学園祭3
シャルロッテの持っていたクッキーの袋も、エマの「これもお願い」という一言で、仏頂面のシラーの指にかっ攫われてしまった。
まさかの、公爵様を荷物持ち扱い。
ぎょっとしたシャルロッテが『これはいいの?!』とハイジを見るが、いつものように糸目を細めてニコニコとしているだけで動こうとはしない。そしてハイジのくせに全然喋らない。何故だ。
(まあ護衛の仕事中だし、普通は喋らないものなのかしら?荷物は…まあ、お義父様も嫌がってないからいっか)
エマに関わることはなんでもやりたいシラー。荷物を持たされることは全く気にしていない様子だし、ご当主を前にハイジは優等生ぶっているようだ。色々と違和感はあるが、まあそんなもんかと次の目的地へ向かうことにした。
メインディッシュともいえる生徒会の展示室へとやってきた一行だが、つまらない展示(学園の歴史について)であるにも関わらず大盛況だった。
外まで溢れる人を見て、シラーが首を横に振る。
「さすがに、この人ごみの中に連れて行けない」
エマもシャルロッテも、展示内容に興味があるわけではない。生徒会は運営本部兼展示をしているという話で、基本的にはクリスがここに居ると聞いたから来たのだ。
つまり、学園でクリスに会いたかっただけ。
しょんぼりと細い肩を落とすエマ。すぐそこに居るのに会えないと思うと、余計にガッカリするのだろう。しかし眼前の光景を見れば納得の状態で…しかたないとエマは諦めたようだった。
「確かに、この中を進むのはちょっと大変そうだわ。しかたないわね」
その様子をみていたシラーは、優しくエマを引き寄せて頭にキスを一つ落とした。
「要は本人に会えればいいんだろう?」
コクリ、と頷くエマを見て、シラーはそこら辺に居る男子生徒を呼び止める。シラーに声をかけられた生徒はおっかなびっくり自分を指さしてキョロキョロするが「そう、君だよ」というシラーの声に、飛び上がるほど驚いてか駆け寄ってきた。
「伝言を頼みたい」
「ハイィィィッ」
「あそこに居るクリストフ・レンゲフェルトを呼んできてくれ。『家族が来ている』と言えば分かるだろう」
「ヒィッ、こ、こ、公爵様っ…!す、すぐに…っ!!!」
クリストフを呼んでいる『家族』なので、公爵家だと察しがついたのだろう。男子生徒は駆けて行く。その次の瞬間から、ぽっかりとシャルロッテ達の周囲は円形に人が避けて通るようになった。中にはこちらを拝んでいる男子生徒も居る。
(ちょっと。私はお地蔵様じゃないわよ!)
口には出さないが居心地が悪い。しばらくそのまま待っていると、先ほどの男子生徒が戻ってきて「『ちょっと今手が離せないので、少々お待ちください。すぐ行きます』だそうですッ!!」と教えてくれた。
「ご苦労、助かった」
「ハイィィィッ」
深く礼をして去っていく男子生徒の背を見送り、シャルロッテ達はその場でしばらく待っていた。
しかし待てど暮らせとクリストフは出て来ず、エマが立ってじっとしているのに疲れた様子を見せる。体重を片足ずつにかけてみたり、もぞもぞと動いてみたり。すぐにその様子に気が付いたシラーが、エマの腰を抱いて体を支えた。
「クリストフの顔を見たら、少し休めるところに行こう」
「ごめんなさい、日ごろの運動不足のせいだわ…」
ここに来るまでもたくさん歩いたので、高いヒールで移動をしていたエマの疲れは当然である。足が痛いだろうに健気に立つエマの儚げな横顔を見て、シャルロッテも心配になってしまう。じぃっとエマの顔を見ていたシラーは、ぼそっと「靴擦れしてるだろう?」と言った。
「えっ、お義母様は靴擦れしてらっしゃるの?!」
「へ、平気なのよ!ちょっと痛いだけ!」
