*小話(とある見習いメイド視点)
私はレンゲフェルト公爵家で、ハウスメイド見習いとして働いている。
出身はレンゲフェルト公爵領の南の方にある、長閑な農村。
妹が四人と、弟が三人。父と母はいつも忙しくしていて、長女の私が下の子どもたちの面倒を見ていた。
10歳を超えた頃、面倒を見ていた妹弟が少し大きくなると、今度はその子たちがさらに下の面倒を見るようになった。子守りから解放されたのだ。そうしたら体が大きくなってきたからって、畑仕事だけじゃなくて、村の仕事も手伝わせてもらえるようになった。
そこで、人生で初めて、好きな男の子ができた。
狭い村だから、女の子はみんなその子のことが好きだった。足が速くて、家もたくさん畑を持っていて、力持ちで、かっこいい。焼けた肌に、大きな口で笑う顔が、たまらなく好きだった。
仕事は大変だけれど両親や村の人から褒めてもらえる。しかも、たまに会えるあの子と目が合えば、一日幸せな気分で過ごすことができる。私は一生懸命働いた。
そうしたら、ある日。父親が村長に呼び出された。
帰ってきた父は顔をくしゃくしゃにして、泣いて喜んでいる。
「お前、お前!大領主さまのお屋敷で働けることになったぞ!村長が特別に取り計らってくださったんだ。一生の栄誉だ!お前の仕事っぷりがいいからだってよ!よかったなぁ」
私は心の奥がキーンと、石のようになっていくのを感じた。
そんなことになるなら、一生懸命働かなかった。
私はあの子のお嫁さんになりたかったのに。
それから商人の馬車に乗せられて、一人で上京した。荷台に揺られながらずっと考えていた。別れを告げた日あの子の顔はどんなだっただろうか。大好きなあの笑顔しか思い出せない。村で一番の出世、一生の栄誉、死んでも全うしろと、色々な人から笑顔で声をかけられたから、もう、分からなくなってしまった。
分からないことにしたかった。笑顔で送り出されたことなんて。
私は、行きたくなかった。
母は私に手縫いのワンピースを渡して、給料を全て村へ送るようにと、よく言い聞かせた。生まれて初めて、母が憎いと思った。母にとりすがるように甘える妹弟たちも、憎らしかった。こいつらのために、私は。私は。
公爵邸には、私のようなメイド見習いが大勢いた。ここから、ふるいにかけられていくらしい。
私は赤い髪をした気の強いザビーという女の子達と同室だった。その子はいつも上から目線で嫌な感じだったけれども、見習いメイドの境遇は似ていることが多く、みんな仲間意識があって仲良くなれた。喜んで働きに来た子と、本当は来たくなかったけど家族のために頑張る!といった子が半分半分くらいだったように思う。
ザビーはあっという間にリーダー格になった。気が強いからだ。
その子が言うには、公爵家には性奴隷がやってきたらしい。
メイド見習いの中には私より小さな子もいて、性奴隷についてはよくわかっていないようだった。私もよくわかっていなかったけど、ザビーが詳しくて。みんなに教えてくれた。貴族はすごい、そんなことがあるなんて。
___せいどれいって、なに。
___汚らわしいことをする人だって。
___どれいって、平民の下でしょ。
___でもメイドってことになるらしい。
___どれいは、ダメなことだから。
奴隷はうちの国では認められていないから、メイドとして屋敷に置くらしい。公爵令息様のプレゼントなんだって。人間がプレゼントなんて、さすが貴族だ。
でもその奴隷というモノが、平民より下ならば、私よりも下ということだ。
貴族は平民に何をしても許される。
じゃあ、私たちも、その子になら何をしても許されるのだろうか。
ザビーはその奴隷が掃除を手伝わなかったので、食事を取り上げたそうだ。怒鳴りつければ言うことを聞く、とも言っていた。
私も村で弟が言うことを聞かなかったら、食事を抜いたことがある。つまりは、そういうことだろう。私たちの仲間内では、はやくその奴隷を見てみたいと、みんな口々に言っていた。
性奴隷は、白金の髪に紫の瞳という美しい容姿らしい。奴隷がたくさんいる西の国から買われてきたそうだ。私より年下のくせに、高貴な男に愛されることが決まっているなんて、なんて、汚らわしいんだろう。
屋敷の中で最下層に位置するハウスメイド見習いの私たちは、自分たちよりも下の立場である少女の出現が嬉しかったのだと思う。
来る日も来る日も、メイドの先輩たちには怒られ、ものすごく広い庭と屋敷を掃除する日々。『村に帰ってあの子に会いたい』そう思っても、村人や両親の期待を思えばおめおめと帰るわけにはいかなかった。
