気になるウワサ
「しゃるぅ、なんか面白いことやったらしいな~」
学園祭が終わった次の週末、いつものようにウルリヒが我が家へとやってきた。
椅子に座らずにシャルロッテの周りをうろちょろしながら「聞いたぞ~」「私も呼べよ~」と、その顔はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて面白がっている。
「はぁ、何を聞いたんですか」
「クリストフが義姉と結婚するってウワサになってるぞ。高位貴族の間だと、むしろそのために養子にとって育ててたんじゃないかって」
「はぁ?!っげほ、っか、ケホッ」
咽るほどに大声を出して驚くシャルロッテに、にまぁっっと口の端を上げてウルリヒは顔を近づけた。小さな声で教えてくる、聞きたくなかったそんなウワサ。
「あのピンク頭に見せつけて濃厚なキスしたって聞いたけど?」
「してないっ!!」
ボッと顔を赤く染めて、シャルロッテはいよいよウルリヒの柔らかい頬をつねりあげる。王子相手に無礼であるとかはもう二の次で、その口をとにかく縫い付けてしまいたかったのだ。
「いてて!じゃ、じゃあ『クリスは私が好きなの、あんたみたいな女はお呼びじゃないのよお?ゴメンあそばせ!』ってイヤミたっぷりに言い捨てたのも…?」
「そ、それは…近いことは、言った、かも。でも家族としてってことよ?!」
口調は大いに違うし、内容も違うが、まあ近いことは言った。それは認めるも、どうしてそんな話になっているのだろうか。シャルロッテはウルリヒの頬を持ったまま「ちょっと、どういうこと?」と問いかける。
「だから学園でウワサになってるんだよ、しゃるぅ、離して…」
「あっ、ごめんなさい」
うるうるとした瞳で懇願するウルリヒに、シャルロッテはパッと手を離す。頬が少し赤くなっていたので、そこを撫でてやってからソファへと座らせて問い詰めた。ウワサとは何なのか、と。
素直に語ったウルリヒによると、学園祭が終わるころには『生徒中知っているのではないか?』というくらい広まった…とある、とんでもないウワサ話があるそうで。
ごにょごにょと仔細を聞いたシャルロッテは悲鳴を上げた。
「ち、違うわ!どうしてそうなっちゃうの?!」
シャルロッテがクリストフとの姉弟の仲睦まじさを見せつけてモモカをやりこめたことが、どうやら紆余曲折してイチャイチャして撃退したことになって、学園中に広まっているらしい。
「ウルリヒ様っ、ちゃんと否定してくれました?!」
「え?いや、だってくりすとふ、しゃるのこと好きだし」
「それは家族愛でしょう?!」
「え、あぁー…、うん…?」
ウルリヒの微妙に低いテンションの反応を気にも留めず、自分の世界に入り込んで焦りまくるシャルロッテ。「わっ!」と、顔を手で覆って悲嘆に暮れる。
「ああ、クリスにお嫁さんが来なくなったらどうしましょう…、お義母様とお義父様に申し訳がたたないわ…!」
「だいじょうぶだって~」
(全然大丈夫じゃないわよ、一大事じゃない!まさかヒロインちゃんへの悪女アピールが、とんでもない誤解を招くなんて…!)
シャルロッテは顔を覆ったまま「誤解を解かなくちゃ…」とつぶやいた。
馬鹿げたウワサを払拭するには『ただの姉弟ですよ』アピールをする必要がある。シャルロッテが無害な小姑であることを示すのだ。でなければ、クリストフの婚姻は見込めまい。
(でも、どうやって?)
「何を話しているんですか」
そこに、クリストフが着替えを終えてやってきた。今日はテルーが不在のために公爵邸の護衛騎士達と訓練をしていたのだが、ウルリヒ来訪の知らせを受けてすぐさまシャワーを浴びて飛んできたのだ。うっすらとその髪が濡れている気がするが、それを感じさせない涼し気な顔でシャルロッテの隣へと収まるクリストフ。
「ウルリヒ様、お姉さまに何を言ったんですか?」
「え~、学園のウワサとか」
「余計なことを吹き込まないでください」
クリストフはいつもと変わらぬ様子であるし、もしかしたら当事者だけにそのウワサを知らないのかもしれないとシャルロッテは推測した。覆った手からそろりと顔を上げて、おそるおそるクリストフへと視線を向ける。
「く、クリスは学園祭の話とか聞いてないの…?」
「あのピンク頭が、ウルリヒ様にしつこく迫った話ですか?」
「聞いてないわ。ウルリヒ様?」
まったく違う話であるが、気になる話題だ。
ウルリヒは「あぁ、くりすとふが助けてくれたヤツな~」と、げんなりした顔をしている。
「学園祭中なんかやけに手を握りたがって『ちょっとでいいから握手して歩いてくださいっ!』って、しつこいのなんの…私の手を握らないと不幸になるとか言っててな、意味が分からなかった」
「アレ、生徒達の間で話題になってましたよ。王子が平民で遊んでたって」
「遊んでたわけじゃないんだぞ」
そういえばクリストフが助けに入った時にウルリヒは、自分の手を猫じゃらしのようにしてモモカを右へ左へと揺さぶっていたのを思い出した。とてもだるそうな顔をしていたけれど、確かにあれは遊んでいたと言われても納得の光景である。
「あのピンク頭、ウルリヒ様のこと好きなんじゃないですか?」
クリストフの推理に、思わずうんうんと頷いてしまうシャルロッテ。
モモカがデルパンやマッコロに自分からまとわりついているところは見ないが、ウルリヒには積極的なように思えるからだ。
(学園祭でも、別にクリスと回りたいわけじゃないって言ってたし…。ウルリヒ様のことを狙っているのかしら)
「パスだパス!私は…私だって、その、選ぶ権利がある!」
「王子ですからね、選ぶ側ですね」
ウルリヒはちょっとほっぺを赤くしながら、てしてしとソファーを叩いている。国の最高権力者(予定)なので、それはもう選ぶ側なのは間違いない。が、しかし。
なんだか照れているウルリヒの顔を見てしまうと、つつきたくなってしまうのは乙女心だろう。
「ウルリヒ様、どなたか候補の方とかいらっしゃるのかしら~?」
「い、いないっ!」
びゃっと目をつぶって顔をそむけたウルリヒは「うぅ~、ただ私は、恋愛結婚がしたいんだ…」と、小さな声で唸っている。シャルロッテとクリストフは二人で顔を見合わせた。
(かっ、かわいい…!ピュア王子…!)
