表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/150

メイド長とオーダードレス



なんて出来た義弟なのだろう。


会うまではクリストフのことを『サイコパス野郎(予定)』としか認識していなかった。でも今ひと月ほど一緒に過ごしてみれば、感情の起伏はあまりないし、表現もうまくないが、優しい子であるとシャルロッテは感じていた。


(このままいけば、ゲームみたいな人にはならないのでは?だって、こんなに人のことを考えられるのだもの)


シャルロッテはクリストフの気遣いに心底感心しながら、衣裳部屋へと移動した。するとその前には、メイド長のマリーが立っている。


「マリー!どうしたの」


シャルロッテに一礼してから、案内をしていたメイドへ「ご苦労でした。戻っていいわ」と声をかけたマリーは「お久しぶりでございます」と笑顔で挨拶をしてくれる。


「旦那様からのご指示で、お嬢様のお買い物のサポートをさせていただきます。一応実家が伯爵家でして、ドレスのオーダーも経験がございます。ご一緒させていただいてもよろしいですか」


そういえばマリーは貴族であった。そして、とても心強い。正直オーダードレスと言われても、シャルロッテは何をすればいいのかさっぱりわからなかった。言われるがままになってしまって、せっかくの、おそらくお高いであろう買い物で自分好みのものが購入できなかったら困る。


「ありがとう!とっても心強いわ。でも忙しいのにごめんなさい」

しゅんと眉を下げたシャルロッテの目線まで、マリーはしゃがんで膝をついた。

「お嬢様」

そっと手をにぎって、シャルロッテの色素の薄いけぶるような睫毛で隠れる、紫色の瞳を見つめるマリー。

「私たちは皆お嬢様のためにおります。そのために働けることが喜びなのですよ。ご理解くださいませ」

シャルロッテの瞳がぱちりと開いて、マリーの視線と絡まった。

「あ、ごめっ…、いえ、ありがとう!」

「はい」

マリーの顔に笑顔が戻り、シャルロッテもホッと息をついて笑った。


中に入ると外商担当とデザイナー、その後ろには大量の布見本を持ったお針子たちが待機していた。シャルロッテの部屋付きメイドのリリーとローズも立っている。

衣裳部屋といっても広い。ラグジュアリーなミニサロンも付いており、中でゆっくりと話すこともできる。サロンスペースのシックなソファから素早く立ち上がった担当者とデザイナーがこちらに深々と礼をした。「ごきげんよう」と挨拶をして対面に腰かける。


「私はレンゲフェルト公爵の義娘、シャルロッテです。今日は素敵なドレスをご提案いただけると聞いていますわ。さ、おかけになって。マリーも横にきてちょうだい」


シャルロッテの指示で、担当者とデザイナーもソファに腰かけた。まずは最高位の人間が挨拶をしないと、下位の者は話しかけてはいけないらしい。マナーレッスンを実地で生かす初めての機会に、シャルロッテは内心ドキドキしながら声を出していた。マリーの顔をチラッと見ると満足げな顔をしているので、及第点らしい。


その時外商担当のマダムは、シャルロッテの外見に目を見開いていた。今まで見たどんな貴族の子女よりも美しかったのだ。『逸材!美幼女!圧倒的身分…ッ!この子は、流行を作る側の人間だわ!金のなる木よッ!!』マダムの頭の中では天使がラッパを吹きながら旋回している。

そんなことをおくびにも出さず、マダムは優雅にほほ笑みながら挨拶をした。

「お会いできて光栄です、レディーシャルロッテ」


今日来てくれているお店の名前はハニー・ビィ。マダムビィの紹介曰く、横のデザイナーは王妃様の洋服もデザインの経験があり、常に流行の最先端を作り出す凄腕らしい。

「ワタクシのデザイナーにお任せ頂ければ、レディは社交界の頂点に!君臨する!美しい華となります!間違いありません!」

紹介を受けたシャルロッテは売り込みの勢いに気圧されて、控えめに笑うことしかできなかった。

ごまかすように早速ドレスのオーダーに入るシャルロッテだったが…。


「少し大きめのサイズが良い、ですか?」


わざわざオーダーするのにぴったりの品でないものを注文するシャルロッテをいぶかしんで、横に座るマリーが首をかしげた。


子どもの服なんてどうせすぐにサイズアウトするのに、大量の服をオーダーして無駄にする勇気はシャルロッテにはなかった。そこで思い出したのが、前世の学生服である。

大き目を買って三年間着続けたあの服。一着の値段はそこそこしたが、あれだけ着ればコストパフォーマンスは抜群だ。学生服のように少し大きなものを注文しておけば、長く着られると思っての発言だった。


(さすがに「もったいないから!大き目なら長く着られるでしょ?」とは言えない)


