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手に入れたものは何だ

クリストフが学園に入学するちょっと前のお話。









「お嬢様じゃないですか~! どうされましたぁ?」



 いつものように間延びした話し方で駆け寄ってきたのは、護衛のハイジだ。

 訓練場へと突然やってきたシャルロッテへ、すばやく膝を折って視線を合わせてくれる。が、当のシャルロッテの視線は、彼の手、正確にはその手を覆った防具を見つめており、「突然ごめんなさいね」と、形ばかりの謝罪をつぶやいた。



「お嬢様ならいつでも大歓迎ですけどぉ。……コレ、気になるんですか~?」



 ひょい、と手を持ち上げるハイジが示すのは、手に装着された防具だ。


「その、それ。手の、なんて言うのかしら」

甲手(こて)ですねぇ」


 その全体を見せるかのように、ハイジは腕をくるりと回転させた。

 革製の防具は使い込まれており、ところどころに傷はあるものの、なめらかに光を反射している。シャルロッテはコクコクと頷くと「それから」と言って、ハイジの胸元を指さす。


「ああ、胸当てですかぁ」

「胸当てと言うのね! ……あのね、その二つが、学園の剣術の授業でも必要だって聞いたの」

「そうっすねぇ。うちでの訓練の時も使ってますし、坊ちゃんもちゃんと持ってますよ~」


 頷くハイジに、シャルロッテはしょげたような顔をして、眉尻を下げた。


「やっぱり持ってるわよね。……でも、もうすぐクリスは学園に行くでしょう? 新調してもいいんじゃないかしらと思って。それで、クリスにサプライズでプレゼントしたらどうかしらって……」

「なぁるほどぉ」

「でもでも、やっぱり使い込まれたもののほうが箔がついたりする? 新品だと周りに何か言われたりするのかしら?」


 眉を困らせたまま、たたみかけるように問うシャルロッテ。

 ハイジはその勢いに押されて「坊ちゃんに()()言う勇気がある学生はぁ、いないと思いますけどぉ」と、視線を泳がせて愛想笑いを浮かべた。

 


「クリスがいじわるなことを言われたなんて聞いたら、私……!」



 しょげた顔から、悲しげな顔でうつむいてしまったシャルロッテに、ハイジは慌てて「大丈夫なんで安心してくださぁい!」と声を張った。こんな場面をクリストフに見られでもしたら、それこそ大事件になってしまう。


「それと、新品使ってても大丈夫と思いまぁす! ほんと、ほんとにご安心を~!」


 本当は『使い込まれた道具の方がなんとなく恰好イイでしょ』と、ハイジは思っている。

 しかし公爵家の嫡男であるクリストフに、そんな格好つけなど不要。

 

 クリストフが使っているという事実だけで、たとえ新品でもオンボロでも、それがその場での最上級の品となるのだから。



「そう? よかったわ。剣術の先生であるハイジなら、クリスの装備品のサイズも知っているかなと思って、それも併せて確認しに来たの」


 

 教えてくれる? と明るい顔で小首をかしげたシャルロッテに、ハイジはホッと胸をなでおろした。


 世にあふれた既製品ではなく、クリストフは当然特注品を使用している。体の成長に合わせて何度か作り替えた防具の保管は、授業を担当するハイジが行っていた。

 持ってくればサイズはすぐにわかるのだが、ハイジは『それでは面白くない』と、ちょっとした悪戯心で()()()()()を思いついた。


「まあ分かるっちゃ分かるんですけどぉ、坊ちゃんって最近、体大きくなってきたじゃないですかぁ~?」

「え? ああ、まあ、たしかに。最近クリスは背が伸びた気がするわ」

「でしょぉ? そうなると、サイズが変わってるかもしれませんねぇ。あーでも、サプライスでプレゼントしたいんですもんねぇ、困ったなぁ」


 わざとらしくうーん、うーんと唸ったハイジは、シャルロッテに何かを言う間を与えないよう、すぐに「そうだ!」と手をたたいて、何かを思いつきました! とアピールした。


「な、なあに?」

「お嬢様がぁ、さりげなーくサイズ確認してくださいよぉ」

「私が⁈」

「だって俺がいきなり手首掴んだりしたらぁ、不敬じゃないですかぁ」

「ハイジはいつもちょっと不敬じゃない……」


 半眼のシャルロッテを無視したハイジは、手のひらで己の手首をつかんで、サイズを確認するような仕草をしてみせた。


「このくらーいって、坊ちゃん掴んで覚えてもらって! 甲手なら手首と腕の一番太い部分が分かれば大丈夫ですぅ。実物渡しておきますのでぇ、ちょっと大きめに作るか、このサイズのままでいいかっていうのをですね~、確認してきてくださぁい」

