仔馬ちゃん物語1
時系列はゲーム原作開始して2〜3ヶ月あたりです
アンネリアには大好きで大切でたまらない親友が居る。彼女は美しくて優しくて、アンネリアはいつだって彼女に呼ばれれば、何を投げ出してでも駆けつけた。
「久々のシャルロッテ様ですわぁ…」
しみじみ、疲れ切ったアンネリアは吐き出すようにつぶやいた。
社交シーズンでもある初夏。アンネリアは週末には昼も夜も関係なく、方々に招かれては愛想を振りまき続けて疲れていた。時には主催側の会もあって本当に多忙を極めるが、合間で馬の世話、学園での勉強、寮生の監督と…平日の生活も疎かにはできない。睡眠不足でお肌はボロボロだ。
「シャルロッテ様にお見せできる顔じゃないわ…でも会いたいぃ…」
浮世離れした親友は、彼女を愛してはばからない義弟によって俗世と隔離…もはやほぼ軟禁されているのでそんな社交シーズンとかいった事情はカケラも関係がなく、数日前に軽い感じで『遊びに来てください~』と誘いをかけてきた。
アンネリアは死ぬ気でスケジュールを調整して呼び出された日時をなんとか空けた。おかげさまでコンディションは最悪だが、シャルロッテに癒されると思えばなんてことはない。彼女の屈託のない笑顔や、柔らかいモノの考え方に接するたびにアンネリアの心はポカポカと温まるのだ。そしてもちろん、ぼぅっと眺めていても麗しすぎる外見にいつまでも飽きがこない。最高級のビクスドールを眺めているようなものである。アンネリアはシャルロッテの麗しい横顔を思い浮かべ、ぐへへ、とちょっと侯爵令嬢としてアレな笑みを浮かべながら馬車を下りた。
親友の住む屋敷、レンゲフェルト公爵邸には幼いころから何度も来ているので道も知ったものだ。案内のメイドに手土産を渡して、冷やしておくように言づけて一人で歩き出した。今回もいつもの庭先でのティータイムらしい。
そうして歩いていけば、しゃがみ込んでいる白金の頭を発見した。アンネリアは近づいてひょいっと顔を覗き込む。
「ウルリヒ様、なにをしていますの?」
「うわっ、な、なんだ!アンネリアか!」
ぴょんと飛び跳ねたウルリヒは、親友とよく似た顔立ちで白金の髪に紫の瞳で、麗しい美貌の持ち主。親友と彼が並ぶと天使が二人揃ったようで、黒髪紅眼の悪魔みたいな義弟ではなく、こっちと姉弟ではないの?と思うことも多々ある。口には出さないが。
そんなウルリヒが薔薇色の唇に、白くしなやかな指を一本立ててあわてている。
「し、しぃーっ!」
きゅるん、と大きな瞳が見上げて来て、アンネリアは思わずコクコクと頷いた。ちょんちょん、とその指で彼が示す先には見慣れた二人の姿。親友であるシャルロッテと、義弟であるクリストフだ。
『クリス、こら、離れなさい』
『どうしてですか?まだ二人とも来てないでしょう…それに、いつもしてるのに』
『友達の前だと恥ずかしいのっ』
『じゃあ、もう少しだけ…』
シャルロッテの細い肩口に顔をうずめたクリストフが拗ねたような顔で彼女を見上げて、そうして目を閉じた。いつものように整えられたガーデンテーブルで二人寄り添うその姿は、学園のクリストフからは想像のつかないベタベタに甘えた有様である。
「見たか?あの顔」
「うわぁ…」
「くりすとふ、今行ったら怒るよなぁ」
「個人的には気にしませんけれど、シャルロッテ様が恥ずかしがりますわね」
アンネリアとウルリヒは顔を見合わせて薄ら笑いを浮かべた。もうちょっとしてから行こうか、と目で語り合って。二人でその場を離れた。レンゲフェルト公爵邸は勝手知ったるもので、少々遠回りに庭を散策してから先ほどのテーブルへと向かうことにする。
するりと手を掴まれて、まるで幼子のように二人手を繋いで庭を歩いた。アンネリアはちょっと驚いたが、ウルリヒがあまりに自然なのであえて指摘はせずついて行く。
