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学園祭4





気丈にも潤んだ瞳でこちらを見つめてくるモモカに、シャルロッテは仕方なしとばかりに笑顔を張り付けて口を開く。


「私はシャルロッテ・レンゲフェルトです」

「やっぱりれんげふぇるとなんだ…」


(せっかく名乗ってあげたんだから挨拶くらい返してよヒロインちゃん…)


脳内で突っ込みをいれるシャルロッテだが、顔に張り付けた笑みは崩さない。

学園祭は平民も生徒であることを考慮してか、来場者にも学園は『生徒平等』の原則を崩さぬように求めており、パンフレットに注意書きがあった。要約すれば『学園内で生徒が失礼しちゃっても許してね』といったような感じだ。


ここで揉め事を起こすのは、色々な意味で望ましくない。


「れんげふぇるとってことは、レンゲフェルト君の親戚なんですか?『おねえさま』って呼ばれてましたけど、従妹ですか?あんまり似てないですよね?」



クリストフが在学中であるし、極力トラブルにしたくない思いがあって、シャルロッテは穏便にことを済まそうとしているというのに。はぁ、とため息をつきそうになるのを押しとどめて、もう一度だけ…と思って口を開く。


「私はシャルロッテ・レンゲフェルトですわ」

「あっ!私、モモカって言います。自己紹介をしたかったんですね!そう言ってくれればすぐしたのに!」


『したかった』とかではなく、貴族としてのマナーである。周囲を取り囲んでこちらを見ている貴族の子息令嬢の前で、高位貴族であるシャルロッテがそれを崩すのは好ましくないのだ。『のびのびと暮らす平民のヒロインには分からないだろうけど!』と、心がささくれ立ってしまう。


はしたないと思いつつも、指先で繊細なドレスのレースを触って気持ちを落ち着ける。ざらざらとした文様が指先を刺激して、これをエマがプレゼントしてくれたことを思い出させてくれた。


(そうよ、私はレンゲフェルト公爵家の娘。今日はお義母様もお義父様もいる…二人をガッカリさせたくないわ。他の生徒達に非はないし、学園祭の運営を頑張っているクリスも居る。穏便に、穏便に済ませましょう…)


深呼吸をして、背筋を伸ばした。

意識して優雅に笑顔を張り付け直して、無知で可愛いヒロインに、優しく優しく聞いてやる。


「それでモモカ様、私に何か?」

「色々と言いたいことがあるんです!えっと、まずは…レンゲフェルト君とはどういう関係ですか?」


一歩近づき迫るように聞いて来るモモカは、どこか焦りのようなものが滲んでいる。何が彼女をそうも駆り立てるのだろうか。


(私が養子なことは別に隠していないけれど…わざわざ言う必要もないわよね)


義姉(あね)よ」

「えっ?」


まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をするモモカ。

まんまるに目を見開いて、上から下までじろじろとシャルロッテを検分している。あまりその視線は心地よいものではなく、思わず「それがどうかした?」と声を出して止めさせた。


「あっ、いや、別に。あの時、どっちかっていうとウルリヒ様に似ていたので!疑問だっただけです!」


ウルリヒとシャルロッテが似ているという公然の秘密に関しては、シャルロッテは口にする権利を持っていない。特に答えることなく沈黙を貫く。すると何を思ったのか、モモカはまだまだ言いたいことがあるらしく、更に一歩近づいて来た。


「そうだ、今日のことも!…列にはちゃんと並ばないとダメですよ!」

「え?」

「いろんな人がウワサしてました!行列にあなた達みたいな高位貴族が来たら、みんな順番を譲っちゃうって!せっかく皆並んでるのに、申し訳ないと思わないんですか?」


『思ったけど、公爵家当主に『慣れろ』と押し切られたんですよ』とは言えず。なんとも返事のし難いことをぶつけられて、思わず押し黙る。


「立場が上の人が、配慮してあげてください。下からは親の仕事の関係とかで言いづらいみたいですから。貴族って大変なんですね!」


言っていることはそう間違ってもいないが、ここでシャルロッテが『無礼者』とでも言えば、大騒動になるだろうことは想像に難くない言動である。


シャルロッテは彼女の言い分を認めるわけにはいかない。しかし注意をすれば『生徒平等』の原則に触れてしまう気もする。騒ぎを起こして、週末を返上して学園祭を運営しているクリスの努力に水を差したくはないシャルロッテは内心で頭を抱えた。


(も~!どうしろって言うのよ~!)