ある日ザビーはいなくなった。
あの奴隷に対する態度が良くなかったらしい。
どうしてか、メイドではなく公爵様の義理の娘となったようだ。
___汚らわしい方法で娘になったんじゃない?
___シッ、そんな、公爵家の方の悪口を言ったらいけないよ。
___どうなるの?
___ザビーは村に帰されたって。
___え?それだけ?
ただ村に帰されるだけの処罰なら、別に受けてもいいと思った。
私はそもそも来たくてここに居るんじゃない。
その後、メイド長という、メイドで一番偉い人がやってきた。
私たちも屋敷に来たその日に会って、がんばりなさいと言ってくれた人だ。
その人が言うには「貴族相手に失礼な態度を取ったり、物を盗んだりした平民は、一族郎党処刑されたこともある」らしい。だから、公爵様や令息様、お嬢様に失礼な態度がないように、心の底から敬意をもってお仕えしなさいって。
メイド長の言いたいことは分かった。つまり、貴族に失礼なことをしたら、死ぬらしい。え、でもじゃあ、どうしてザビーは無事なの?…やっぱり、相手が元奴隷だから?
お嬢様がお優しいからって言ってたけど、嘘でしょ。
やっぱり、アイツは性奴隷だけど、建前で『お嬢様』として置いてるだけなんじゃないの?
「それから、お嬢様へお仕えする際に手を抜いたり、失礼な態度を取った者。特に、庭園などでの愚行は報告済みです。速やかに名乗り出るように」
私の心臓は少しだけキュッとしたけど、チラッと見習い仲間の様子を見てたら、誰も名乗り出なかったし、誰も仲間を売らなかった。言うわけないじゃんね。
みんな好き放題していたのだ。実際にやった人間は何人かでも、知ってるヤツは見て見ぬ振りをしてたわけで。バレたら自分だってタダでは済まない。
メイド長が話をした後から、見習いじゃないハウスメイドの先輩たちのほとんどは、元奴隷への嫌がらせを止めてしまった。長く働く人ほど、故郷にお金を送っていたり、クビになったら困る人が多いのだ。
「私たちも、もう止めた方がいいんじゃないかな」「大変なことになる」見習いの中で、そう言う子もいた。自分で働きたくて、ここへ来ている子達だった。元々気に食わなかったから、その子達とは話さなくなった。
でも仲の良いメイド見習いで集まれば、不満の声が溢れ出る。
「だって私たちより下だったくせに、貴族になっていい生活するんだよ?」
「しかもあんな…汚らわしいことする人の世話なんてしたくなーい」
「元奴隷のくせに、ちょっと顔と色がいいからって」
「なにしたってビビって言えやしないっしょ」
「私もザビーみたいにガツンと言ってやるんだ、調子に乗るなって。村に帰れるならラッキーだし」
先輩達はザビーから詳しい内容を聞いていないようだったけれど、仲間たちは皆、知っている。食事を取り上げたり、怒鳴りつけて言うことを聞かせたりしていたって。ベッドだけれど、蹴ったりもしたらしい。そうしたら、ビビって言うことをすぐ聞いたって。
そんなことをしても、家に帰るだけで済むって。
やっぱり、元奴隷だからだよね。
元々の貴族の公爵様や、公爵令息様とは全然違う。
「あーあ、私も美少女だったらなあ」私がおどけてみせればドッと部屋が笑いに包まれた。村であの子と結婚したのにな。そう続けた言葉は、みんなの笑いの渦に溶けて消えてしまった。
私たちの日々の鬱憤は、より下の立場のモノへ向けられて解消されていく。みんなで集まれば、元奴隷の悪口で大いに盛り上がる。前よりずっとずっと、みんなは仲良くなっていた。
あぁ。しかたがない理由で村に帰されれば、また、あの楽しい日々が待っているのだろうか。
笑いあっていたあの頃の私達は、知らなかったのだ。
本当の意味での貴族というものを、まだ何も分かっていなかった。
 




