答え合わせ1
「ほんっとうに、ごめんなさい!」
数日後、シャルロッテは自室でアンネリアに丁重に謝罪をしていた。心配をかけたこと、泣かせてしまったこと、無謀な行動をとったこと。全てを並べたて、深く頭を下げていた。
シャルロッテの伏せられた瞼は固く閉じすぎてビクビクと震えていたが、アンネリアの優しい声に涙を滲ませ開かれる。
「いいえ、私もあのように取り乱して…お恥ずかしいですわ」
「ううっ…!アンネリア様、なんてお優しい…!」
顔を上げて涙を拭った。すんなりと笑って許してくれるアンネリアの優しさに、胸を打たれるシャルロッテ。
(許してくれたの、アンネリア様だけ…!許されるってこんなに、胸のつかえがとれるのね…!)
ここ数日はクリストフによる無言の圧力と、飛んで帰って来たエマに「シャルちゃんのバカっ!」と盛大に泣かれて、結果としてシラーからの猛吹雪に晒された。自らの行動を大いに反省しているのだが、未だ誰一人として許してくれていない。
屋敷内でべったりと張り付いたクリストフは終始不機嫌な上、精神不安定でたまに怖い。でもどうしてか、エマもシラーも使用人も、度のすぎる密着だろうに誰も咎めない。それどころか『くっつく位で落ち着くなら大丈夫ね』とはエマの言葉。
現在この屋敷で発言権が無いに等しいシャルロッテは、まるでクマのぬいぐるみのようにぎゅむぎゅむと抱きつぶされる状態を享受するしかなかった。ここ数日の寝つきは最悪である。
(危ないことはしない、周りの人の言うことをちゃんと聞く…)
耳にタコができるのでは?というほどにグウェインを筆頭とする使用人たちに言い聞かせられたのは、まるで幼子のような約束事。それでようやっと、外部からのお客様を呼ぶことを許してもらえたのが今日である。
「あれから、シャルロッテ様は大丈夫でしたか?恐ろしい思いをされたでしょう」
「私は全然!ただ、クリスが過保護になってしまって…」
この時間はなんとか頼み込んで、クリストフには離れてもらった。部屋から決して出ないと約束をして、なんとか。
今はシラーと領地経営の話をしているらしいが、ここ数日は学園にも行かず勉強もせず、シャルロッテの傍から離れなかった。
「クリストフ様は、シャルロッテ様のことが大切でたまりませんからね。さもありなん、といったところですわ」
アンネリアは頬に手を当てて嘆息する。思い出すだけでも恐ろしい、シャルロッテが殴られるのではないかという恐怖。あれを過保護の代名詞であるクリストフが味わったのだから、多少の反動で過保護になるのは仕方ないというものである。
「しばらくしたら落ち着くとは思うのですが、いつになるやら」
ちょっぴり参った表情のシャルロッテに同情する心が湧き上がるアンネリア。助けてやりたいのはやまやまだが、どうすることもできない。
「こればっかりは分かりませんわね。落ち着いたら、みんなで遠乗りにでも行きたいですけれど」
「わあ!そうでしたね、どこがいいでしょうっ」
パチン!と手を叩き、表情を明るくするシャルロッテ。
ウルリヒがいつぞや提案していた遠乗りは、未だに果たされていない。二人でカフェにも行きたいし、旅行なんてできたら素敵ね!と、ガールズトークに花が咲いた。
「あの、シャルロッテ様…」
「どうされました?」
キャイキャイと楽しい話題でひとしきり盛り上がったところで、アンネリアは今日の本題を切り出すことにした。きっとレンゲフェルトの家の人たちはシャルロッテに伝えていないだろう、あの日の事件の『その後の話』だ。
「デルパン様とマッコロ様のお話って、聞いておりますか?」
アンネリアは考えていた。シャルロッテはもちろん守られるべき人である。しかし、彼女も当事者で、事の全容を知る権利があるのではないかと。
彼女が、望むならば。
首を振るシャルロッテの瞳に、聞きたそうな色を見つけて問いかける。
「お聞きになりますか?」
シャルロッテは一つ、こくりと頷いた。
そして何かを制そうとするように歩み出たリリーへと、ピッと手を上げて「下がってて」と命ずる。ローズにもちらりと視線をやって「控えててちょうだい」と言うと、下ろした手を膝に乗せて握り合わせ、アンネリアを真っすぐに見返した。
「お願いします。誰も教えてくれないのです、私も関わったことなのに」
シャルロッテは、気になっていた。
ただ、皆濁すばかりで教えてくれない。真綿にくるまれるような屋敷の中で、耳も目も塞がれて過ごす、いつもの日常。それは優しいけれど窮屈で。
シャルロッテは少し怖くなってしまっていた。
(もう成人だというのに、まるで私の扱いは幼児のよう)
