学園祭2
学園付近の馬車道は大混雑していたのだが、どういう理由かシャルロッテたちは裏口とおぼしき場所から中へ誘導され、待つことなく学園へと到着した。権力ってすごい。
馬車を下りれば、馬に乗って外で護衛をしていたハイジ率いる隊がずらりと並んで待っている。
「ハイジは護衛。その他の者はここで待機だ」
ハッ!という雄々しい声が響き、その後で「よろしくお願いします~」という、のんびりとしたハイジの挨拶も聞こえた。鷹揚に頷くシラーだが、終わったとばかりにすぐに妻へと視線を固定。腰を抱き込むようにすると「エマ、移動は疲れなかったか」「大丈夫よ」「エマは馬車酔いしやすいから心配なんだ」「ありがとうシラー…」「エマ…」と、見つめ合って二人の世界を作り出した。
シャルロッテは視線を二人から思いっきり逸らして、ハイジの方に「今日はお願いね」と挨拶をしておいた。相変わらずひょろりと背の高い彼は、腰をかがめるようにしてシャルロッテに目線を合わせてくれる。
「今日は人が多いのでぇ、絶対はぐれないでくださいね~」
「大丈夫よ!」
「頼みますよぉ」
「いつ私がはぐれたっていうの」
「屋台に突進かましたりとかしてたじゃないすかぁ、忘れました〜?」
「まだそれを言うの?!」
「アハハ〜」
(すっごい昔のことじゃない!私のことまだ子どもだと思ってるわけ?!来年には成人よ!)
「シャル様になんかあったらぁ、クリス様に殺されるんでェ。アッハッハ」
「クリスはそんなことしないわ」
いつものことではあるが、ハイジは気安く会話がポンポンと飛び交う。楽しそうな様子のシャルロッテを横目に捉えたエマは、思わずといった様子で口を挟んできた。
「シャルのことは私がエスコートするから大丈夫よ!」
それにハイジはいつもの軽口で応じるのかと思いきや、彼は恭しく頭を垂れるのみで何も言わなかった。
エマは特にそれを気に留めるわけでもなく、シャルロッテに笑いかける。
「さっ、行きましょ!」
「はいっ!」
シャルロッテの腕をとり、ご機嫌で歩き出すエマ。水を差すのも悪いだろうと思ってそのままついて行けば、シラーがエマの横、後ろにハイジがついてくる。
ゴールをクリストフが居るであろう、学園祭運営本部兼生徒会の展示室(学園の歴史について)に定めて、道中に先ほど馬車でピックアップしたところがあれば見ていこう!という計画。最後に馬術部の乗馬体験に顔を出して帰ろうと決め、にぎやかな校舎内を四人で進む。
「シャル、さっきチェックしたのってあれかしら…?」
「すごい列…ドーナツ屋さんでしたよね。あってます」
軽く二十人ほど並ぶその列にエマが驚いているが、並んでいるのは生徒ばかり。列の後ろにつこうと歩みを進めれば、ギョッとした顔で振り返って見てくる。明らかに高位貴族である夫妻と、娘と護衛。
そして誰かが知っていたのだろう。「レンゲフェルト様の…」「公爵様?」というささやきが聞こえると、どうしようかとオロオロとしていた生徒達は、ついにシャルロッテ達の後ろに並び直し始めた。しかも全員。
「え、ちょっと…」
「勝手にさせておけ」
止めようとするシャルロッテを制すのはシラー。先頭の生徒から、すぐ後ろへと綺麗に並び直していったのであっという間に先頭に踊り出してしまう。
エマが注文を終えて商品を受け取ると、シラーが最後に振り返って一言。
「ご苦労」
それに感動したように頭を一斉に下げる生徒達。ありがとうございます!という声まで聞こえて、呆気にとられるシャルロッテ。しかしエマとハイジは特に違和感がないようだ。嬉しそうに小袋を持つエマの細い指から、シラーが袋を奪い去る。
「公爵家の扱いとはこんなものだ。慣れろ」
憮然としたまま歩いていたら、マルカス侯爵家のファージ様に声をかけられた。どうやら護衛の方とお二人の様子で、アンネリア様のクラスに行ってきたところだそう。
「まさかここでシラーに会えるとはな!学生の時は面倒だなんだと言っていたが、親の立場になったら学園祭は来たくてたまらないよなぁ!!分かるぞぉ!!子どもの成長にさっきちょっと泣いたところだしな、ハハッ!ぜひともアンネリアのクラスに遊びに行ってくれ!」