「分かったわ」


 承諾したシャルロッテを見て、ハイジはにやりと笑う。


「じゃあすぐにお部屋までお持ちしますのでぇ。明日の午後にまた授業があるのでぇ、それまでに俺まで戻してくださいね~」

「あ、明日⁈ ……それじゃあ、午後のお茶の時間にでも測ってみようかしら」

「お! 早速ですね〜。俺もこっそり後ろで見守っておきましょうかぁ?」

「ほんと? ありがとう!」


 無邪気に「心強いわ」と喜ぶシャルロッテを、さりげなく訓練場の出口方向へと誘導するハイジ。出入口で見守っていた専属メイドのローズにシャルロッテを引き渡しながら、最後にニマッと笑ってこんなことを言った。


「あ、胸囲もちゃぁんと測ってくださいネ!」

「? 分かったわ」


 頷いたシャルロッテは、いつもハグくらいしているし、と特段気に留めなかった。

 しかし何かを察知したローズは、じろりとハイジを睨みつける。


 少し離れた位置で待機をしていたローズは会話を所々しか聞き取れなかったのだが、ハイジの最後の言葉だけで、おおよその内容、つまりハイジの悪戯心を悟ったらしい。



 


 その上で、ご機嫌に「午後のお茶の時間にね、クリスのサイズをこっそり測るのよ!」と張り切る可愛らしい主を見て、一旦、ぐっと文句を飲み込むのだった。









 午後のお茶の時間、予告通りやってきたハイジがさりげなく壁際に増えたのを見たクリストフがしたのはまず、彼にお菓子を握らせることだった。

 無言でその手に腹に溜まりそうなマフィンやマドレーヌを渡すと、出口を指さして『ほら出ていけ』といわんばかりの仕草をする。


「ちょっとクリス様ぁ、俺のことなんだと思ってるんですか~」

「……護衛の時間帯でもないのに来るから。甘いものが食べたいのかと」

「今日は護衛の交代で来たんですぅ!」


 一応納得したクリストフが席に腰を下ろし、シャルロッテは『計画がバレなくてよかった』と、ホッと胸をなでおろしていた。


「きょ、今日のお茶もいい香りよ~。クリスもどうかしら」

「いただきます」


 隣に座ったクリストフの手首をさりげなく狙いつつ、いつも通りを装うシャルロッテ。

 しかし手首をつかむということは、自然にできることではない。


「えっと。クリス、手首に何かついてない?」

「? ついていませんが」

「き、気のせいだったわ!」


 そんな会話を挟みつつ、じわじわと時間が過ぎて、お茶の休憩が半分ほど経ってしまった頃。




 




 ついに、焦れたシャルロッテが行動に出た。







「ねえクリス。ちょっと抱きしめてもいいかしら」

「はい、お姉さま。……え?」




 反射で合意したクリストフに、有無をいわさず抱き着くシャルロッテ。

 しかもその抱擁は、いつものふわりとしたハグとは違う。

 シャルロッテの左腕は肩の上を通るのに、右腕はわきの下をくぐって斜めに腕を回し、通常はしないであろう妙な角度の抱き着き方だった。


 壁際でハイジが「ぐふっ」と声をつまらせ、笑いを堪える。

 ローズは何か言いたげに一歩を踏み出すが、真剣な顔のシャルロッテにどう伝えようかと逡巡して、それ以上進めない。




「お、お姉さま。ちょっと……いつもと、違いますね?」




 当事者であるクリストフは、頬を染め、腕をどう動かしていいものかと宙に手をさまよわせている。サイズを測るという使命を帯びたシャルロッテが、ぴったりと体をクリストフにくっつけているせいだ。




 ハイジは静かに腹を抱え爆笑しており、ローズはそれを眉をしかめて睨みつける。




「お、お姉さま? どうしたんですか……体調が優れないのですか?」

「え? 元気よ、とっても元気!」


 腕を回したその先の、己の手指の位置を記憶するのに一生懸命なシャルロッテは、クリストフの心配を受け流す。

 全身を預けるように抱き着いてくる義姉にどぎまぎするクリストフは、じわり、じわりと耳まで赤く染めた。いつにないクリストフの姿に、ついには唇をかんで笑い声を上げないように耐えるハイジと、それを鋭い目で睨みつけるローズ。


「お、お姉さま? ちょ、ちょっとだけ、近いです」

「ああ、ごめんなさい!」

「あ、いや。全然いいんですけど!」

「いいの? じゃあ、あとちょっとだけ、手も見せてもらえる?」



 