「アンネリアは最近忙しいだろ」
「ええ、まあ。ウルリヒ様はあまり社交ではお見かけしませんわね」
「王族はそうホイホイ行かなくても済むから、かえって楽かもな。でもアンネリアがパートナーに呼んでくれたら、いつでも行くぞ~」
「まあ、ご心配なく。それなりに相手もおりますのよ」
うふふ、とウルリヒの言葉に笑みをこぼす。するとウルリヒがぐいっと手を引いたので、アンネリアは思わずバランスを崩してウルリヒの肩口にぶつかった。当たった腕をさすりながらウルリヒを見れば、どうしてか、なんだか怖い顔をしている。美貌が相まって、すごく冷たく見える表情だ。
「ちょっ、ちょっと、ウルリヒ様…?目つきが、変ですわよ…」
一歩、ウルリヒが近づく。
長い睫毛の影が見えるほどの距離で、不機嫌そうに眉根を寄せたウルリヒが「……誰?」と低い声で問うた。
「え?」
「パートナー、誰?」
「お、弟がおりますので」
「あ、弟か。なーんだ」
にまっ、とした笑顔だ。ウルリヒの顔が一瞬で子どもっぽくなって、アンネリアは正直ホッとした。いつも通り、アンネリアとそう変わらない背丈の白金がぴょこぴょこと揺れながら歩き出す。
「アンネリアも、あと二年で成人だろ~。婚約者とか居ないのか」
「私は自分で選んで良いと言われておりますので」
「ふーん。誰かイイヤツいる?」
「いませんわ」
どうしてこんな話をしているのだろう。アンネリアはちょっぴり疑問だったが、さっきみたいにウルリヒが怖い顔をするのがイヤで、いつも通りを心がけて返事をした。
「ウルリヒ様こそ、ご婚約されませんの?」
「ん?そうだなぁ。そろそろ行くか~」
「そうですわね」
話題を変えられてしまったようだ。しかし王族の結婚など、深追いできる話題でもない。アンネリアはガーデンテーブルに近づいた辺りでさりげなく手を解いた。ウルリヒは少しだけこちらを振り返ったが何も言わない。アンネリアも、できるだけ彼を見ないようにした。
「シャルロッテ様ぁ~!お久しぶりですぅ!」
「アンネリア様!よく来てくださいました!」
四人で過ごす時はとても楽しくて…アンネリアは少しだけドキドキしたままの胸を、そっと押さえて忘れるように努めた。
彼はダメだ。色々とダメだ。
立場が高すぎるというのもあるが、彼の中でシャルロッテとクリストフが誰よりも特別というのは、ここ数年でよく分かっていた。恋をしたところで不毛だ。アンネリアは彼の一番特別ではない、一番特別の、トモダチ。それだけ。
アンネリアはこの四人での空間を崩したくなかった。
だからあえて口に出す。
シャルロッテとの会話の中で、さりげなく。
「私は早く運命の人に出会いたいですわ~」
「アンネリア様なら、本当に出会えちゃいそうですよね」
「シャルロッテ様にそう仰って頂けると百人力ですわぁ!!」
「私もそのうち結婚できるかな!」
ぐっっとこぶしを突き上げれば、シャルロッテも笑って隣で真似をしてくる。クリストフのとろけるように甘やかな瞳を一身に受けているのに、まったくもってスルーしているのが恐ろしいやら面白いやら。『結婚したいならそこの義弟が一瞬で旦那にレベルアップしますわよ』とは口にはしないでおく。ぽやぽやとシャルロッテが満面の笑みを浮かべているのを見ていると、心の緊張が解けてホッとするのだ。何より可愛い。ちょっと鈍感すぎるとは思うが、このままで居てほしいものである。
「アンネリアは意外と、ろまんちっくなんだなぁ」
ウルリヒがクッキーをぽいぽいと口に放り込みながらそんなことを言うので、アンネリアはムッとした。少女じみていると馬鹿にされた気がしたのだ。