普段はふてぶてしいくせに、こんなところでギャップを見せてくるウルリヒ。シャルロッテは湧き上がる気もちそのままに「そうですわよね、想い合って結婚したいですよね!いいと思いますわ!」と、慈愛に満ちた表情で同意を示した。
対してクリストフは冷静なまま、無表情で応援とも煽り文句ともとれる言葉をウルリヒに投げかける。
「立場上大変でしょうけど。頑張ってみてくださいね」
「それはくりすとふもだろぉ…」
「自分の心配だけなさっては?」
「あー!くりすとふのその顔、むかつくーっ!」
ふん、と鼻を鳴らすようにしたクリストフ。
すかさずウルリヒに睨まれるが、どこ吹く風だ。そんな様子の彼に諦めたのか、ウルリヒはふぅと息をついて話題を変えた。まだ少し赤い頬をパタパタと手で仰ぎながら、二人へと聞いてくる。
「そういえばだけど、しゃるたちは今度のパーティー来るのか?」
ここで言われる『今度のパーティー』は、王城で開かれる茶会である。
成人前の子息令嬢を集めて催されるもので、城が主催するお見合いみたいなもの。毎年一回あるのだが、実はシャルロッテもクリストフも行ったことがない。
「うーん、まだ考えてなかったわ」
これに関しては過保護な周囲に止められていたのではなく、『王様に会いたくない』というシャルロッテが自主的に辞退しており、シャルロッテが行かないならクリストフも行かない、という流れだったのだが…今年は成人直前にも関わらず婚約者の居ないシャルロッテは、婚活でもしに行くべきなのだろうか。
「今年は父上と母上が外遊で欠席だそうだ。まあ、いつも最初の挨拶くらいしか来ないんだけどな。それで参加者もそう多くないって聞いてるから、二人も来たらどうだ~?」
「というか私がヒマだから来てくれよぉ」と甘えた声をだしているウルリヒ。クリストフは完全に無視をしてシャルロッテを見つめているのだが、考えにふける彼女はそんなことに気が付いていなかった。
(はっ!というか、クリスとの関係の誤解を解くのに最適じゃないかしら?王様も来ないなら、参加してもいいかも…!)
「そうね、最後に参加してみようかしら」
さも、成人する直前だからですよ~?といった体で言ってみれば、ウルリヒが「やったぁ!」と目を輝かせた。
「しゃるが来るなら、くりすとふも来るだろ?!」
「……ええ、まあ。お姉さまが行くなら行きます」
『行きますけど』と、何か言葉が続きそうなほどにクリストフの声は低い。不機嫌そうに若干細められた目が、シャルロッテに説明を求めてくる。その圧に居心地の悪さを感じつつ、しどろもどろに言い訳をする。
「いや~、ほら、王城で昼間にお庭を見られるチャンスもそうないでしょ?もう私も成人しちゃったら、行けなくなるわけだし?最後だから記念にね、ウルリヒ様もヒマだと可哀想だし!」
成人後のパーティーは夜会が基本だ。昼間の大規模な集まりはこれが最後と言って差し支えない。しかし、それであるはずなのにクリストフは「たぶんお姉さまは今後も王城に行く機会はあると思いますけど」「ウルリヒ様は他の方とも仲良くなるいいチャンスですよ」などと言って、その顔に浮かぶ表情は『僕は参加に反対です』と訴えかけてくる。
ここで口論をしても仕方がないと、シャルロッテは逃げの一手を打った。
「そうかしら?とりあえず、お義父様に相談してみましょ」
そうして後日シャルロッテはシラーと話し合い、王城ならば護衛の心配もないとのことでパーティーに参加することになった。もちろん、クリストフも一緒である。