そうして脳内でグルグルと考えていると、ずっと会話らしい会話をしないシャルロッテにモモカは、「もうっ!」と焦れた声を上げる。


「どうして答えてくれないんですか?私が平民だからですか?」

「あ、いえ。そういった理由では…」

「じゃあ、ちゃんと会話してください!…私だって、人間なんですから」


唇を噛みしめて俯いてしまったモモカ。平民ということで、貴族ばかりの学園でつらい思いでもしているのだろうか。アンネリア通信によれば『身分による差別だ!』と言われないように、過剰に気遣っている周囲の方が大変そうなのだが。


泣いているモモカと、それをずっと黙って見ているシャルロッテ。

しかしここだけ切り取って見ると、健気な平民のヒロインと、それをいじめる悪役令嬢のような構図だろう。アンネリアがこの立場にならなくてよかったとホッとする反面、どうしようかと途方に暮れた気持ちにもなる。


何を言うべきかと、口を二度三度と開いたり閉じたりしていると、それもまた沈黙となってしまい、俯いたモモカの顔からボロリボロリと滴がこぼれて床を濡らしていく。



「私っ、あなたと…話がしたいだけなのにっ!」



ぐすっ、ぐすっと、鼻をすする音を響かせるモモカ。


その時。人垣がザッと割れて、クリストフが飛び出してきた。

彼は眉根を寄せてモモカを一瞥した後、シャルロッテの顔を見て心配そうに駆け寄った。大きく声を張るわけでもなかったのだが「これ、どういう状況ですか?」という彼の問いかける声は、静まり返るその場にやけに大きく響く。


「さあ?」


説明のしようがなく、シャルロッテは困ったような、呆れたような声で短く答えることしかできなかった。しかし、クリストフとしてはそれで十分だったのだろう。この場に義姉の方が用事がないのであれば一刻も早く立ち去るのみだ。


「お姉さまが御用がないのでしたら、もう行きましょう」

「そうね。そこの喫茶をしているクラスで、お義父様とお義母様、ハイジも待ってるわ」


そうして差し出されるクリストフの肘にシャルロッテが手を重ねて、エスコートをされるがまま場を去ろうとすれば、当然残されるモモカは「ちょっと!」と、抗議の声を上げた。



「今日は学園祭なんですよっ?!家族とじゃなくって、友達とか…好きな人とか!望む相手と一緒に過ごして、青春の思い出を作る、大切なイベントなんです!どうしてレンゲフェルト君に、学園の思い出を作らせてあげないんですか!」



ハァハァと息を切らして必死に訴えかけるモモカに、ゆっくりとシャルロッテが振り向いた。クリストフは咄嗟にそれを引き止めようとしたが、吊り上がるシャルロッテの紅い唇に気づいて手を下ろす。



(『大切なイベント』ねぇ)



原作で、学園祭というのは重要な要素の一つであった。乙女ゲームらしく、好感度の高いキャラクターと一緒に学園祭を回ることができるのだ。断ることで、他のキャラクターのクラスに遊びに行って好感度を上げることもできたはず。

シャルロッテの脳内で、もう廃れそうな古い原作の映像が呼び起こされる。





―――『○○と学園祭を回りますか? YES/NO』

光差す校舎、頬を染めて寄り添う二人の男女…攻略キャラクターと、モモカ。

二人が学園祭を回る仲睦まじい様子を、そっと柱の影から見つめるクリストフ。

連れ立って歩くモモカと男の距離は近く、いつしか手と手が触れて、そっと絡め合い…二人の繋がれた手を認識したその時。


クリストフは凶行を決意する。

愛する人を手に入れるため、彼は猟奇殺人を始めるのだ。






学園祭は好感度の高いキャラクターが判明し、嫉妬によりクリストフの殺人が始まる節目。原作における重要なイベントであったといえる。


シャルロッテが疑心暗鬼になっているだけかもしれない。しかし、ふとある可能性が脳裏をかすめた。




(このヒロイン、もしかしてだけど…転生者だったりとか、しないよね?)





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― 新着の感想 ―
[良い点] 周りの生徒は 「また始まったよこのピンク」「生徒でもないレンゲフェルトのご令嬢にまで絡んでる」 的なシャルロッテに同情してる人しかいなさそうですね。 そしてゲームの回想シーンが乙女ゲーム…
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