専属メイドの恋愛模様5
「『合コンするから帰ってこい』ですって……⁈ 何を余計なことを……!」
リリーと心ゆくまで食べ歩きを楽しんで、すっかり陽が傾いてからの帰宅後。ローズはミミからの手紙を持ってわなわなと震えていた。
『明後日の夜に合コンセッティングしといた! 彼ピの友達でイイ男が三人も来るって! だからお姉ちゃん絶対絶対帰って来てね!』
ローズはふざけた手紙をぐしゃりと握り潰す。
誰も頼んでないんですけれど⁈ と、さらに紙をぐしゃぐしゃにして怒りをぶつけた。
明後日という日にちのセッティングは故意だろう。
『えーもうキャンセル無理だよぉ!』と、わざとらしいミミの顔が思い浮かぶ。あまりにもむしゃくしゃするものだから、紙くずと化した手紙を屑籠に力いっぱい投げ入れた。
が、慣れないことをしたせいか、紙くずはポンと屑籠のふちに当たって跳ね上がり、部屋のドアの前へと転がってゆく。
「あーもう!」
上手くいかないことにローズが思わず声を上げたところで、ガチャリとドアが開いた。
ぬっと出てきた巨体が「なんだ、どうした?」と言いつつ、足元に転がる紙くずを拾い上げてしまう。
「きゃっ、ちょっ、それ……!」
焦るローズの顔を見た瞬間に、野生の勘だろうか、オーランドはその紙屑をサッと広げて目を通した。
そして「合コン」とつぶやく。
「み、ミミが勝手にですね! わ、私は別に頼んでませんのよ!」
慌てふためくローズが必死に弁解をする。が、オーランドはピクリとも動かずに、じぃっと手に持つ紙を見つめて固まっていた。
「……行くのか」
そしてまるで地響きのような低い声で、ゆっくりとオーランドから問いが投げかけられる。
あまりの低さにローズが聞き取れず「えっ?」と聞き返せば、ぎ、ぎ、ぎ、とオーランドのギラギラとした視線がローズを捉えた。
「合コンに、行くのかと、聞いている」
その低い低い、聞いたことないオーランドの声色にローズは困惑した。しかし何はともあれ手紙を取り返そうと「行きたくはありませんが、明後日なんて急すぎて。断れるかどうか」と、言いながらオーランドに近づいて行く。
ローズがオーランドの前に立ち、その大きな手の中からぐしゃぐしゃの紙をひっぱろうとした、その時。
「行くな」
「え、え、きゃっ」
ローズの手が、その大きな分厚い手に包まれる。あまりの力の強さに驚いて、慌ててその手を引き抜こうとするも、みじんも動かすことができない。
抜け出そうともがくローズの動きに、オーランドの瞳孔が開く。
「……行かせない、絶対に」
今までは無邪気で子どものようだと思っていたのに、その大きな体の力の強さ、男の迫力に、ローズはようやっと目の前にいる男が大型獣のようなものであることを悟る。
「ちょ、ちょっと、おちついて」
落ち着いてくださいませ、と続けようとした言葉は、オーランドの胸に吸い込まれた。
抱きしめられている、そう自覚するより先に、ローズの体は咄嗟に腕をつっぱるようにして抵抗しようとしていた。しかし押し返そうにも相手の力が強すぎて、どうにもならずにぎゅうぎゅうと抱きしめられてしまう。
「嫌なら殴れ。目つぶしでもいい」
「い、嫌ではないですけど、って、ちょっ」
嫌ではないと言った瞬間に、ローズはオーランドの気配が倍に膨れ上がったように感じた。喰われる! と思った瞬間にはもう、呼吸ができなかった。まるでぶつかるようなキスはへたっぴで、その勢いにローズの背骨は後ろに軋む。
「ん、んー! んぅ! まって、」
「好き、好きなんだ、好きだ」
ずっとずっと、好きだった、と、キスの合間に囁くオーランドの声は必死で。ローズは驚いて、でも嬉しくて、それを伝えようとするがキスの嵐に飲み込まれてしまう。
「逃げないでくれ」
必死に身をよじるが、片手で手を封じられ、片手で頭を包み込まれて、顔を背けることすら許されなかった。
「ずっとローズ嬢だけを見てきた。合コンなんかにやってくる小童とは年期が違うぞ……! 愛してる、絶対行かせない。そうだ、明後日までうちから出ないでくれ、頼む何でもするから……!」
嵐のような口づけの後、悲痛なオーランドの告白にローズは「もう! 待ってって言ってますでしょう⁈」と声を上げた。後ろに反り返るようにして顔同士の距離を確保して、オーランドの輝くような青い瞳を覗き込む。
「私も、ですの」
どんな顔で喜んでくれるだろうかと上目遣いで見上げたローズは、なぜか「困った」と、オーランドに眉尻を大いに下げられて、情けない顔をされてしまう。
えっ、とローズも困った顔になる。
「ど、どうして困るんですの! 両想い、ですのに⁈」
「可愛すぎるんだ」
「か、かわ⁈」
