部屋付きメイドとオーダードレス
私の部屋付きのメイドはリリーとローズという。
彼女たちは同時期に奉公に上がったらしく、仲がいい。
「それでリリーったら、一人でカッフェのこんな大きなケーキを食べたらしいのに、その後屋敷に戻ってきてフライドポテトまで一皿まるまる食べてしまったんですわ」
少女らしくふっくらとした体に、薔薇のような赤毛を片側に編んで垂らしているのがローズ。目が大きくてゴージャスな顔の彼女は、いつも顔に負けない素敵な髪飾りを付けている。実家が洋裁店らしくセンスが良くてオシャレが大好きだ。
「ちょっとローズ!お嬢様の前で恥ずかしいこと言わないでちょうだい!いつもそんなに食べているわけじゃないですからね」
背が高くて、明るい金色のボブヘアーがリリー。お兄様は城勤めの騎士様だという彼女の手足は長くしなやかで、顔がとても小さい。シャルロッテは髪の毛を整えてもらう時に、リリーの細く長い指や、美しい手をついつい見てしまう。スタイルがいいのによく食べるらしい。
「ふふふ」
「でもお嬢様、ローズだって衝動買いして髪飾りを四つも買っていて、一つは使わないからって私にくれたんですよ。結局ローズはそーゆーところがあります」
「ちょっとリリー、おやめなさい!」
(それはお土産ではないのかしら?)
そしてこの二人は、いつも食べ物かファッションの話をしている。
話を聞いていると休日に遊びに行くという街の話が出てきて、興味深くあれこれと質問してしまう。
「カッフェというのは、どんなところなの?」
「基本は飲み物がメインなのですが、ケーキや軽食を提供しているところもあります」
リリーが軽食はサンドイッチが多いですよ、と付け足して「手で持って食べるんです」とシャルロッテに囁く。お嬢様が知らないと思って教えてくれたのだろう。
「まあ!」
シャルロッテは驚いた顔を作っておいた。するとローズも悔しかったのか、すぐに情報を追加する。
「男性客はタバコが吸える喫茶室に行くので、カッフェは女性客がほとんどなのですわ。ですから、お店も可愛くて素敵なのです」
「行くとずぅっとおしゃべりして、ついつい長居しちゃうんですよね」
うんうんと頷き合うメイドを見て、前世の女の子と変わらないのね、とシャルロッテは微笑ましくなった。
「そういえば、髪飾りはどこで買ったの?」
「服飾店と雑貨屋ですわ」
「たまにカッフェに置いているところもありますね」
「いいなぁ」
ぽろっと私がこぼした言葉に、二人は顔を見合わせた。
その日、街で行ってみたいところや、してみたいこと、とくに欲しいものなどを、シャルロッテはリリーとローズに問われるままぼんやりと語った。なにしろ田舎育ち修道院経由の現在なので『この世界の街』というものに縁がなかった。市場も見たことがなければ、カッフェなんてオシャレな店があることすら知らなかった。服を選んで買った記憶はない。ウインドウショッピング?なにそれ?といった状態である。
ここに来る直前にシラーが何軒か店に寄って生活用品を買いまわってくれたが、その時も個室に通されて物が出てくるスタイルだった。しかも緊張していて、ほぼ自分で選んでいない。お店の人に言われるがままに購入した。
詳しくは言えなかったがそれらをぼかし伝えると、聞く途中から二人はなぜか涙ぐみはじめ、やがてなにかを決意した表情になった。
「私たち、お嬢様のお望みはできる限り叶えたいと思っております」
「ええ。殿方には分かりづらいかもしれませんけれど、子女の楽しみを奪うことは誰にもできませんわ」
メイド二人はグッと手を握り合い、顔を合わせて頷いた。
「お嬢様だって、カッフェでケーキを食べる権利があります」
「お嬢様だって、オシャレを楽しむ権利がありますわ」
「え、いや、そんな。みんなに迷惑かけられないし。いいのよ、いいの」
もちろんケーキは食べたいし、街には大いに興味がある。だが先日のこともあり、シャルロッテはこれ以上波風立てるような行動をしたくなかった。はじめから期待しないのが一番だ。色々と望まなければいい。
寂しそうにうつむくシャルロッテの白金のつむじに、メイド二人は胸を痛めた。
