お昼休みにごきげんよう2
「勘違いしているのよ。自分たちは正義だから、何をしても許されるって」
いつも穏やかなことしか言わない、優しい世界で守られて生きているはずのシャルロッテ。
そんな彼女が軽蔑したように吐き捨てたことに、アンネリアは目をみはる。
「愚かね」
他人の鋭い物言いに毒気を抜かれたアンネリアは、手を引かれてぽすんとクッションに腰を落とした。呆気にとられたその様子などお構いなしに、シャルロッテは手を握ったまま語り続ける。
「アンネリア様は女子寮生のこと、よく面倒を見ているでしょう。お手紙でも、皆さま良い子達だって伝わってきます」
「…そうですの。いい子達ですのよ」
シャルロッテは彼女がいかに苦労をして、女子生徒達をまとめ上げているかを知っている。
派閥を築き上げてトップに君臨して『ハイ終わり』ではない。アンネリアは体系的に下からの訴えを吸い上げるように組織づくりをし、定期的にお茶会を開いて不満や悩みを拾ってやっている。何かあれば夜にでも相談に乗り、男子生徒と揉めた時には前に出て守ってやることもある。
そうやって目をかけてやった女子生徒達は、アンネリアを信頼して彼女の作ったルールを守り、お利口さんに寮生活を送っているというのに。
(アンネリア様も女子寮の皆さまを信頼しているし、その逆も感じるわ。部外者の私でさえ分かるのに、どうして学園に居るくせに理解しないの?)
シャルロッテは、可哀想にすっかり冷えてしまった彼女の指先を紅茶のカップに添えさせた。温かさを分け与えられたその指が、じんわりとアンネリアの心まで落ち着けていく。
「あの人たちは、頭が悪いんだわ。アンネリア様が居なかったらモモカ様なんて、女子から本当に嫌がらせを受けて泣いてたわよ。そして最悪退学よ。それが分からないなんて、馬鹿よ馬鹿。ねえクリス、そう思うでしょう?」
「はい。今学園が平和なのは、アンネリア様の努力の賜物です。あんなのが居たら普通は排除しにかかります。実際邪魔ですし」
「そうよね!ホラ、分かる人間にはちゃんと分かっているわ」
にっこりと笑うシャルロッテの顔を、未だぼうっと見ているアンネリア。
それにようやっと気が付いたシャルロッテは「ちょっと、口が悪かったかしら?」と、口元を手で隠して照れ笑いをこぼした。
こちらでは話が落ち着いたが、あちらでは未だモモカの『私、寮でいじめられているんです劇場』が続いていた。主役モモカ、脇役と観客は三名の男達である。
否が応でも聞こえてくる甲高い声に、シャルロッテの顔から笑みが消えてゆく。
「仲良くしてくれる人もいるんですっ!でも、してくれない人が多くて…」
それは普通じゃないか?というツッコミをする人間は、その劇場には居なかった。
しゅんと落ち込むモモカには、心配して寄り添う男三人の優しい言葉が降り注いだ。
「くそっ…貴族の女共は、何も分かってないんだ」
「……モモカは、あんなやつらより、いい子」
「寮でいじめが…?それは学園としても見過ごせないね」
教師の言葉に、マッコロが過敏に反応した。ここぞ!とばかりに鼻息を荒くして、今までやりこめられた鬱憤を込めるかのように「アイツだ」と呟く。
「アイツとは?」と尋ねる教師に、マッコロは眼鏡をクイッと上げて「犯人は…」と勿体ぶったように言葉を途切らせる。ごくん、と誰かのつばを呑む音がして、やっとマッコロは口を開く。
「女子をけしかけて、自分の手は汚さない…!知ってるだろ、女子の総大将が誰か」
「……アンネリア・マルカスか」
シャルロッテの目が据わった。
けぶる睫毛の奥で、紫色の瞳が氷点下まで冷えていく。変化に気が付いたのはクリストフだけで、外野の言葉に胸を痛めるアンネリアは見ていなかった。
「アイツはいつもいつも俺の邪魔をする」
「……自分の、手先だから」
「そうだ。モモカへの嫌がらせは、アイツの指示だからだ。そう考えれば、今までのことにも全て辻褄が合う」
「そ、そんな…!」と、モモカがショックを受けたように言葉を詰まらせる。うつむき震えるその肩を優しく抱いた教師は「大丈夫、僕が守ってあげる」と、甘い声でのたまった。それに追って「俺たちが付いてるからな」「……モモカは、絶対に守る」と続ける男達の声。
(この流れ、アンネリア様を悪役令嬢に仕立て上げてるってことよね?そんなの許すわけないでしょ…?!)
シャルロッテはどのタイミングで割って入ってやろうかと、目の奥が冷えるような怒りの感覚を味わっていた。立ち上がって声をかける?それとも表に出て、近くに寄ってからにしようか。紅茶のカップを投げつけてやろうかしらと…色々思案する彼女の様子に『何が起きても対応できるように』と、緊張を高めるクリストフ。
そこにガサ、ガサと植木を揺らす音がした。
段々と近づくようなそれは足音で。
ガサ、ガサ、ガサリ。
誰かがモモカ達の後ろに立つ。
「おい」と、不機嫌極まりない声。
「不愉快だ、口を閉じろ」
紫の瞳で睥睨するようにモモカ達を見下す、王子だった。
いつになく高圧的な様子のウルリヒにうろたえた男達はまごつくが、モモカだけはするりと教師の腕から抜け出すと素早く立ち上がった。靴を履いてピクニックシートからぴょんと出ると、そちらへ駆け寄ろうとする。
「どうしてここにっ?」
「私が誰と居ようと勝手だろ」
シッシッと追い払うようにされて、モモカはショックを受けたように一歩下がる。
その肩を再び教師が支えるも、流石に王子の言葉が響いたのか口は閉じていた。そして後ろで立ち上がった男達の中で、愚鈍にも座ったままのデルパンが何かを考え込むようにしている。マッコロに「おい」と立つように促されると、顎に手を当てて呟く。
「……馬術部、部室が近いっす。アンネリア様に呼ばれて、ウルリヒ様はここに来た…?」
「なにっ」
「……俺、ウルリヒ様を見失ったの、ここら辺で…もしかしたら、一人で来いって言われてたのかもしれないっす…」
「なるほど、そういうことか」
見当違いでもない推理だが、マッコロと言う悪意のフィルターを通してそれはモモカへと伝播する。駆け寄るマッコロから何事かを囁かれたモモカは、キョロキョロと当たりを見回して、そしてテラス席に座るアンネリアを見つけて指をさした。
「あっ、あそこ!」
テラス席に視線が集まる。モモカが重ねて「クリストフ君もいる!」と声を上げるので、すっかり見つかってしまったことがよく分かった。
 




