コミカライズ世界線IF モブ視点
コミカライズ版の設定をお借りしてのIF話
シャルロッテが学園へ途中入学→クリストフがそのクラスに無理をゴリ押しして編入しています
モブ視点
我がクラスには、有名人がお二人がいらっしゃる。
レンゲフェルト公爵の麗しき姉弟だ。
透き通る美貌の姉君のシャルロッテ様と、凍てつくような威厳ある弟君のクリストフ様。シャルロッテ様と同じクラスだとわかった瞬間、きっとクラスメイト全員が神に感謝したと思う。少なくとも僕はした。教会に行って寄付金を納めたほどだ。
彼女が歩けば全員が視線を向け、彼女が話す瞬間はクラス中が静まり、彼女が笑えば一日その話題で持ち切りになった。
そして、何か事情があったのだろう。
クリストフ様までもが、途中で我がクラスに編入してきたのだ。
途中でクラスが変わるなんて話は聞いたことがなかったけれど、まあレンゲフェルト公爵家だしな……と、皆文句を言うこともなく受け入れた。
学園内では身分平等とされているとはいえ、お二人はやはり特別なのだ。
国内最高の爵位を持つ公爵家であり、文武両道眉目秀麗。正直、一般生徒は話しかけることもはばかられるレベルだ。
クリストフ様の放つ氷のような威圧感を前にして、『仲良くしてね!』などと言うのは、よほどの命知らずか馬鹿である。
だからクラスメイトは皆距離をとって、なんというか、そう、まるで名画を鑑賞するような態度だった。
とまあ、ここまでは前置きで。
人は慣れる生き物である。
これは妙に慣れてしまった僕のお話。
*
「あら、また隣の席はクリスなのね」
白金の髪をさらりと肩からすべらせながら、シャルロッテ様が「不思議ねぇ」と小首をかしげられた。この方が動くたびに『本当に生きてらっしゃるんだな』と不思議な気持ちになるのは僕だけではないだろう。あまりにも美しすぎる。
気を抜くといつまでもポーっと眺めてしまうので、僕は自分の太ももをつねって視線を逸らした。そして今一度、汗ばむ右手のひらの中の紙を確認する。
(間違いない、書いてある。そう、当ってる)
ぐちゃぐちゃになった席替えの紙には、シャルロッテ様の斜め前の座席番号が記されていた。
(紙は実在するぞ、大丈夫。大丈夫だ!!)
それに勇気を貰い、机の中の荷物を詰めたカバンをしっかりと左手で握りしめ、僕はそっと、音を立てないように指定の座席に体を滑り込ませた。
そしてこっそりと体を傾けて、窓ガラスに映るお二人を視界に収める。
「シャル、それはつまり」
背後から、クリストフ様のしっとりと落ち着いた声が脳に響いた。
その声はいつになく優し気だ。
他の者に対する平坦かつ冷淡なものではなく、やわらかく、そう──甘く感じるほど。
「この座席がご不満ですか?」
「まさか! クリスと一緒で嬉しいわよ」
そう言ってふわりと笑う笑顔に、周囲の空気が浄化された気がした。いや、たぶん本当に浄化された。僕を含め、周りの座席の人間は全員がその笑顔にくぎ付けになっていた。そこに男女差はなく、皆一様にポーっとしている。
「それに、一番後ろの席って何かと便利よね」
ちなみに席替えはわりと頻繁に行われるが、シャルロッテ様とクリストフ様は常に隣同士、そして一番後ろの列で固定されている。
これは当然のように八百長……いや、必要な配慮なのだが、シャルロッテ様はまだそれに気づいてらっしゃらないようだった。
「それならよかったです」
「あ、でも。クリスは? ごめんなさい、屋敷でも学園でも、私とばっかり一緒になったちゃったわね」
「それに、何か問題が?」
「えーっと、なんていうか……飽きちゃったり、しないかなって?」
困った子どもに言い聞かせるような甘い声で「シャル」と呼ぶ、クリストフ様の目は少し怖い。
真っ黒な髪の毛によく映える、大きな真紅の瞳はガラス玉のように輝いているのに、濁ったようにも見えるから不思議だ。二度、三度とけぶるようなまつ毛が上下して、シャルロッテ様にずいっと近づいた。
「学園なんて、いつ辞めてもいいんですよ? 屋敷に教師を呼ぶようにしましょうか」
「く、クリス? えっと、なんでそうなるの……?」
「飽きる、などというあり得ない事象をシャルが心配するからですよ。僕は最初から、シャルの入学には反対でしたよね? 二人で屋敷で学ぶ方が効率がいい。今からでも遅くありません。ずっと二人きりでも僕が飽きないということも証明できますし」
ごくごく軽い口調、そして笑顔で「さ、辞めましょうか?」と迫るクリストフ様に対して、シャルロッテ様は高速で首を横に振っている。
「ごめんなさいぃ」
「遠慮しなくていいんですよ?」
「く、クリスのこと信じてる!! だから辞めなくても大丈夫、変なこと言ってごめんなさいぃ」
シャルロッテ様の瞳がウルウルと涙の膜を張りだしたところで、クリストフ様が「残念です」と言いつつサッとハンカチを差し出して、その麗しいお顔を覆い隠してしまわれた。
(ああ……っ! もっと見ていたかった……!!)