そんなシャルロッテの考えは、すぐに砕かれることになる。
どこからか話を聞きつけたクリストフが、領地の視察とする名目での外出許可をグウェインに求めてくれたのだ。グウェインが「護衛の関係もありますし、すぐには厳しいですね」と渋い顔をすると、なんとお義父様に手紙を書いて訴えてくれたらしい。
「お坊ちゃまが、旦那様に手紙を書くなんて…!これも、お嬢様のおかげです…!」
感極まったクリストフ付きのメイドが部屋に来て半泣きでお礼を言うので、事態が発覚。してもらっているのはシャルロッテなのに、良いことをしたような気分になった。
授業の関係もあってすぐに実現とはもちろんいかなかった。それでもできるだけ早く、短い時間ではあるが街を散策できるように日程調整中とのこと。
さすがに「カッフェやウインドウショッピングはまたの機会ですからね。見るだけ、視察ですよ」と言われてしまったが。
シャルロッテは楽しみでたまらず、リリーとローズにお礼をたくさん言った。もちろん、クリストフにも。
「別に、お姉さまだけの外出じゃありませんよ。僕も街を視察したいと思っていたところだったので、グウェインに言ってみただけです」
ちょっとムッとしながら言い返されたので、お義父様に手紙まで書いたことを知っているのは、黙っていてあげることにした。クリストフもお年頃だなと、シャルロッテはニマニマしながら「そう?それでもとっても楽しみだわ。ありがとうクリストフ」と、久しぶりに年上の余裕を取り戻すことができた。
「シャルお姉さま、次の算術の時間は衣裳部屋に行ってください」
「どうして?いつもの場所は使えないの?」
「いいえ。今日の残りの授業は、僕だけ出ます」
「私は?」
「お姉さまは、淑女教育です。ドレスをオーダーしてきてください」
目をぱちくりさせてシャルロッテが困惑していると、クリストフが手を挙げた。クリストフ付きのメイドが「お送りいたします」と前に出てくる。案内をしてくれるらしい。
「僕も付いて行きたいのですが、採寸もあるのでダメだと止められました。お姉さまのお好きなドレスを作ってくださいね。あと、普段使いできるものを10着程度はオーダーしてください」
「ちょ、ちょっと待って。そんなにいらないわ!」
既成品とはいえ高級なワンピースを、着るに困らない程度には買ってもらっている。シャルロッテはオーダー品がいくらかは分からないが、おそらく今持っているものより高価だろう。わざわざ贅沢をしなくていいと拒否をする。
クリストフはやれやれ、といったように頭を振った。
「公爵家に呼びつけておいて、少額しか注文しないのも良くありませんから。家の格を保つためと思ってください。あと、フォーマルなものは最低2着で」
「フォーマルなんて、使う時がないじゃない!」
「オーダー品はすぐには完成しませんから、先に作っておくんですよ。今僕の着ているものも、今日来ている店のオーダーメイドです。着心地の良い服ですから、お姉さまにも着てほしくて呼びました」
だめでしたか?と小首をかしげるクリストフの、黒髪がサラリと揺れる。可愛い義弟の好意を無下にするようなことを、これ以上シャルロッテは言えなかった。
「……ありがとう」
「いいえ。お姉さまがここに来てくださってしばらく経ちました。遅いくらいです」
状況は呑み込めたが、贅沢だと感じて素直にお礼が言えないシャルロッテは拗ねたように返事をした。
「服はちゃんとあったもの」
それに肩をすくめてみせたクリストフ。
「そうではなくて…女性が買い物を楽しむ生き物だと僕は知りませんでした。今日はもう授業はいいですから、ゆっくり楽しんできてください」
「!」
ウインドウショッピングは実現しなかったが、クリストフはそれを気にかけていてくれたらしい。義弟の気遣いに心を打たれて、心臓がぎゅうっと締まった気がする。望んではいけないと思っていたけれど、本当はシャルロッテも買い物をしたかったのだ。今度は気持ちが昂るまま素直に、シャルロッテの口からお礼の言葉が滑り出る。
「クリストフ、ありがとう!」
心からの笑顔で言えば、少し顔を赤くしたクリストフは「早く行ってください」とシャルロッテを部屋から追い出した。