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メイドの変化




怯えるようなメイドの視線にシャルロッテが気付いたのは偶然だった。

ランドリーメイドとおぼしき、洗濯物を抱えた少女達が廊下の隅で頭を下げていた。一人の少女が細かく震えていることに気が付いて顔を見れば、はっきりと浮かぶ“恐怖”の色。しかし、敬意も同時に見て取れる。


(前までは私に怯えるようなことなかったのに。まあ、敬われる感じもなかったけど)


シャルロッテが通り過ぎてチラッと後ろを見ると、まだ頭を下げ続ける少女達。

「お姉さま、先に行かないでください」

「あらごめんなさい」

追いかけてくるクリストフがやってくると、まるで嵐が過ぎ去るのを待つように、ぎゅっと目をつぶっている。


(今まではこんな感じではなかったわよね。クリスにもこの反応だし…グウェインが何かしたのかしら)


疑問を覚えつつシャルロッテは次の授業へと向かった。



その日、シャルロッテはもう一つ気が付いたことがある。

上級メイドたちがやけに愛想が良い。

部屋付きのメイドたちは元々私に甘かったが、そのほかのメイドは“無”だったのだ。それが、やたらと声をかけてくる。

「お嬢様、今日のお召し物も素敵ですわ」「本日の庭は、奥の薔薇が見ごろでございます。お時間がありましたらぜひ」「今日の朝食はお嬢様のお好きなフルーツをご用意しました」などと声をかけてくる。主にクリストフの居ないところで。

部屋付きのメイドは一番初めにメイド長が連れてきた二人だけなのだが、入浴後の世話や朝の準備など、他の上級メイドも手伝うようにもなった。関わるようになったせいもあるのだろうけれど、以前とは何か違う気がする。


(なんかやたらと、好意的なのよね。なんなのかしら…)



「ちょっとグウェイン、いいかしら」


「もちろんでございます…お坊ちゃまは、剣術の時間でございますね」

唯一の空き時間ともいえるクリストフの剣術の時間を利用して、お義父様の執務室のあたりをうろうろしていると、狙い通りグウェインが出てきてくれた。

「そんなに時間は取らせないわ、ちょっと聞きたいことがあって」

メイドのことならメイド長であるマリーかとも思ったが、この間の会話からグウェインが()()()()をしていると悟ったシャルロッテは、第一容疑者として彼、もしくはシラーの指示ではないかと当たりをつけていた。


「わたくしめにですか?今でしたら、旦那様も多少でしたらお時間を取れますよ」

これは、シャルロッテにとって朗報だった。シラーに伝えたいことがあったのだ。

「お義父様がよければ、すこしお時間いただきたいわ」

「お伝えして参ります」グウェインがドアの向こうへ消えてそわそわとした心持ちでいると、すぐに声がかかった。

「お入りください」


「失礼します、突然お時間取っていただいて、ありがとうございます」

執務室の重厚な机の奥に座す主は、濡れたような深い黒髪を撫でつけながらシャルロッテを見下した。

「かまわん。そのまま用件を聞こう」

相変わらずの圧を感じつつ、シャルロッテは机に近づいて言う。

「最近メイドたちの様子が変なんですけど、お義父様(とうさま)が、その…何かご指導をされたのかと」

「していない。グウェイン」尋ねるようにシラーから名前を呼ばれた家令も「わたくしめもしておりません」と答えた。

「何か問題があるのか」

「下級メイドは怯えているようで、上級メイドは愛想がやたらと良いのです…問題はないのですが、変化が気になって。クリスに対しても怯えているようですし」


()()何もしていないし、()()()()()()()何もさせていない」

「わかりました。でしたら先日の件で、謝罪とお礼を」

「?」分からないといった様子で不機嫌そうに目を細めたシラーに、シャルロッテは深く礼をとった。

「私の甘い考えでご迷惑をおかけしたこと、謝罪致します。そして、見守って下さったことに感謝を」頭を下げるシャルロッテに「よい」とシラーが声をかける。

シラーはしばらく考え込んでから、こう言った。


「泣いたと聞いた。すまなかった」


(公爵様が、あ、あやまっている…?)


「とと、と、とんでも!とんでもないです!」

驚愕のあまりに言葉を詰まらせるシャルロッテ。

グウェインとシラー、シャルロッテ。今は三人しかいないし、執務室という秘密が漏れない場所でもある。そんな場所ではあるが、しかし。

公爵家当主であり、()()シラーが謝罪を口にしたことに、シャルロッテは慌てを隠さず「私が悪いのです!」と身を縮み上がらせて恐縮した。公爵家の当主が謝罪するなど、滅多にあることではない。貴族生活がほぼないシャルロッテですら分かる。


「クリストフは何を言われても泣かない子でな。私と考え方も似ているから、子どもの基準をあの子で考えていた部分がある」


混乱する頭でシャルロッテは思った。


(この人、クリストフに何を言ったのかしら。ああ、いや、今はそうじゃなくて。かなりズレているけどこれって気を遣ってくれているのよ、ね?)


シラーが、根が悪い人ではないと感じたシャルロッテ。クリストフとの親子関係の改善のためにも、この人には気に入られなければならないと前を見据えた。

シラーの紫の瞳を見つめて、誠意が伝わるようにはっきりと伝える。


「今後も育てていただけるのであれば、厳しくしつけてくださいませ。義姉として、クリスの足をひっぱる存在にはなりたくないのです」


満足げにシラーは頷いた。

「そう言ってもらえると、こちらとしてもやりやすい。ああ、あと」

言葉を途切れさせ、シラーは不自然に間を置いた。

「この間の刑罰を見て、貴族の恐ろしさでも感じたのだろう。下級メイドが貴族へと畏敬の念を抱くのはいつものことだ。その…気にするな。極端に怯えられて気になる場合は、クリストフの部屋付きのメイドに言えばいい」

「ああ、ベテランの方ですね」

「そうだ。()()が早いと思うぞ」

「ありがとうございます!ちょっと様子を見ておきます」お礼を言いながらもう一度カーテシーをして「お忙しいのにすみませんでした。ではこれで失礼します」とシャルロッテ。

少し表情を和らげたシラーは軽く首を縦に振った。

「かまわん。君はもう公爵家の一員だ」



ドアから出ていくシャルロッテを見送ったグウェインは「対処は一番早いでしょうな、慣れていますから」と言った。

「怯えて仕事に支障が出ても困りものだしな」

「主人を不愉快にさせることもまた、使用人として不適格ですからね。坊ちゃまの部屋付きのメイドは、坊ちゃまと周囲の緩衝材の役割も担っておりました。そこら辺も手慣れたものでございます。指導をさせておきましょう」

シラーは軽く頷いて同意を示した。


「シャルロッテが来て、クリスの周囲も大きく変わりそうだ」

「お嬢様は本当に、お坊ちゃまに対するメイドの態度に気が付いてらっしゃらなかったのでしょうか。以前から年若いメイドなどは怯えておりましたが」

「シャルロッテの前では猫でも被っているのだろう」

「でっかいやつでございますね。そんなところも旦那様によく似てらっしゃる」

少しばかり空気の柔らかくなった執務室で、シラーは机上の写真立てのフレームにそっと指で触れ「さあ、仕事だ」とつぶやいた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 前作?とシラーが随分様子が違うと思いましたが、こちらが素なんですね。ネコを被っていたわけですか。そういえば前作の最後もなかなか辛辣でしたもんね。
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