うーんと悩んで、無邪気に押し通せばいけるかな、と考えるシャルロッテ。

「だ、だって、すぐに大きくなるもの!服が届く頃には、もっと背が伸びてるはずよ!」

頭に手を当てて、ぐいっと上へと伸ばす仕草を繰り返してみせる。一生懸命上に伸びながら「もっと!」と言う美少女の主張は、周囲の女性陣の心をわし掴みにした。


「まあ!」

「なんと!」

すぐに、後ろに立っていたリリーとローズから声が上がる。

「そうですね!お嬢様は毎日、ちゃんと早く眠っておりますもの!」

「そうですわ!好き嫌いもせず、なんでも食べますもの。ええ、すぐ大きくなります!」

きゃっきゃとした二人の雰囲気に、サロンの雰囲気が一気に和やかになる。

ここが攻め時と察知したマダムは、揉み手をしながらヨイショした。

「まあまあまあ!!なんてお可愛らしくて、聡明なお嬢様なんでしょう!」

言いながら、デザイナーにサッと目くばせをする。

デザイナーは心得たとばかりに口を開いた。

「それでしたら、サイズの調整ができるようにリボンで裾の長さが変わるドレスはいかがでしょう。袖丈は七分にしておきますので、背が伸びても、手足が伸びても大丈夫です」

デザイナーの提案に「それがいいわ」とシャルロッテが同意を示せば、サラサラとラフ画を描いてくれる。


胸の下でリボンを結ぶようなタイプのもので、袖も裾も七分丈よりすこし長いくらいだ。

「素敵ね」とシャルロッテが言えば、横のマリーが「リボンをもっと大きくしたタイプと、細く流れるタイプも素敵ですわ」と提案し、それもサラサラと紙におこされる。

きゃっきゃと後ろの二人からも細かなレースやリボンの指定が入り、布地の選定までしていく。途中からシャルロッテは「もうどうにでもして…」といった状態であったが、女性陣の熱は加速するばかり。大変な盛り上がりを見せていた。


その先陣を切ってウキウキと指示をするのは、まさかのマリー。いつも冷静沈着なメイド長かと思っていたが、ドレスが好きらしい。

「お嬢様は色が白くていらっしゃるから、濃い色が映えます。濃い緑はないのかしら、ちょっと!もっと上品な布地でなければダメよ!」

「メイド長!これなんてどうでしょう」

「少し通気性に欠けるわ、冬にまた使うからチェックしておいてちょうだい」

「メイド長!こちらがいいと思いますわ」

「それ産地はどこかしら?ビルクット?あそこの絹なら間違いないわね!」

そうして厳選されたいくつかの布は、シャルロッテの顔色に合わせられたり、手触りの好みを確認されたりしながら採用が決まってゆく。


(貴族ってすごいわ…。既成の服を買うほうがよっぽど楽なのに、これがまた権威を示すことになるのかしら)


シャルロッテがぼーっとしている間に、普段使いのワンピースは決まったらしい。

話の流れから普段使いのものが先にきてしまったが、少々フォーマルなドレスも選ばなければならない。提案されたのは二着のデイドレスで、袖の膨らんだ(パフスリーブ)タイプと、首まで覆う(モンタント)タイプの高い襟立のものだった。


襟が高いドレス(ローブ・モンタント)は修道院でも見ていたから、なじみ深いわね。でも子どもが着ているのは見たことないし…。年相応に可愛いのは袖が膨らんだやつ(パフスリーブドレス)ね。ちょっと恥ずかしいけど)


うんうんと悩むシャルロッテを見て、マダムが「お嬢様が着ればどんな服でも流行しますわ」と、言葉巧みにおだてながら気になる点を聞きだしてくる。

「私が襟高のドレス(モンタント)って、背伸びしすぎていない?」

「いいえ!それがまた…素敵じゃありませんか!清楚な雰囲気でお似合いになります」

デザイナーも同意を示す。

「襟が高くとも、スカートの丈をふくらはぎくらいにすれば子どもらしさも出ますから」

そう言って書かれたデザインのラフが気に入ったシャルロッテが「いいわね!」と笑顔を見せると、メイド三人が顔を見合わせてマダムへ対抗心を燃やす。


「他のデザインはございませんの?!」

「お嬢様に似合う至高の一着を、私たちで選びたいですわ!」

提案された他に大量にラフ画を描かせた三人は、ゴシックなデザインのものを採用した。


(ゴスロリっぽくてコスプレ感があるわね)


手首あたりがファサファサ広がったものが採用されており、思わず「ちょっと機能性に欠けないかしら」とマリーにささやいたが「お嬢様がこれを着ている間にすることは、ティーカップを持つことと、ほほ笑むことだけでございます。大丈夫ですわ」と良い笑顔を見せられて、シャルロッテは抵抗を止める。マリーが楽しそうで何よりだ。


「今後とも御贔屓にしていただけるよう、命をかけて作らせていただきます!」

ハイテンションのマダムは鼻息荒く帰って行った。

ぐったりと疲れたシャルロッテが解放されたのは、いつもであれば夕飯が終わる頃。クリストフと顔を合わせると「お姉さま大丈夫ですか?」と心配されるほどだった。


(女性の買い物は、いつの世も長い)


自分の買い物だったのに、まるで人の買い物に丸一日付き合っていたような感覚だった。ベッドに沈みながら、今日のことを思いだすシャルロッテ。

リリーとローズ、それからマリー。あんなに興奮した三人を見るのは初めてだったが、貴族の子女の楽しみ方を学ぶことができた。


(それになんだか、本当の意味でみんなと仲良くなれた気がするわ)


もちろん主従関係にあるので友達とはいかないが、今日のオーダーを通してグッと距離が縮まったのは間違いないだろう。

シャルロッテはその夜、満たされた気分で眠りについた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 義弟は優しいのではなく、猫かぶりの天才です。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