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*ヒロインになりたかった少女の独白3(モモカ視点)




これはイーエスのグッドエンディングだ!と、テンションが一気に上がる。手を引かれて馬車を下りれば、まるで物語に出てくるかのような素敵な館にエスコートされてさらに有頂天になるモモカ。


「すっっごく素敵なおうち!!」

「モモカがこれから一生、私と住む家だよ」


にっこりと笑ったイーエスは腰を抱いて、屋敷を案内してくれた。内装は白をベースに金と紫をアクセントに整えられ上品なインテリアが並んでいる。ダイニングには大きな天使の絵が飾られているが、白金の髪に紫の瞳で…なんだか誰かに似ている。後で外してしまおうとモモカは勝手に決めた。


だってここはモモカの家なのだから。

好きにする権利がモモカにはあるはずだ。


「あら、この部屋は…?」

「庭の薔薇を乾燥させたり、薔薇のエキスを抽出するための実験部屋だよ」

「ふぅん」


数か所だけ見せてくれない場所もあった。しかしどうでもよさそうな地味な部屋だったのでスルー。イーエスに連れられるまま無邪気に屋敷の探検を楽しんだモモカ。


「素敵なところね!」

「よかった。じゃあ、最後にモモカの部屋へ案内するよ。ちょっとしたサプライズがしたいから、目隠しをしてもいいかい?」

「いいわよ!」


モモカは視界をタオルで覆われた。ふわりと被せられたそれは圧迫感こそないが、額から鼻まですっぽりと覆われて何も見えない。ぐいんと浮遊感が襲い、モモカは抱き上げられていた。


「きゃぁっ!」

「お姫様、お連れします」

「やだ、もう~!」


素敵な演出に胸が高鳴る。ドアが開く音、体に加わる重力の感じ…階段を下りているらしい。どうやら地下に向かっている様子だ。サプライズなのだろうか?地下にモモカの部屋があるとは思えないが…。


「ねえ、せんせ。どうして地下に行くの?」

「ああ、まだ案内していないところを見せようと思ってね」

「えぇ~!気になる~!」

「ふふふ、サプライズだからね」


ホッと息を吐く。なーんだ。

見せたいものがあるだけらしい。そりゃそうだ、地下室なんて倉庫とか秘密の部屋とか、そんなんよね!と、モモカは妄想を膨らませた。


「楽しみだわ!」


地下だから宝物庫?それとも魔法の部屋だろうかと、モモカはわくわくと胸を高鳴らせる。別に宝石が好きとかはないが、お金は大好きだ。あればあるだけ贅沢ができるだろう。



キィイと金属的な音がして、ふわふわとした場所に下ろされる。ソファだろうか。イーエスのぬくもりが離れると…ここはなんだか少し寒い。コツコツと革靴が音を立てて、再びキィィと金属の軋む音がした。



「せんせぇ~?」



妙に、モモカの声が響く。

イーエスの返事はない。


妙に反響する音は地下室だから当然かもしれないが、なぜだか恐怖を覚えたモモカは目隠しをむしり取った。叫び声に近いモモカの言葉が石に反射されて遠くまで響いた。



「先生これ、もう外します!!」





思えばそれは、予感だったのだろう。





「もういいよ、よく我慢したね」

「へ…なに、コレ…」




にっこりと笑うイーエスの笑顔は、鉄格子の外にあった。




モモカはバネのように飛び上がって走り寄った。口からは言葉にならない悲鳴がこぼれ、足はもつれてべちゃりと転ぶ。膝を打ち付けた地面は石で。冷たく、痛い。

それでも立ち上がって鉄格子を掴めば、ぞわり、甘い痺れが腕を伝って脳を焼いた。



「あああああああああ!!!」

「ふふふ、魔力吸い取られるのってキモチイイでしょ?」



手を無理矢理引き離せば電流のようにバチン!と痛みが与えられ、きゃぅんと犬のように悲鳴を上げてその場にへたりこむ。



「これからは一生、ここで暮らすんだよ」



学園でイーエスのほの暗い瞳の色に気が付けなかったモモカには、もはや、逃げる道などなかった。



ガタガタと体を震わせて、しりもちをついたまま後ずさるモモカ。それを見下ろすイーエスは、先ほど屋敷を探検した際と何一つ変わらぬ口調だ。まるで眼前のモモカの怯えようなど見えていないかのように穏やかに。