「可愛すぎて、つぶしてしまいそうだ」と、まるで怪物のようなことを言いながら抱擁とは名ばかりの拘束を解くオーランド。
しかし逃がす気はないようで、そうっと、包み込むように抱きしめなおして「痛くないか? このくらいなら折れないか?」などと問いかけてくるものだから、ローズは吹き出してしまった。力加減が分からなくなっているらしい。
「ねえオーランド様、このくらいの強さでお願いしますわ」
そうして彼の背に手をまわし、お手本になるようにとぎゅっと力を込める。オーランドもおずおずと力を込めて「苦しくないか?」と、心地よい圧がかかる程度に抱きしめてくれた。
「ではローズ嬢」
「ローズと呼んでくださいな」
「ええっと、その、ローズ」
「はい」
「俺と付き合って」
「はい」
「それで、合コンには行かないで」
「はい」
「オーランドって呼んで」
「はい」
「……うちに住んでくれ」
はい、はい、と答えていたローズはそこで止まった。はい、と言ってあげたいけれど、ローズは今の仕事を辞める気はない。そうなれば、お嬢様が戻ってくればまた公爵邸で住み込みの、働き詰めの生活が始まる。
「それは、」
はい、とは言えない。
でも、ダメとも言いたくない。
しかし城勤めのオーランドと同居するというのは、現実的に考えて難しいだろう。ローズは「私、今の仕事が大好きですの」とつぶやいた。
「俺と住むのは嫌じゃない?」
「嫌ではありませんけれど、でも。私はお嬢様の専属メイドですから、公爵邸に住み込みですし……きゃっ⁈」
ふわりと体が浮いて、オーランドに腰を抱えあげられてしまった。いきなりの浮遊感にローズはじろりと彼を睨むが、オーランドはへらへらと幸せそうに笑うばかり。
「じゃあ決まりだ。俺がそっちにいこう!」
オーランドがこっちにくる、つまりそれは、つまり? と、混乱するローズの頬にちゅっと口づけがされた。
「俺はどこでもでも働けるから、公爵邸で雇ってもらう」と、オーランドは事も無げに言う。しかし城勤めの騎士は多くの若者の憧れの職業だ。オーランドだって就職するまでにはきっと多大な努力をしただろうに、そんなあっさりと辞めてしまえるものなのだろうか。
「そ、そんな。だってお城にお勤めなのに」
「ローズと一緒に居るほうがずっと大切だよ。それに、最初からそのつもりだった」
「最初って、いつからですの⁈」
「最初は最初さ。あらかた強そうなヤツとはやり合ったからな! もう未練もない!」
「やり合うって、え、そのために就職したんですの⁈ 皆が憧れの騎士ですのよ⁈」
信じられない! と叫ぶローズに「何て可愛いんだ!」と言いながらちゅっちゅっとキスを贈るオーランド。
「ちょっと、もう、どういうことですのっ⁈」
「俺は前からずっとローズ嬢が好き。ローズのご母堂に相談したら『ローズに告白するなら、結婚する時にしてちょうだい。それが誠意』『あの子から仕事は取り上げないで』と言われて、それもそうかと思ってな」
「お、お母様……⁈」
「あと、じいやさんにもご挨拶してるぞ」
「ひぇっ」
母がもぞもぞと言いたげにしていた身近な男性とは、オーランドのことだったのだろう。ローズは色々と合点がいった。
しかし、色々と知った上でリリーの家に送り出されていたと思うと、ローズはいたたまれない心地になる。初めての恋愛模様を、まさか家族に知られているとは。
「ご母堂には筋を通したが、妹さんにも根回ししておくべきだったな」と、オーランドはやっとデレデレに崩れた顔から真顔に戻る。しかしこれで妹までグルで送り出されていたとしたら、ローズの方がいたたまれない。
「妹には何も言わないで大正解ですわ!」
「そう?」
「ええ。……こうやって、両想いになれましたもの」
そっと頬を包んで、今度はローズからキスを贈る。
再びデレっと崩れたオーランドの目じりにもう一つ。
二人の頭が、再びそっと寄り添った。
◇
「でもいきなり結婚は早いと思いますの」
「え」
「まだお仕事もやめないでくださいませ」
「ええええ!」
「……しばらくは、私がここから通いますから。その後のことはまた、二人で一緒に考えたいですわ」
「! ローズ!」
オーランドは幸せいっぱいな気持ちの分、むぎゅうと恋人を抱擁して、その頭にずりずりと頬擦りをした。
そしてあまりに高速でズリズリしすぎて「髪の毛が乱れますわっ!」と、ローズに怒られるまであと少し。
『専属メイドの恋愛模様』はこれにて一時終了し、
少し間があいてからになるかもですが、『専属メイドの結婚模様』という話が続きます。
そちらが書きたくての前置きだったので、少々駆け足の部分もあったかと思いますが、ローズの恋愛模様にお付き合いくださってありがとうございました!
またしばらくの後、よろしくお願いします。




