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専属メイドの結婚模様2






「あらっ、なんでしょうっ! わたくし対応して参ります!」



 救いとばかりにパッとローズが立ち上がってドアまで近づけば、ドア越しにメイド仲間の声。


マルカス侯爵令嬢(アンネリアさま)がお見えです。早く着いてしまったので、庭を歩いてもよいか、とのことでございます」


 どうやら予定よりも早くやってきたらしい。

 それをシャルロッテに伝えようとすれば、リリーと二人で何やら大いに盛り上がって、きゃあきゃあと声を上げていた。


「庭で結婚パーティーするのは、あまり聞かないかしら? うちの庭とか素敵だと思うのだけれど」

「ここでできるならそりゃもう最高だと思いますよ!」

「庭に花でアーチを作りたいわ〜」

「いいですね! あの、私アツアツの料理も食べたいので、シェフを庭に出してその場で調理してもらうなど可能でしょうか」

「え、それもすっごく素敵なアイデア! 採用!」


 どうやら勝手にローズの結婚式の構想を練っているらしい。そして勝手にアイデアが採用されていた。

 ツッコミをいれてしまいそうになるのをこらえつつ、静かに「失礼します」と声をかければ、シャルロッテは悩む素振りもなくこう言った。



「あら、ちょうどいいところに。こちらにお通ししてちょうだい」



 『なにがちょうどいいんでしょうか』という心の声を抑え込み、ローズはすかさずリリーとアイコンタクトをとった。

 先ほどまでの砕けた雰囲気が一瞬引き締まり、各々が仕事を遂行するべくに動き出す。

 リリーはメイドにシャルロッテの意向を知らせに立ち上がり、ローズは最低限の化粧を施すために鏡台の前にシャルロッテを移そうとした。


「あらローズ、まだお話しは終わってないわよ」

「お嬢様はいつでもお美しくいらっしゃいますが、保湿、保湿だけさせてくださいませ……!」

 

 頬をぷくっと膨らませるシャルロッテをなだめすかし、唇に保湿を施すローズ。そして髪の毛に櫛を通して毛先に少しだけオイルを馴染ませたところで、コンコンと再びドアが鳴った。

 振り返るシャルロッテの髪の毛がサラリと流れ、とぅるんと天使の輪が光る。これならば良いだろうとローズはホッと胸を撫で下ろした。


「私がドアを開けるわ」

「かしこまりました。私は控えさせていただきますわ」


 そんなメイドの心中などいざ知らず、シャルロッテが立ち上がり軽い足取りでドアへと歩み寄る。主人の意向に従ってローズが後ろに回れば、そのまま自らドアを開けてアンネリアを出迎えた。