「乙女は皆ロマンチックでしてよ!ベタなシチュエーションが流行するのは、それを望む方が多いからですわ」
「ベタって~?」
「白馬の王子様が迎えに来る、とか!これはもう様式美じゃありませんこと?!」
うっとりと手を組んで白馬の詳細を語り出すアンネリアを、他の三人が生ぬるい目で見ていた。毛並みとか脚の太さとか、背中のラインとか…アンネリアにとっては大切でも普通の乙女の気にするところではない。
「白馬の王子様ねぇ…」
小さくウルリヒが呟いた声を、クリストフだけが聞いていた。
◇
アンネリアが学園の中を歩いていると、最近やたらにトラブルに遭遇する。ピンク頭の平民モモカと、彼女に惚れ込んだ男子生徒達が騒ぎを起こすのだ。
「アンネリア様ーッ!来てくださいッ!」
「ああもう、またなの?!」
そうして呼びに来た女子生徒に連れられて、学園のとある廊下へと早歩きをする。到着すれば、モモカとそれを庇う男子生徒…マッコロとかいう親の地位だけ高い馬鹿ボンボン。その前に座り込んで泣いているのは女子生徒という、よく見るトラブルの現場に到着してしまった。アンネリアは彼女に手を貸し立たせてやりながら、庇うようにして二人に対峙する。
「ひ、っ」
「マルカス侯爵令嬢!君には関係ないだろう!」
アンネリアを見てわざとらしく肩をはねさせるモモカ。それに憤るマッコロに『コイツ脳みそ入ってます?』と、思わず内心で悪態をつく。どうせマッコロも関係ないのだ。そっくりそのまま、その言葉を返したい。
「あら、お言葉ですけれど…マッコロ様も、当事者ではないとお見受け致します」
「なっ?!モモカが泣かされているのを、友人である私が見過ごすワケないだろ?!」
「でしたら、私も彼女の友人ですので」
ニッコリ、笑顔で扇を広げて口元を隠す。クソが、と目は笑ったまま口だけ動かした。
「君は誰とモメても首を突っ込んでくる!モモカに目をつけるのはやめてくれよ、何回目だ?!」
「何回目かは、こちらが聞きたいですわ」
「うるさいっ!平民だからトラブルに遭いやすいんだっ」
「過去の特待生の方々は、そうではありませんでしたけれど…?」
バチバチとアンネリアとマッコロの間で火花が散った。
呆れてため息をつくも、マッコロの父親である宰相への配慮で『貴方が下手にクビ突っ込むから事が大きくなるんですわ、この阿呆』とは、口にださないでおく。こうして代理戦争のように、モモカと女子生徒の揉め事がマッコロとアンネリアの言い争いになるのはいつものことで。家格が高いアンネリアだからこそ言い返すことができるが、普通の生徒には厳しいだろう。
「で、マッコロ様は状況を説明してくださいますの?」
「そこの女がモモカの靴を踏んで謝らなかったんだ!」
「まあ、そんなことが…」
アンネリアはそっと背後に庇う女子生徒へと振り返り「ご事情、説明できます?」と囁いた。泣き濡れた顔で頷く彼女が言うことには「いきなり足を横から出されて踏んで転びました。モモカ様に謝られる謂われはあっても、謝る理由はありません!」とのこと。その声を聞いていたモモカが、わざとらしく目に涙をためてマッコロにすがりついた。
「わ、私っ!わざとなんかじゃ…!」
「そうだ!どこの世界で、自分の足を踏まれるところに差し出すバカがいる!謝らないのはモモカを見下しているせいだろう!」
モモカの肩を抱いてギャンギャンと吠えるマッコロを見て、そこに居るだろそのバカが、と思うアンネリア。しかしアンネリアに庇われて気が大きくなったのか、突然被害者である女子生徒が背後から「絶対謝りません!」と大声を出した。それにギャーッと反応するマッコロ、ここぞとばかりに泣き出すモモカ。現場は混迷を極めている。
アンネリアは事が大きくなる予感に頭をクラクラとさせた。