そんなクリストフとシラーが怖くて、エマを伺い見るとゆるやかに首を振られるのだ。『口にしてはダメよ』と、豊かな黒髪を揺らす義母。彼女のように、何も口にせず穏やかに一緒に居ることもできるのだろうけれど。
シャルロッテは、知りたかった。
「あの日以来、マッコロ様もデルパン様も学園にはいらしておりません」
「退学ですか…?」
「ええ。ご病気だそうで」
「病気?」と驚くシャルロッテに、アンネリアは少し声を潜めて「ええ、病気ですわ」と繰り返す。
今回の件は、平素であればただの暴行未遂。貴族同士のモメ事であるので家長同士が話し合い、決着がつかなければ貴族裁判へともつれ込むことになるような事例だ。
「あの二人は、貴族社会には二度と復帰しないでしょう。病気療養といった表現は、貴族間では隠語としても使われます」
「それって…?」
「領地から出さない、ということですわ」
穏やかに表現したが、幽閉である。もっと悪ければ私刑で死んでいる可能性もあるが、アンネリアは口にしないでおいた。
マッコロとデルパンはこともあろうに王城で事件を起こした。しかも平民の女に入れあげた挙句の暴挙。今までの行動も責められる点だが、規則に反していないというのがネックになる。
規則的に罪は軽いが、貴族的には重罪。
「騎士団長も宰相も、立場のある方ですから。王城で騒ぎを起こした息子を貴族社会に置いておくわけにはいかなかったのでしょう」
「そう、ですか…。でしたら、領地で元気に暮らしていけるといいですわね」
シャルロッテには、それが重い罰なのか軽い罰なのか、判別がつかなかった。貴族社会から追放されたとて、平民だって幸せに暮らしている。きっと、それなりの人生が送れるのではと、領地でのんびりと生きていてくれればいいと、そう願う。
(だって、彼らは原作通りに動いていただけなのだから)
己だけが知る秘密に罪悪感が募るシャルロッテ。しかしそんな事情を知らぬアンネリアは『やっぱりシャルロッテ様はお優しすぎるわ』と、悶々とした気持ちを抱く。そうして忠告を込めて、自分の推理を伝えておくことにした。
後から知って、彼女が深く傷つくことがないように、と。
茶器を手に取り少しぬるくなった紅茶で口を湿らせて、アンネリアはさも世間話のように努めた。重苦しくならないように。
「今回、彼らにつく罪状はせいぜい『暴行未遂』ですわ」
「そうですね、私もクリスもケガはありませんでした」
「暴行未遂に対する罰は、通常であれば賠償金ですが」
少し間を置いて、アンネリアは言葉を選ぶ。
「シラー公爵が…お金でお許しになるとは思えません」
ゆっくりと見開かれる紫の瞳。「私からお義父様に話すわ。酷いことなんて望んでないって」と、明るい声を作るシャルロッテだったが「クリストフ様も、お金でお許しになるとは思えません」と、続けられたアンネリアの言葉に、肩を落として俯く。
その通りだ、と思った。
シャルロッテが望む望まざるに関わらず、あの二人は厳しい処遇を望むだろうことは想像だに難くない。
ここ最近のクリストフの様子を考えれば、殊更に。
「あと、モモカ様は退学されました」
のろのろと顔を上げたシャルロッテ。
(ヒロインが退学?そんなの、原作のどこにもない展開だわ。だって、まだ、事件だって始まっていないのに…事件が始まらないから?分からない、何が、どうなって…?)
混乱する頭で必死にアンネリアの言葉をかみ砕くが、上手く理解ができずに固まってしまう。アンネリアはそんな様子には気が付かず、ため息をついて小さく肩をすくめた。
「というか、パーティー数日前から学園にいらしてませんでしたの。あの方は平民ですし、まあ退学になっても仕方ないと思いますけれど…ただ、少し気になることを小耳にはさみまして…。まあ、シャルロッテ様にお伝えするほどのことではないのですけれど…」
歯切れの悪い様子に「続きを教えて下さいませ」とシャルロッテが願うも、うーん、とかそうですわねぇとか、相槌を打つだけのアンネリア。こういった話は、焦らされると余計に先が気になるものである。
「お願い、アンネリア様」
立ち上がり、アンネリアの横に腰掛けるシャルロッテ。ふわりと白金の髪が舞い、アンネリアの手がやわらかに包まれる。うるうると瞳を滲ませて迫る彼女に、アンネリアはついに折れた。
「わっ、分かりました!は、離れて下さいまし…!」
熱い顔を扇で仰いで冷ましつつ、握られた手は離さないアンネリアは「あくまでウワサ、しかも子どものウワサですからね」と、何度か前置きをして語りだす。
「モモカ様は魔法を使っていたのでは、というウワサがありますの」