*小話(秘密の会談)
シャルロッテを送った後、クリストフは先ほどの部屋に戻ってきた。
グウェインは「お待ちしておりました」と恭しくソファへ案内をする。
間を置かずに、クリストフは鋭く切り出した。
「グウェイン。お前は、どう考えて動いた」
シャルロッテが居る時にもした問いかけだった。
「公爵邸の中ならばどうとでもなりますので、お嬢様に貴族としての自覚を芽生えさせるように致しておりました。神の家のことは忘れていただきませんと」
先ほどとはまったく違う答えを言いながらにっこりと笑うグウェインの顔に、クリストフは冷たい目を向ける。
「社交に出す前に、か」
「外であれをやられると、厄介なことになります」
グウェインの顔から笑みが消えた。
公爵家の邸内などは治外法権的なところがあって、公爵の意思である程度どうとでもなる。しかし、他の貴族が関わるとそうはいかない。
「公爵家の『黒』も目立ちますけれども、お嬢様も大層注目されることでしょうから」
頷くに留めて同意を示すクリストフは「それで」と話を切り替える。
「赤髪のメイド見習いは」
「既に死亡しております」
そうか、とクリストフはもう一度頷く。
思い込みの激しい少女だったようだ。あることないことペラペラと言いふらされる危険因子を放っておいてよいものかと気になったが、死んでいるのなら問題ない。
屋敷をクビになって故郷に戻る際に、運悪く野盗に襲われ帰らぬ人となったらしい。
「その他のメイド見習いはどうする」
「旦那様には早々に全員の処罰について確認をしております。前回の特例は、お嬢様が公爵家の一員と周知前であることを理由に罪に問いませんでしたが…」
「もう一ヶ月が経つな」
「ええ。前回の特例の範囲外でございます。そうなれば、お嬢様が何をおっしゃっても、規則や慣例に沿った対応をする予定でした。ただ、公爵様が『しばし待て』と」
「お父様が?」
グウェインは、少し考えてから口を開いた。
「お嬢様のお心が、きちんと納得するようにしたかったのではと愚考します。『心の底から納得しないと、どうせまた同じことをする』とおっしゃっておりました。高位貴族として生きていく上で、今のままでは使用人との距離感や平民への扱いは必ず問題になります」
「そうだろうか」
そこまでしなくても、と言いたげなクリストフの視線に、グウェインは言葉を重ねた。
「お嬢様は、私やマリーに敬語を使いました」
「ああ」
「使用人はあくまで使用人。また、貴族と平民は別の階級で生きています。それを、ご自身で理解なさらないと、後々ご苦労なさるのはお嬢様です」
シャルロッテの境遇を思えば、それも仕方ないだろうとグウェインは分かっていた。育った環境が特殊すぎる。言葉では階級を口にしていても、分かっていないのだ。
「そういうものか」
「旦那様は先を見通していらっしゃるのです。私は旦那様の慧眼には頭が下がる思いで…」
グウェインのシラー崇拝は昔からだった。放っておくと昔話までひっぱりだしてきて語りだすので、クリストフはあからさまに嫌そうな顔をして遮った。
「もういい。お前は幸せそうだな、グウェイン」
嫌味などものともせず、胸に手を当てうっとりと答える。
「ええ。シラー様にお仕えすることが、昔からの夢でしたから。いつも旦那様にお仕えできる幸せを改めて噛み締めております」
「そうか」
そっけないクリストフの返事にグウェインは手を下ろし「ですが」と言葉を繋ぐ。
「奥様と坊ちゃまのこと以外で、旦那様がこんなに気に掛けることは未だかつてございませんでした」
「僕にも大して興味ないと思うが。まあ、娘にしたのだから、ある程度気にかけてもらわないと困る」
「ええ。ええ、そうでございますね。『大切に扱われることを当然としなくてはならない。不当な扱いには、自分で声を上げなければならない』とおっしゃっていました」
「次からは僕が気付くから、問題にはさせない」
「おや」
「きょうだいとは『いつも一緒にいるもの』らしいからな」
「そうだ、メイド見習い達の罰は…」
クリストフは、グウェインにあることを伝えた。二人はしばらく相談をして、グウェインは旦那様に確認いたしますと答えた。
最後に「お嬢様には?」とクリストフに尋ねる。
「言うな。お姉さまは知らなくていい」
いつもの無表情に、紅い瞳を少し伏せてクリストフは命じた。
こうして、二人の秘密の会談は終わった。
「…ということで。報告は以上でございます、旦那様」
「ご苦労」
「出過ぎた真似をして、申し訳ございませんでした」
「良い。一度雑に扱った人間は、そうしていいものだと思われる。この屋敷の中なら、私の一存でどうとでもなるが…ずっと屋敷に囲っておくわけにもいくまい。あの子の考え方を変えなくてはな」
「かしこまりました」
シラーはため息をついて、こめかみを揉んだ。
「平民が成り上がって貴族になろうと、金メッキと馬鹿にする人間が一定数いるのと同じだ。養子のあの子が悪いわけじゃない。ただ、あの考え方は厄介だ。ただでさえ脆い足場をつつかせる要因を作ってはならない」
ぱらりと落ちてくる黒髪を手で払って「それを理解させるように罰を使え」と付け足した。
「何も言わない人間は搾取しても良いと勘違いするクズが存在するからな」
「懐かしゅうございますね」
グウェインは目を細めて「そのように致します。それと…坊ちゃまの方は」と言葉を続ける。
「クリストフの好きにさせろ」
サポートするよう指示をするシラーに「旦那様は、お坊ちゃまに甘くていらっしゃる」と嬉しそうにグウェインは笑った。
「貴族が何か忘れている使用人への、見せしめにもなるだろう。間違ったことだとも思わないからな」
「お坊ちゃまはシャルロッテ様に大変強い興味を示しておいでです」
「今のところ、良い変化だと受け止めておこう」
シラーは机上の写真立てを指でそっとなぞり、立ち上がる。
「さて。私はもう寝る。見回りはすぐ行くか?」
「はい。このまま戸締りの確認をしに参ります」
じゃらりとした鍵束を持ってグウェインが示せば、軽く頷くシラー。屋敷の見回りとチェックは、家令頭であるグウェインの日々の日課だ。そのまま二人は部屋を出て、ゆっくりと廊下を歩く。そして、執務室に割合近い扉の前で、足が止まった。
いつもグウェインが屋敷を回る頃、子どもであるクリストフやシャルロッテはぐっすりと眠っている。だから二人とも、何も知らない。
「……ぐっすりねむってらっしゃいますね」
「……ああ」
報告を聞くだけでなく、シラーが毎日、クリストフの寝顔を確認していることを。
触れることはなく、ただ少し目を細めるだけ。シラーは数分そのまま眺めていたが、音もなく踵を返した。グウェインもそれに続く。
「良い夢を」
小さくささやかれた祈りは、クリストフの寝顔を少しだけ穏やかにした。




