃない。夜、寮で集まってお嬢様の悪口言ってたらしいわよ」

「暇かよ!!意味わからんし」


夜、私は疲れすぎて基本的に部屋で爆睡している。

朝も早いので体がもたないのである。

やたらと集まってぎゃいぎゃいうるさいな、とは思っていたが。まさかそんなクソくだらないこと…いや、失礼なことをしていたとは。


「しかもそれクビで済むん?」

「まっさかぁ。『口うるさい女のくつわ』をつけて、見せしめに屋敷と城下を練り歩くのよ。その後で鞭打ちだって」

「えぐぅ」


『口うるさい女のくつわ』は突起部分を口に差し込み、頭部に鳥かごのようなくつわを固定する被り物だ。この突起部分はギザギザとした金属で、しゃべると舌が傷つくようになっている。()()()()ことを言う罪人に被せられるもので、私も一回しか見たことはないが…若い女には中々にえぐい見せしめである、とだけ言っておこう。何を言われても言い返すこともできず、口からは血の滲んだよだれがあふれ、恥辱的な姿を晒すことになる。


「まあでも不敬罪で、それだけで済むんやったら優しいんかもな」

「バカね。済むわけないでしょ。当然クビよ。それで…故郷に帰されるって。手に焼き印が入るらしいわ」


その言葉に少しだけ同情心が湧き上がる。

ああ、どうしてそんなバカなことをしてしまったのだろう。

可哀想な愚かな子達。


「そうか…あの子ら、この先きついやろなぁ」


ぽつり、とつぶやく私の言葉に「再就職、結婚は絶望的。前科持ち、しかも公爵様につば吐いた人…まともな人間は関わらないわよ。この先どうやって生きていくつもりでやったんだか」と同僚は吐き捨てた。

村や街の誇りとして送り出された公爵邸で罪を犯し、帰ってくる子が故郷でどう扱われるか。村を出たとて、焼き印は一生消えることはない。


「生きてられるとええけど」


自分で言ってぞっとした。

私は腕をさすって、この話もうやめようや、と言ったが。


「まだあるのよ。ここからは、先輩が絶対言うなって教えてくれたんだけどね」

私の顔に耳を近づけて、彼女は言った。

まだまだ黙る気はないらしい。


「それに関わってて放置してた人たちも、全員減給らしいよ。しかもね、一週間懲罰房だって」

「その間給料は?」

「出るワケないでしょおバカ」

「公爵家の皆さまの悪口言ってるやつおったら、しばきまわすわ。見て見ぬフリとか絶対せん」


私は手を握りこぶしにして、殴るように素早く動かす。彼女は少し笑った。笑い終え、ちょっと困ったように眉を下げて、私の顔を見る。言うか迷うような雰囲気を出して口を開けたり閉めたりして、結局少し経ってから話し出した。


「クリストフ様って前からメイドの中でかなり怖がられてたじゃない?」

「しらん、そうなん?」

「もう、あなたは料理のこと以外興味ないんだから!」

「そんなんどっから聞くん。キッチン部隊としか喋らんもん」


キッチンは独立部隊なので、屋敷の中でもちょっと浮いた集団であった。


「私はいつか街にカッフェを出したいの!だから、他の女の子たちとも交流して、流行を追ってるのよ。リサーチなの、リサーチ!」


同僚が腰に手をあてて、眼前に指を突き付けてくる。

公爵家のキッチンで料理人として勤めることができれば、街でレストランを出すことだってできるし、他の貴族の屋敷で料理人になることだってできる。もちろん、カッフェを出すことだって夢じゃない。と思う。

はいはいと答えて「そんで?」と促した。


「今回『見て見ぬフリ』をしてた人間にも処罰をするよう、クリストフ様が進言したんですって」

「んなアホな。まだ…幼くていらっしゃるやろ。三歳児やで」

私がおどけてみせるが「しっ」と口に指をあてた彼女は左右を見回し、人がいないことを確認する。


「クリストフ様は恐ろしい方よ。去年、部屋付きの若いメイドで石鹸を持って帰ってしまった女がいたの。上等な品だから、こっそりちょろまかして使っていたらしいのよ…幼いクリストフ様にはわからないか、もしくは許してくれるとでも考えたのでしょうね」

同僚はさらに声をひそめて続ける。

「クリストフ様は何かの拍子にそれに気が付いて、メイドの部屋をあらためるよう命じて…わざわざ立ち会ったそうよ。そしたら出るわ出るわで、色々盗んでいたのが分かって。その場でメイドは泣いて許しを請うたけれども、容赦なく懲罰房にぶち込むように言ったらしいわ。結果、お貴族様だったけれど、死刑になったってウワサよ」


話を最後まで聞いて「でもウワサやろ」と少し茶化した私を、彼女は真剣な目で見ていた。


「私、直轄地(ココ)育ちでしょ。親から聞いたわ…昔はレンゲフェルト公爵家に逆らえば首が飛ぶって常識だったのよ」

「うちはお優しい領主さまだと思ってたけど」

「奥様がすごくお優しい方で、旦那様もそれでお心が広く保たれていたのよ」

ああ、と納得する声を出した私を、彼女は再び制する。

「今はお嬢様もいらっしゃるし、そう残酷なことはなさらないでしょうけど。とりあえず不敬にあたるようなことは、仲間内でも言うものじゃないわ。常に敬意を持ってね」


私のおでこをピン、と指で弾いた彼女は「あんたが好きだから忠告してるのよ。ぼーっとしてるんだからまったく。一緒に料理人になるんでしょ」と歯を見せて笑った。


「そうやで。二人で最後までがんばろな」


そうして笑いあって、私たちは帰り支度を済ませて外に出た。

貴族は恐ろしいけれども、こんなに給料も貰えて、勉強もできて、頑張れば報われる職場は他にない。

故郷の同級生で奉公に出ている子の話を聞いたが、多くは工場や農家勤めで環境も劣悪、賃金も低く重労働で、結果として何のスキルも身に付かないようなところがほとんどだ。


公爵邸という、とても素晴らしい場所で働けているのは私の誇りである。


いつか料理人になって、公爵家の皆様に一皿出すことができたら、どんなに嬉しいだろう。



もっと誠心誠意お仕えしよう。

私は決意を新たに、寮までの帰り道を歩いた。






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― 新着の感想 ―
この関西弁の子はまさか?新着の物語がここに繋がるなんて本当に凄いです。読み返して良かったです。
[一言] がみがみ女とかよく知ってましたね。本当に生ぬるい異世界ファンタジーばかり読んでいたので、 やっぱりこういう残酷なイギリスのヴィクトリア朝みたいな世界観が私に合う感じがしますね。 私と59さん…
[一言] よかった奥様生きてた
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