どうやら図星らしく、焦って事実を認めてしまうエマ。「どうしてシラーには分かっちゃうのかしら…」「でも平気なのよ、本当よ」と、慌てた様子。シラーはムッと眉根を寄せて、今にもエマを抱き上げたそうにしている。
「すみません、すぐ気が付けなくって!まずは手当をしなくちゃですよね…!」
シャルロッテはちょうど生徒会展示の隣のクラスが喫茶店をしているのを見て、ある提案した。
「あのっ、お義母様達はあちらで休んでいてくださったら、クリスが来たら連れて行きますわ!それで、足の治療もクリスにどうしたらいいか聞きましょう!」
「そんな、シャルちゃんを一人にはできないわ」
「大丈夫です!ほら、そこの警備の方の横に居ることにしますから」
ちょうど生徒会室の斜め前あたりに、学園の警備員が立っている。何かトラブルがないか目を光らせているので、その横に立っていれば何も起きないだろうという提案だ。
「ダメよ!クリスにまた知らせればいいのよ、横のクラスに居るからって」
「分かりました!知らせておきます。さあ、お義母様は早くあちらで休んでください…お義父様とハイジも!」
シラーは即座に「ありがとう。すまないな」と言って、いやいやと首を振るエマの体をふわりと支えて、隣のクラスへ消えて行った。ハイジは「なんかあったら『ハイジ!』って言ってください~。五秒で駆けつけますからねぇ」と、ヒラヒラ手を振ってそれに着いていく。
皆の姿が見えなくなってから、人ごみを『クリス出てこないかな~』と、シャルロッテ一人で見つめること数分。
(手が離せない人に、何度も伝言するのも可哀想よね。それにすぐ来るって言ってたし。…警備の方の横なら、危ないことも起きないでしょ)
シャルロッテはまあいっか、とクリストフへの伝言はせずにそのまま立っていた。
『しばらく来なければ、伝言を頼んで自分も隣のクラスへと行こう』と、そう思って。
それが、よくなかった。
「やっと見つけたわ!」
高い少女の声が響き、ビクッと肩を揺らすシャルロッテ。
そこに立っていたのはピンク頭の可憐な美少女、原作でのヒロイン、モモカであった。
「私、ずっとあなたに会いたくて、探してました!」
(まずいことになったわ…どうしましょう、これ、絶対にクリスにもお義母様にも怒られる…!)
今更人を捕まえて、伝言させて、隣のクラスへと逃げ込むわけにはいかないだろう。幸い、モモカは誰も引き連れておらず一人だ。少し話をすればどこかへ行ってくれるだろうか。
人ごみを見つめるも、クリストフの姿は見えない。
隣のクラスの方を見ても、エマもシラーもハイジも姿は見えない。
(どうしよう…!)
「ちょっと、聞いてるんですか?!」
ちょっぴり攻撃的なモモカは、グイグイと距離を詰めてくる。腹を括って自分で対応する他なさそうであった。
諦めにも似た吐息を漏らして、シャルロッテはドレスの裾を摘んで挨拶をしてやる。
「……ごきげんよう。どなたかしら?」
「とぼけないで。私のことはご存知でしょう?だって、レンゲフェルト君に聞いてるはずですし、この間も会いましたよね?」
(まあ知ってるけど。名乗り合ってませんよね〜?っていうイヤミだよ!)
モモカには通じなかったが、周囲を取り囲むように様子を見ている観客達には通じたらしい。騒めきと共に「あれってレンゲフェルトの…」「だとしたらまずいだろ」「あの平民、礼儀を知らないのか」「平民にしても酷い」「ねえ誰かアンネリア様を呼んできて」と、そんなささやき声が周囲から上がっている。
シャルロッテはこの状況にため息を一つ。
「無視しないでください…っ」
そして、目の前の少女はポロリと涙一つ。
まるでこれではこちらが悪者である。