クリストフ様の前、シャルロッテ様の斜め前という座席を引き当てたことで、僕は今年の運気を使い果たしてしまったかもしれない。でも今後の席替えがずっと一番前の席だとしても悔いはない。こんなシャルロッテさまのお顔が見られるなんて!!
僕は幸運で死んでしまうかもしれない、とすら本気で思っていた。
窓ガラス越しの幸せを噛み締めつつ、教師の号令があったのでしかたなく視線を前に向ける。
「さて! みなさん、移動できましたね。隣の人に挨拶をしてください」
指示に従い、両隣の人間と挨拶を交わす。
ちなみに僕の左横、シャルロッテ様の前の席は女子生徒だ。これも配慮である。小柄なシャルロッテ様の視界を遮ることがないようにというのが表向きの理由付けだが、本当はクリストフ様への教師からの忖度だ。シャルロッテ様に合法的に(プリントを回すなどで)話しかける権利のある前の座席が、男子生徒であっていいはずがない。
そうそう。これらの配慮に異を唱える人間は、クラス内に誰もいないことも、一応付け加えておこう。
*
(直視したら目が潰れるかもしれない。窓ガラス越しでよかった)
席替えから数日。
そんな馬鹿げたことを半ば本気で考えながら、僕は授業そっちのけで真後ろのお二人の様子を観察していた。
クリストフ様の視線は、不自然にならないようにしつつも、常にシャルロッテ様に向けられている。シャルロッテ様はきちんと前を向いて授業を受けていて、たぶん視線には気が付いていない。
しかしたまに気がゆるんだ瞬間、クリストフ様にチラリと目を向けることがある。
そうしてお二人は目が合うと、小さく笑い合うのだ。
(あまりにも尊い!!!!)
僕はそれを見るたびに胸がギチギチと締め付けられ、喉から変な声が出そうになるのを堪えるのに毎日必死だ。本当にこの席で良かった。
ちなみに昨日はプリントを落としたシャルロッテ様の代わりに、クリストフ様が即座に席を立ってそれを拾っていた。「あら、ありがとう」と言われたクリストフ様は、心底嬉しそうだった。次期公爵様がまるで従順な子犬のように見えたので、僕の目はおかしくなってしまったのかもしれない。
「では、今日はここまで!」
教師がパタンと教本を閉じて授業の終わりを宣言した。教壇から降り、お辞儀をしながら退出。
ドアが閉まったその瞬間から、教室内は一気にざわめきに満ちる。
僕は荷物を整理する様子を装って横を向き、窓越しではなく、直接お二人を視界の端に収めた。……そう、僕は欲をかいたのだ。
(ちょっとだけ。ちょっとくらいなら、いいだろう。きっとバレやしない)
そんな言い訳を内心でしながら、不自然にならないようにお二人を見る。
「んーっ、今日も終わったわね!」
「シャルは最後の授業、ちょっと眠そうでしたね」
しなやかな動作で手を組んで前に突きだすと、背を伸ばすシャルロッテ様。それを穏やかな顔で見ていたクリストフ様は、からかうような声色で応えた。
「さすがクリスね」と肯定するシャルロッテ様が、照れた笑みを浮かべつつ荷物をカバンに詰めている。先んじて荷をまとめたクリストフ様は立ち上がり、その作業が終わるや否や、シャルロッテ様の荷物をひょいと取り上げた。
「あっ! クリス、いいのよ! 馬車まですぐだし、荷物くらい自分で持てるわ」
「僕も二人分の荷物くらい、馬車まで持てるんですよ」
「あら! ふふふ、じゃあお任せしちゃおうかしら」
甘えた様子で「ありがとう」とクリストフ様を見上げるその滑らかな顎のライン、反った喉が細く美しくて、僕は釘付けになった。窓越しではわからなかったが、彼女の肌があまりにも透けるように白く、柔らかな質感で……僕は思わず、生唾を飲んでいた。
(あ、れ……?)
