お昼休みにごきげんよう3
ウルリヒはやれやれとばかりに肩をすくめてから、シャルロッテ達の居るテラスへとゆっくり足を進めた。外から入ることはできないが、彼は柵の近くに立ち「すまん」と端的に謝る。
真っすぐに見つめられたアンネリアは、ゆるりと頭を振った。
「ウルリヒ様のせいではございませんわ」
「上手く撒けなかった。私の落ち度だ」
「ウルリヒ様のせいでは」「いいや、私のせいだ」と謝り合戦を始める二人を尻目に、シャルロッテはゆっくりと顔を後ろへと向ける。モモカたちはこちらに向かってじりじりと近づいているところだったのだが、シャルロッテの顔を見てびっくりした様子で足を止めてくれた。
モモカに、初めてシャルロッテが認識された瞬間だった。
アッシュの瞳が見開かれる。
小さな桜色の唇が、声にならない『だれ』を紡いでいる。
モモカはウルリヒとシャルロッテの顔を何回も視線を往復させて見比べて「似てる…?」と呟く。その素直すぎる反応に呆れてしまって、シャルロッテはフンと嘲笑を浮かべて答える気がないことを示した。
それにモモカはムッと眉根を寄せて、ついでに頬も膨らませた。
「ちょっと、なんで笑うんですか~!」
ぷんぷん、と擬音の付きそうな怒り方だった。
シャルロッテに向かって「あなたは誰ですかっ?」と、元気よく絡んでくるモモカ。
『アンネリアから意識を逸らして、シャルロッテへと向けさせる』という、シャルロッテ本人としては狙い通りに進んでいるのだが…横で立つクリストフはモモカを威嚇するように睨み付け、今にも唸り出しそうな気配である。
「クリス、手出し無用よ」
小声でぴしゃりと告げれば、不満そうにしながらも口を引き結ぶクリストフ。シャルロッテはついでに、アンネリアにも安心させるように微笑みを向けておいた。私にまかせてね、と伝えるように。
(ヒロインに私が見つかったならちょうどいい。アンネリア様に向けられてる憎悪、私が全部さらってやるわ)
決意を固めたシャルロッテは再度、意地悪く口の端を歪めてモモカを見た。
「ちょっと誤解があるようですけれど」
シャルロッテは決して怒鳴っては聞こえないように、でも腹から声をだすように意識をした。ヒロイン御一行に侮られることなどないように上品さを意識し立ち上がる。スッと伸びて来たクリストフの手を借りて、そのエスコートのままにモモカへと体ごと向き直ってやる。くるりとまわるように体が動き、黒いロングワンピースの裾が柔らかく広がった。優雅にそれを落ち着くのを待ってから、焦らすように続きを口にする。
「ウルリヒ様を呼んだのは私ですわ。それでアンネリア様にこの場をご用意いただいたのも私。クリスをエスコートさせてるのも私よ。…ぜぇんぶ、ワタシ」
できるだけゆっくりと、出来の悪い子どもに言い聞かせるようにしてやった。ついでにトンチンカンな推理をしていたマッコロにも視線をやって「お分かりかしら?」と言ってやる。
異常に整ったシャルロッテの美貌で浮かべる嘲りは、相手に中々のダメージを与えるらしい。マッコロの目に怒りの色が滲み、彼は頬を染めて「っ失礼だが!」と声を張る。
「あなたは部外者だな!」
「ええ。私は生徒ではありません」
「なっ!じゃあ、出て行って貰おうか!」
「あら、許可はありましてよ。私、学園は出入り自由ですの」
「何か悪かったかしら?」と、薄く笑みを浮かべた顔で告げれば「そんな許可出るのか」「知らん」「嘘かも」と何やら仲間内で言い合っている。そこに教師が一言「彼女の言うことは本当ですよ」と添えたので、言葉尻に乗っかるシャルロッテ。
「ほぉら、問題ありませんわ」
ふん、と目だけでマッコロを見下す。それにまたカチンときたのだろう。「これはそういう問題ではないっ!」と反射のように食って掛かってくる。
(マッコロ君…君は反応が素直すぎて逆に心配だわ。本当に宰相様の息子なの…?)