 もう全体的に、不自然の極みである。

 ついにハイジは給仕のワゴンの影にしゃがみこんで、腹を抱えて無音で爆笑し始めた。



 素直に手を差し出すクリストフと、それを大真面目につかんでサイズを測るシャルロッテ。

 ローズはもう鬼の形相でハイジを睨んでいるのだが、笑い転げる彼は気が付いていない。



「ありがとう! もう大丈夫よ!」

「それはよかったです。またいつでも、なんでも言ってくださいね」



 全幅の信頼を寄せる義姉の、奇行ともいえる一連の動きには何も言及せず、ただただ受け入れたクリストフ。その頬はまだ赤色が引かない。

 一方で使命を終えたシャルロッテはルンルンと、三段トレイへと手を伸ばしていた。緊張から食べられていなかった重量感のあるスコーンを取って、クロテッドクリームをたっぷりとつけるとかぶりつく。


「はぁ、美味しい!」


 ぱくぱく、とクリームをつけて食べ進めるシャルロッテ。

 怒り収まらぬローズだったが、メイドとしての仕事は忘れていない。


 すばやくワゴンから氷水の張られたボウルを取り出すと、その中に浮かべられたガラスの器に入ったクロテッドクリームを取り出して、バターナイフで小瓶に追加分を取り分ける。

 そしてそれを給仕する前に、ピッとバターナイフを振ってハイジの頬へとクリームを飛ばして、こう小声でささやいた。





「次にお嬢様の純粋な心を弄んだら……闇討ちしますわよぉ」





 

 パッと顔を上げたハイジの額に、ワゴンがガンッとぶつかった。

 しかしスタスタと給仕のために進み出たローズの顔は、いつも通りの主人への愛に溢れた笑顔。それを見たハイジは思わずつぶやく。







「め、メイドさんって怖い〜……」








 一瞬で笑いが引いたハイジは、額をさすりながら立ち上がるのであった。














 後日、訓練場にて。



 贈られた甲手と胸当てを身に着けて喜ぶクリストフは『ああなるほど』と、義姉のあの日の奇行を思い出していた。

 それをシャルロッテに告げると、今度はシャルロッテがふわりと頬を赤く染める。


「だって、ハイジにサイズは確認したんだけれど、大きくなっていたら困るから、って!」

「そうだったんですね」

「前に使っていたものよりすこし大きめだけれど、学園でもきっとクリスはすぐに大きくなっちゃうから、ちょうどいいかなと思うわ」

「そうですね。ありがとうございます」


 礼を述べたクリストフは、一応、とハイジにも「ありがとう」と声をかけた。

 ハイジはぺこりと頭を下げて、神妙な顔つきだ。


 ハイジが静かなんて珍しいな、とクリストフは思った。

 まあしかし、当然目の前のシャルロッテと会話することが一番の優先事項である。

 彼女の後ろに控えたローズがうっすらとハイジをにらんでいるのも何となくわかったが、それもまた、クリストフにとっては些事であった。




「お姉さまとずっと一緒にいられるみたいで、心強いです」

「まあ、クリスったら!」






 ほんわりとした空気が二人を包む。

 今日もレンゲフェルトの義姉弟は平和であった。















 ーーーそんな四人の様子を遠目で見ていた、訓練場の護衛たちの会話。




「あのクリストフ様に信頼を置かれているのは、ハイジ様くらいだよな」

「ハイジ様ってめっちゃ強いしなぁ」

「あのクリストフ様にもガンガン話しかけられるのも、本当すごいよなぁ」

「怖いもの知らずというか」

「あの人に怖いものなんてあるのか? この間、公爵様にもあのノリで話しかけてたぞ」



 その会話に、一人の護衛が「いや、俺、聞いたんだよ」と口を挟んだ。



「ハイジ様にさ、『怖いものってありますか?』って」

「え、なんて言ってた? お化けとか?」

「いや。『メイドさん』って」

「なんじゃそりゃ」

「いや、俺もその時はなんだそれって思ったけどさぁ……」



 その男は、静かに、そして相手にバレないように、シャルロッテの方向を指し示した。



 正確には、シャルロッテの後ろに立ってハイジを睨みつけるローズのことを、である。

 普段はたおやかに笑みを浮かべるその眼光は鋭く、見てしまった護衛たちは、ギャップに思わず背筋を震わせた。



「ひっ」

「た、確かに怖い」

「とりあえず拝んでおこう」



くわばらくわばら、とローズを拝む大の男たち。






 こうしてクリストフは甲手と胸当てを、ローズは屋敷の護衛たちから畏怖の眼差しを、それぞれサプライズで手に入れたのだった。


















サイコな黒幕の義姉ちゃん、二巻が発売されました。

表紙が相変わらず本当に美しいので、ぜひとも一度ご覧いただけると……!

世界観が表現されすぎていて素晴らしいです。


詳しくは活動報告をご覧いただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
一気読みしました! 小説も1.2巻買いました。 面白かったです。 番外編も面白かったです。 個人的にはハイジの恋模様が気になります。
番外編嬉しいです!天然なシャルロッテちゃんかわいいです。 ちょうど最近2巻の発売はまだかなと思っていたのでお知らせ凄く嬉しいです。早速購入してきます!
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