「こんな格好でごめんなさい、アンネリア様! わざわざ来てくれてありがとうございます」

「こちらこそ早くに着きすぎてごめんなさいね。私室にお招きいただいてありがとう存じますわ~!」

「ふふふ、少しでも早くアンネリア様と会いたかったのです」

「ままま! もうっ、私もですわ~! そのナチュラルままでもお美しい姿を拝見できて、むしろ得した気分ですことよっ」


 デレっと恰好を崩してアンネリアがシャルロッテの腕に縋りつき、そのままきゃっきゃと二人はソファへと移動する。

 ローズは表で控えるメイドから茶器の類を受け取り準備、リリーは入口付近に直立不動で控えてと、二人は来客対応の構えを為そうとした。



「ねえアンネリア様、うふふ、あのね」



座ったシャルロッテが、いかにも楽し気にアンネリアの耳にその薄桃色の唇を近づけた。


「今ね、理想の結婚式について話していたの。ローズがね、恋人ができたんですって! なんだかすぐに結婚しそうだから、ふふふ、勝手にね、リリーと色々と考えていたのよ」

「理想の結婚式、ですか?」


 アンネリアはこてんと首を傾げながら、ゆっくりとけぶるような長い睫毛を上下させた。


「ええ。うちの庭に大きなお花のアーチを作って、ガーデンパーティーをして、シェフにその場で調理をしてもらったりなんて……素敵じゃありませんか?」


 それを聞いた数秒の後、アンネリアはにまぁっと口の端を吊り上げて何度か頷くと、ぐりんっと首をまわしてローズに向かって手招きをした。


「あなたローズよね。こっちに来てくださる? 私もその話題に大変興味がありますわぁ。そうですわね、まずは馴れ初め、お相手について……詳しく聞かせて貰おうかしら」

「ローズのお相手ね、お城にお勤めの騎士様なんです!」


 シャルロッテが勝手に答えたのだが、アンネリアの視線はローズに固定されたままくわっと見開かれた。


「なんですって⁈ それじゃあ、私も知ってる顔の可能性がありますわね!」

「お、お恐れながら、アンネリア様のお耳汚しになりますのでっ! お許しくださいませ!」


 慌てて深く頭を下げるローズ。

アンネリアは「頭を上げてちょうだい」と言いながら立ち上がり、ローズの肩に手を添えて顔を覗き込んだ。


「今はお仕事中というのは忘れて。ほら、私たち同じ貴族令嬢でしょう? 気軽にお話ししてくださってかまいませんのよ、オホホ」

「お、恐れ多いですっ」

「いいじゃありませんの〜!」


 たじろぐように一歩下がるローズに、アンネリアは鼻息荒くさらに迫った。


「シャルロッテ様は既に公爵夫人ですけれども、私なんてまだ、か弱い貴族令嬢ですしぃ。気軽に接してくださいませ、ね? ね?」

「仕事中ですので、お許しを……」

「真面目ちゃんですわねぇ。……シャルロッテ様! 今から彼女達は休憩時間ということでよろしいかしら?」


 むむむ、と考えたアンネリアが叫べば、シャルロッテも嬉しそうに同意した。


「そうしましょう! そして、私からお茶のお誘いをいたしましょう。ローズ、そこに座ってくれる?」

「そうと決まればホラ、リリーさんよね、貴女もこっちにいらっしゃい」


 権力者と雇い主、二人に迫られては逃げようもなく。

 ローズも、そしてリリーも、大人しく示された席に腰を下ろした。


 そうしてあれよあれよと言う間にソファに四人が集まり『理想の結婚式』というか『ローズの結婚式』についてのアイデアが(ローズ以外の三人により)ぽんぽんと交わされ始めた。



「誓いの儀も庭でするのは斬新すぎますかね?」

「あら貴女、良いアイデアを出しますわね。え、新郎の妹さんなの⁈」

「そうそう、リリーのお兄様がローズのお相手さんなのよ。ねぇ、公爵邸にチャペルを作るのもたぶんできるけれど」

「あら、作るくらいなら城にもほどほどのサイズがありましてよ!」

「それって借りられるんですか? 雨が降りそうならチャペルもありですよね」

「そうね、でも晴れるなら庭ってアイデアは素敵よ! 斬新だし!」



などと、女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、大いに話は盛り上がった。


 そこにふうと息をついて紅茶を一口含んだアンネリアが「そういえば結婚祝いって、何にしましたの?」とシャルロッテに問いかけた。


「まだなのよ〜。何がいいかしらね」

「ではわたくしたちでプロデュースした“最高の結婚式”をお祝いに贈るのはいかがかしら? ドレスはご自分で選んでいただいて」

「アンネリア様……! 天才ですか……⁈」

「おーっほっほっほっほ! シャルロッテ様に褒められると嬉しいですわね!」


 でれっと目を蕩かせて高笑いするアンネリアに、シャルロッテは「お城のチャペルの使用許可ってとれますか? うちのガーデンのお花が間に合わなかったら、そちらを借りたいわ」と、無邪気に計画を確固たるものへと変えていく。


「え、ちょ、ちょっと⁈ 」

「庭で誓いの儀からパーティーまで全部するの、イヤ? 結構いいアイデアだと思うのだけれど」

「え、いや、私も良いアイデアだと思いますわ。って、そうじゃなくって……!」


 そうして狼狽えているのはローズだけで、シャルロッテはもちろんのこと、まさかのアンネリアまで「許可くらい、いつだってもぎ取れますわぁ! おまかせあれ!」と、大興奮である。その勢いのまま立ち上がったアンネリアが拳を振り上げ叫ぶ。