クリストフの手にぎゅっと力がこもって『お姉さまアレやっちゃっていいですか』と言いたげな鋭い目になっていたので、小声で「ダメよ」と再度囁く。今はシャルロッテが喋っているのだから、クリストフの出る幕ではないのだ。
(それに、憎悪は私に集めないと。アンネリア様が悪役令嬢ポジションにされたらたまらないわ)
「じゃあ何が問題なのかしら?」
小首をかしげて困ったようにため息をついてやれば、どうやらウルリヒを呼び出していることが問題らしい。「お忙しい王子になんてことを!」とか「……ウルリヒ様に、一人で来るように言うとは…護衛の必要性が…」とか「私もランチをご一緒したいのにぃ」とか、ギャイギャイ言う声がしたが面倒くさいので笑顔を浮かべてまとめてぶった切る。
「私はいいのよ。だって、私たちは仲良しなんですもの。ね、ウルリヒ様」
できるだけ婀娜っぽく微笑んで言ってやった。物語だかヒロインだかしらないが、憎悪はシャルロッテに向けばいいと思って、わざと誤解を招くように嫌な笑みを浮かべて追撃もする。
「クリスも、私の言うことには逆らえないのよ」
(嘘です全然言うこと聞いてくれません)
内心ですぐに否定する。真実はほぼ逆で、シャルロッテがいつもやり込められている側だ。クリスの心ひとつで、家から出して貰えない情けない姉である。年上としての威厳はカケラもない。
しかしそんな事情は知らないだろうと、ただ悪女っぽいムーブでクリスに「ね、クリス?」(ハイって言って)と呼びかけた。
察しの良いクリスならば大丈夫だろうと思って言ったことだったが、彼はポッと頬を染めて、何故だかとろけるような笑みを浮かべた。
「はい。僕にはお姉さまの言うことが絶対です。お姉さまが死ねって言えば死にます」
「ちょっと!」
こんな真面目なシーンでふざける義弟を小声で叱って『恰好がつかないじゃない』とすこし慌てる。モモカ達はクリストフの表情を見て唖然としており、マッコロに至っては口が開いたまま塞がらない様子だった。
シャルロッテはコホン、と咳払いをして仕切り直し、ツンと澄まし顔を作った。
「というわけですの!あと、アンネリア様は…私の大切なオトモダチだから。意地の悪いことを仰る方が居たら、どうしてやろうかって思ってしまうわ」
「公爵様に相談しようかしらぁ」と、ちょっと馬鹿っぽく呟く私に、顔色を青へと変えるマッコロ。何かを言おうとしたモモカの口を塞いで引きずるように後ろに下がらせた。
そんな慌てふためく姿に溜飲を下げたシャルロッテは、仕上げとばかりにモモカに視線を固定する。びくり、と彼女の細い肩が揺れた。
「外は空気が悪いわ」
「すぐ準備致しますわ」「僕が!中へ入りましょう」と、アンネリアとクリストフがテーブルの上のものをまとめるのを手伝いもせず、笑みを浮かべ立ったままアッシュの瞳を見つめ続けるシャルロッテ。まるで蛇に睨まれたカエルのように、動けなくなるモモカ。
「お姉さま、中へどうぞ」
「ありがとう。…ウルリヒ様も中へ、ご一緒してくださいな」
入口へと回るウルリヒの背中を見送ってから、シャルロッテも中へ入ろうとした。
しかし、固まるモモカの後ろに控える金髪教師の顔を見て、わずかに動きを止めてしまう。
彼はこんな状況で、まるでシャルロッテを見てはいなかった。
ただひたすらにモモカを見つめていて、シャルロッテが気づいた瞬間には、見間違いでなければ彼女の頭の匂いを嗅いでいたようだった。その目のほの暗さに、ぞわりと嫌な感触がシャルロッテの体を駆け上がる。
(あの人…きもちわるい…!)
シャルロッテは慌てて、踵を返して部屋へと入った。
やっぱりあいつには関わりたくないと思いながら。