馬術部には行く気だったが、アンネリア様のクラスは何をしているのだろうか。同じ疑問を抱いたらしいシラーが問うてくれる。
「馬術部には最後に遊びに行かせて貰う。そのクラスでは何をしているんだ?」
「クッキーの販売だ!アンネリアの特注した馬のクッキー型で作っているから、きっとすぐに完売するぞ!!カワイイからな!早く行った方がいいぞ、うん!」
クッキー販売のどこに成長を感じて泣いたのかは甚だ疑問ではあるが、カワイイ馬型クッキーはちょっと見てみたい。『茶色だし可愛いだろうな』と思ったシャルロッテの表情を読み取ったエマは「今から行きましょう!売れちゃったら大変よ」と、可愛らしく腕を引いた。
「では今から行くとする。また」
「おお!!またな!!」
うるさいくらいの声量で、ブンブン手を振るファージと別れた一行。アンネリアのクラスに行けば、確かに人気らしく列が出来ていた。最後尾につくとやっぱり先ほどと同じ現象が起きて、あっという間に先頭に。今回はアンネリアのクラスなのでシャルロッテは「私が買いたいです!」と進み出た。
机に並べたクッキーを売っていた女子生徒が、ぽかんと口を開けてシャルロッテを見ている。その子へと愛想良く笑いかけて「ごきげんよう」と挨拶をすれば。
「ごごごご、ご、ごきっ!」
壊れたかのように震えて言葉がうまく出ない彼女に、パッと後ろから別の女子生徒がやってきた。「ごきげんよう!」と、固まる生徒の背中をさりげなく押し、揃ってお辞儀をしてくれる。
クラスメイトをすかさずフォローするその姿勢、素晴らしい友情である。シャルロッテは微笑ましく思って、ついつい声をかけたくなった。
「アンネリア様とは、仲良くさせていただいているの。いつもクラスの皆さまのこと褒めてるわ。とっても良いクラスなんですってね」
「もったいないお言葉です!」
「これからも、アンネリア様のことよろしくね」
「「はい!!」」
固まっていた女子生徒からも気合の入った返事があり、満足気に頷くシャルロッテ。
「ありがとう。じゃあ、クッキーを3袋下さいます?」
「今すぐっ!!」
支払いでウルリヒからもらったチケットを差し出せば、サッと必要分だけ受け取ってくれる。固まっていた方の女子生徒もあたふたと袋詰めをしてくれて、瞳を潤ませながらもシャルロッテに「こ、こちらですぅ…」と、クッキーを差し出す。緊張を隠せないながら頑張るその姿、そして応援する後ろのクラスメイト達。まさに青春。
(ファージ様、これ見て泣いたのかも…?)
シャルロッテもほっこりしてしまう。
アンネリアは良いクラスに居るようで、安心もした。
「お馬さん、可愛いわ。大切に食べるわね」
「ひゃ、ひゃい…」
ニッコリ笑いかければボボボッと耳まで赤くして照れているのもまた、うぶで可愛らしい。シャルロッテは最後に、彼女の目を覗き込むようにして「がんばってね」とささやき、密やかに声援を送る。
こうして公爵家御一行が去った後に対応した女子生徒はへなへなと座り込んでしまったのだが、アンネリアのクラスはわぁっと盛り上がった。先ほどファージが来た時もかなり騒いだのだが、それを上回るはしゃぎっぷりだ。
「このクラス、公爵様と侯爵様がいらっしゃったのよ?!」
「もう学園一の店と言っても過言ではない!!」
「高位貴族って、上にいけば優しくなるんだな…」
「すっごいイイ匂いした…」
「お、お前っ、それは不敬だぞっ」
外に出ていたクラスメイトが飛び込んでくる。
「ちょ、ちょっと!列すごいことになってる!!階段下まで伸びてるぞ!」
ギャイギャイと盛り上がるクラスは、先ほどよりもかなり列が伸びていることに気が付いて、慌てて誘導・整理と役割分担をして動き出した。
「やっぱりアンネリア様ってすごいよな…!」
「格が違うんだよ」
「私たち、このクラスでよかったぁ」
「よっしゃ、アンネリア様のためにも売り切ろうっ」
こうしてより一層クラスの団結が強くなった、らしい。