「この屋敷はね、私の姉が愛しい人のお子さんを飼うために欲しいって言うから建てたんだ…ああ、モモカは見たよね、レンゲフェルトのお姉さんだよ」

「……え?」

「キレイな子だったろう?あの子を閉じ込めるために作られた館だから、美しい調度品でシンプルにまとめてあるんだ」


「素敵でしょ」と笑うイーエスに怯えながらも、モモカは一番気になったことを反射的に声にしていた。



「私、あの女の()()()ってこと?」



イーエスはおかしそうに笑って「あははは!違うよ!」と否定する。まるで子どもが的外れなことを言ったのを愛おしく眺めるように、慈しみと圧倒的優越を瞳に宿した彼は、笑いすぎて滲む目じりの涙をぬぐってニッコリと笑った。


「私はあの子に興味なんてない。マリアが『どうしても欲しい』って言うから好きにさせてたんだけど…そのせいでレンゲフェルトに殺されちゃったのさ」

「マリア…?」

「私の姉さん。美しい人でね、薔薇の花の良く似合う、この世で一番自由な女性だよ。マリアの魂はいつも私と一緒なんだ!!コレね、マリアの歯が入ってるんだ、すごいでしょう?もう、私だけのモノになったんだァ…」


イーエスは胸にいつもぶら下げているネックレスを両の手で包み頬を染めた。そして恍惚とした表情でネックレスを口に入れると、べろべろと舐めしゃぶって取り出す。その異常な様子に、モモカは足をばたつかせて距離をとった。


「ひッ…!」


そんなモモカの様子など気にも留めないイーエスは、ニコニコと笑って「あ、逃げようとしたら致死量まで魔力を吸い取るように設定してるからね」と、脱走しないように、とモモカに言い付けた。


「モモカは私の実験のために来てもらった。だから、しばらくは地下で暮らしてもらうよ」

「じ、実験って何?ここから出して、お願い、なんでもする、逃げないから…!」

「うんうん!逃げない状態になったら、上で一緒に住もうね」


ご機嫌なイーエスは「お世話してあげるからね」と、鼻歌でも奏でそうな調子でネックレスについた己の唾液をシャツでぬぐう。何でもするからと懇願を繰り返すモモカの声を無視して、コツコツと足音を響かせて鉄格子から離れていく。




「やっぱりモモカの魔力って甘くて美味しくて大好きだな。いっぱい吸い取って、いっぱい実験をして、世の中に魔力の有用性をもっともっと認めさせないとだね。頑張ったらマリアの魂も呼び戻せると思うんだよなぁ。モモカとマリアの魔力は似てるから馴染みやすいはずだし。だって魔力って生命エネルギーだからさ、つまりは魂ってことで、それが似てる女の子が手に入るなんて幸運だよホント。あとはどうやってやるかだけど…死ぬような衝撃を繰り返せば肉体から浮くかな。魔力を全部抜いたら死ぬけど、そのタイミングで入れてみるとか?うーん、悩ましいなぁ…」




階段を上っていくイーエスはブツブツと独りごとを言いながら、上の居室へと消えて行った。完全に声がしなくなってから、モモカはひんやりと冷えた下半身に気が付く。


「あっ、き、着替え…」


いつの間にか失禁していたらしい。

あわててパンツを脱げば湿り気を帯びて重くなっている。脱いで、べちょりとそれを檻の近くに投げ捨てた。モモカは置いてある紙で股座をふいて、ゴミ箱であろう籠に「くそッ」と言いながら投げ入れる。




―――あの女のせいだ




シャルロッテへと憎悪を燃やすモモカ。



「あいつがここに入るべきでしょ?!悪役がヒロインに取って代わったとか、どこのクソゲーよ!!あいつが死ねばいい、異世界トリップなんでしょどうせッ!!」



石畳であることを除けば、その檻の中はビジネスホテルのような空間だった。ベッドと机、洋服掛け、トイレと小さな洗面まで揃っている。モモカは湿った制服を脱ぎ捨てて、置かれているゴワゴワした下着に着替えると、ベッドに座って爪を噛む。


「糞が…ッ!」






こうして悪態が吐けたのも初日だけで、モモカは日ごとイーエスに魔力を吸い取られ、嬲られ、何の実験か分からぬままに甘い痺れに神経を焼かれ、口からは言葉でなく唾液がこぼれるようになった。