「あとあと! パーティには生演奏が欲しいですわね!」

「オーケストラとはいきませんが、公爵家で抱えている楽師が何人かいますよ。呼びましょうね〜」


 「な、生演奏付き⁈」と叫ぶローズの声に喜びが滲んでいるのを感じ取ったシャルロッテとアンネリアは顔を見合わせて、ムフフと笑い合う。

 リリーもここで『あ、これはローズもまんざらではないな』と悟り、アンネリアをそっと誘導してソファに戻す。


「生演奏は採用ですね」

「侯爵邸にもいたはずですわ。派遣もできますわよ!」

「そしたらアンサンブルにしましょう。あと演出は……」

「新郎の登場は白馬にまたがって、とかどうかしら⁈ うちにイケメンがいますわ!」

「まあ素敵!」


 伝統と格式、儀式的な面の強い王家の結婚式準備にちょっぴり嫌気がさしていたアンネリアは、ローズの結婚式についてあれやこれやとシャルロッテと話し合うのが楽しくてたまらない。招待状の意匠、装花、選曲、会場装飾、演出、出される食事エトセトラ……最終的には招待客に持たせるお土産までを大興奮で話し合い、結果、公爵夫人と王子妃が二人で考えた『さいきょうの結婚式』のプランが完成してしまった。


 ツヤツヤの顔で『やり切った感』のある三人。

 それと対照的に、段々とあまりの事の壮大さに血の気が引き始めたローズ。


「あの、大変素敵なお式になることは間違い無いと思うのですけれど、ちょぉっと気が早いといいますか! 貯金もそこまでありませんし、って、いやそこじゃありませんわね……!」



 ローズが、ぴっ、と手を上げた。




「あのッ! そもそもまだ結婚してないんですけれどッ……⁈」




 ニコ、とシャルロッテが笑顔でそれを「心配しないで」と制す。


「うふふ、いつもお世話になっているお礼として、私にプレゼントさせてちょうだいね」

「そんな、私にそこまで……! あ、いや、というか、そこじゃなくて」

「大丈夫大丈夫! ローズが気にしているのって『普通は』とか、そんな感じでしょう? 気にしなくていいと思うわ。流れに身を任せてしまうのも、案外ラクよ? 相手は押せ押せなんでしょう?」


 逃げを打つローズに、満面の笑みのシャルロッテが退路をぶち壊していく。

 そして少々芝居がかった仕草で片手で頬を押さえたシャルロッテが「あ、でも私たちが考えた結婚式なんて、お相手の方は嫌がるかしら」と弱々しい声を出す。

 それにリリーが「いえいえ!」と大きく顔の前で手を振った。


「シャルロッテ様からであれば、オーランド兄様もただただ素直に喜びますよ〜!」

「あらぁ、わたくしもお力添えしたいのだけれど、平気かしらぁ?」

「アンネリア様からだって、そりゃもちろん! 大喜び間違いなしです!」


 そうして「あ」とか「う」とかローズが口ごもっているうちに、公爵夫人と侯爵令嬢(次期王子妃)が、嬉々としてパトロンになってしまった。

 ここまでくると、結婚式の計画はいよいよ現実味を帯びてくる。


 ローズは正直、内心ではかなり嬉しかった。

 シャルロッテやリリー、アンネリアまで自分の式について考えてくれて、しかもそのアイデアは斬新かつ洗練された内容で、素晴らしい式なること間違いなし。そりゃもう嬉しかった。

 

 けれど『結婚はまだまだ先でいい』とオーランドに言ってしまった手前、事実婚のような状態ではあるものの、自分から『結婚式したい! いますぐ!』『式もやる! 盛大に!』などとは言いづらい。その話題ですらも自分から出すのはちょっと気まずい。



 そんなローズの葛藤を知ってか知らずか、リリーが「ハイ!」と元気よく手を上げた。



「兄、今家にいます!」

「シャルロッテ様、新郎が居たほうが話が早いですわね」

「それもそうね! リリー、お兄様に御用事がなさそうなら、ちょっとうちまで呼んできてくれる?」

「ハイ! すぐに!」



 かねてから『ローズのウエディングドレスが見たい』と言い続けていたリリー。

 これはまたとないチャンスであると張り切って「ちょ、ちょっと待って!」と反射的に叫ぶローズは無視をして、即座に飛び出していくのであった。




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[一言] 楽しそうでなにより でもちょっとだけかわいそうw
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