気がついたら、僕の両腕は粟立っていた。
ボツボツに鳥肌がたった皮膚は、生存本能の鳴らす警鐘だ。蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってようやく、僕は自身の置かれている状況に気がついた。
(クリストフ、様。……こっちを見てる……!)
いつから見られていたのだろうか。
その凍てつくような視線は僕の目玉に突き刺さり、まるで首を絞められたように呼吸が狭まり、息ができなくなってしまう。
「クリス、今日は生徒会はよかったの?」
「……ええ。一緒に帰れますよ」
シャルロッテ様のお声がけで、ふい、と視線がそらされた。そして、お二人の背中が教室の外へと消えてゆく。
それでもしばらく硬直した体は動かなかったけれど、限界を迎えた肺が ヒュゥゥゥ! と勝手に息を吸い込んで酸素を確保した。そうしてやっと溶けた硬直から、冷や汗をかく首筋をハンカチで拭いて、僕は呼吸をゆっくりと整える。
「……ひっ、ふぅ……ひっ、ひっ、ふぅ……!」
「なんだよ産むのか?」
「ちが、シャルロッテ様、みてて、クリストフ様に、睨まれ、たっ」
そんなところへ、男子生徒が小走りで近寄ってきて声をかけてくる。同じ乗馬クラブ活動に所属する仲間だ。彼は呆れたような、少し同情したような顔をして僕の肩を叩いた。
「バッカだなぁ、シャルロッテ様をジロジロ見たら失礼だろ?」
「……ふぅ。ああ、バカだった。窓越しにしておくべきだった」
「オイオイ、もうやめておけよ。それもたぶんバレてるぞ」
親身になって忠告してくれる彼に「ああ」と気の抜けた返事をしたけれど、僕はきっと明日もお二人を見つめてしまうだろう。
「……いやでも、睨まれるのも、悪くなかったなぁ」
「は⁈」
「いや、だから。クリストフ様の怒った顔も結構イイなっていう……?」
「ちょ、お前、しょ、正気か⁈」
変態を見てしまったかのように、クラブ仲間は僕を見て、すぐ視線をそらした。
そして頭を抱え、周りに聞こえないように小声で叫ぶ。
「──っ、お前、ほどほどにしろよ~⁈ うちのクラブが潰されたらどうするんだよっ⁈」
「アンネリア様がいるから大丈夫だろ」
「あぁ~……」
学園内で唯一、レンゲフェルト姉弟と友人関係と呼べるだろう英傑、かつ我がクラブ長である彼女の名前を出せば、友人は「まあ最悪なんとかなるか」と納得してくれた。が、ゴンゴンと僕の肩を叩き続けるのは無言の抗議なのだろう。もしくは心配か。
その痛みを受け入れつつ、僕はきっと明日も明後日も、次の席替えまでこの座席を堪能するのだろうなと思う。
「なんかゴメン」
「反省しろよ⁈」
お二人が尊いのが悪いのだ。
こうして反省しない僕は、この後の乗馬クラブで仲間に告げ口され、アンネリア様にこってり絞られることになるのだった。
それはそれでまた、良し。
コミカライズ完結&二巻発売です。
詳細は活動報告をご覧ください。