「あ、ぉ、ぁ、ぁぁ、ォガッ」

「モモカ、君は本当に素晴らしい。どれだけ吸っても魔力が湧いて来るね!」

それでも続く責め苦に体は動かなくなり、薄れゆく意識の中で人を恨んでばかりの己を反省するようになった。反省を終えた頃には、いよいよ何も考えられなくなっていて。



そしてただ、純粋に願うのみになった。






―――帰りたい。家に、帰りたい






混じり気の無いその願いはモモカという“入れ物”と“魂”が剥離する瞬間に、強く輝いた。まばゆいばかりに光りながら世界の誰も知らぬところを走り抜け、この世界から消失する。本来のあるべき場所に帰るために。




『成功だ!!成功だよ!!!』




誰かの叫び声を遠くで聞きながら、モモカの視界は暗転した。












「…モカッ!モモカッ!!」







モモカを、呼ぶ声がする。







頭がおかしくなるほどの痺れに満たされて、何も考えられなくなって。それから、どうしたっけ?と、考えるモモカの頭の中で響いた声が縦横無尽に脳内を駆け巡り、いつかの痛みを呼び起こす。魂に刻み付けられた痺れに、モモカは飛び起きた。


「ギャァ!」

「モモカ!よかった、起きた…!」


モモカの、部屋だった。


ばたつくように体を暴れさせるモモカは、モモカの母親の腕に閉じ込められた。しばらくすれば体から力は抜けていき、しゃくりあげ始め、最後には鼻水を垂らしながら号泣した。そして泣きながら母親にすがりついて、子どものように甘えた。自分がいかに愚かであったか、これからは感謝して生きるつもりであること、そして「ごめんなさい」を繰り返して、長い時間泣いていた。


「ちょっとアンタどうしたのいきなり。怖い夢でも見たの?」

「うん。こわかったぁ…」

「まあ!とりあえず、病院行くわよ。ロフトベッドはもう捨てましょ。まさか落ちるとは…お母さん、心臓止まるかと思ったわ!」



その日からモモカはすっかり変わった。



ゲームは二度としなかった。学校にも行くようになり、イジワルをしていた友人にも注意してくれたギャルにも謝った。毒気の抜けたモモカは、おっとりと喋る穏やかな少女になっていた。


「今までごめんなさい。これからまた仲良くしてなんて…都合が良すぎる?」

「全然!モモカちゃんが学校来てくれて良かったよ~!…なんか、雰囲気変わったべ?」

「そう?」

「うん。今の方がイイよ!」


そうなれば普通の学校生活が待っていて。

少女漫画のヒロインみたいな展開は起きなかったけれども、自分は幸せだとモモカは思っていた。



























だって、もう一度生を受けることができたのだから。








「ありがとう、イーエス」







“モモカ”の紅い唇は、月のように弧を描く。















To be continued…?














以下蛇足です ※読まなくても本編に影響なし 





 


イーエスについて



人体実験を繰り返しながら、魔力についての関係を研究しています。マリアを幼少期から女神のように崇めていました。


真の目的は、マリアの“魂の残骸”をモモカの体に入れる(=マリアを蘇らせる)こと。べろべろ舐めてたネックレスはマリアの乳歯を砕いて混ぜて作成。

死ぬ瞬間に魂が離れたり奥から引きずり出されたりする、シャルロッテも経験したアレを人工的に起こそうとしてました。もはやマッドサイエンティストというよりネクロマンサー。


でも実はモモカが異世界人だったので、現代社会の体の方にモモカとマリアの魂が混ざって入って、向こうで蘇ってしまいました。イーエスの手元には死体しか残りません。


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― 新着の感想 ―
ここまで執着してる最愛の姉を、自業自得とは言えレンゲフェルトに殺されたって知っているのに、復讐とかは考えなかったんだろうか…。 クリスだったらと考えたら確実に殺っていると思う。
ひ、ヒエーッ!ま、まぁマリアやモモカが二度と戻ってくることは無いんだなと思えば安心ですね!
[一言] よかった、よかった、現代に戻ってこられて。思春期の反抗的な態度の罰としての死は重すぎると思ってたらちゃんと謝ることの出来る日常に戻れてよかった。
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