生徒会に入りたい?4
後日、シャルロッテは学園に潜り込むことに成功した。先日と同じく制服だ。
クリストフに「手をここから離したら帰ります」と、彼の上腕にからめるように右腕を組まされたシャルロッテは、為されるがまま左手も添えるように動かされて、べったりと彼に張り付くように連れられている。
クリストフはこれで良いのだろうか。こんなの見られたらヒロインどころか、誰とも恋愛フラグが立たなくなりそうだが。
それを言おうと口を開くが、クリストフはにっこり笑ってシャルロッテの言葉を封じた。相変わらず義弟の笑顔に弱いシャルロッテ。ぽっと頬を染めて『とりあえずまあいっか』といった気持になってしまい、なされるがまま歩き出す。
「ねえクリス、今って何の時間?」
「今から昼休みの時間帯ですね。アンネリア様と、馬術部の部室で落ち合うことになっています」
「ねえねえ、食堂にも行ってみたいわ」
「絶対にダメです」
すげなく却下されてしまう。できればヒロインの動向を確認したいシャルロッテはキョロキョロと周囲を見回すが、二人が歩いている周辺には人っ子一人居ない。
「ここ、どこ?」
「部室棟や生徒会室などがある側です。食堂とは反対側なので、今はあまり人が居ませんね」
しれっと答えているクリストフだが、生徒を利用して周辺の人払いをしていた。立ち入り禁止にはできないのがもどかしい所ではあったが『効果はきちんと出ているらしいな』と、僅かに口角を上げる。
「あら、クリスご機嫌ね」
「ええ。シャルと過ごせるのが嬉しくて」
「嘘よ。私がここに来たいって言ったとき、イヤそうな顔してたわよ」
「そうでしたか?」とシラを切るクリストフが、少し早足になった。シャルロッテがおや?と思えば、遠目にボロボロの蔦の這う建物が見える。生徒会棟だ。
特に気にすることなく通り過ぎようとしたシャルロッテだったが、その建物の下に特徴的なピンク頭の背中を見て歩調を緩める。隣に立つのは青い頭のマッコロで…対面して話しているのは教師だろうか、白いシャツ姿の、背の高い金髪の男が見えた。
「ねえクリス、あれってモモカ様よね?」
「……ええ」
「お話ししているのは、先生?」
「さあ、よく分かりません」
『何も答えませんよ』と示すかのように、クリストフはシャルロッテの腕を挟む力をぎゅうぎゅうと強めた。遅くなったシャルロッテを咎めるように引っ張られて、あっという間にヒロインが遠ざかっていく。
「ちょっと、そんなにしたら転ぶわっ」
「僕が支えます。アンネリア様がもう来ているかもしれません、急ぎましょう」
「もーっ」
抗議の声を上げた瞬間、金髪の男の顔がパッとこちらを向く。
軽薄な雰囲気の長い前髪に片目が隠れているが、その瞳、唇、顔のバランスは、どことなくシャルロッテに既視感を覚えさせた。
(この顔…どこかで…?)
吸い寄せられるように視線が向くのはその口元だった。
薔薇のように赤い色に目を奪われて、シャルロッテは思わず足をもつれさせ転ぶ。
視界がガクンと落ちて、薔薇の生垣が眼前に広がった。
クリストフがすばやく反対側の手で華奢な体を受け止めて地面へぶつかる勢いを殺してくれたが、膝がジンジンと傷む。でも、それよりも首を圧迫されるような息苦しさを覚えて、シャルロッテは喘ぐように呼吸を繰り返した。
ハッハッという自分の呼吸音。ぼうっと遠くでクリストフの声がするが、まるで水の中のように、音がこもって聞き取れない。
(そうだわ、あの顔…。登場人物だ。五人目は教師だったのね…)
チャラ教師ポジションの金髪男はそれらしくシャツのボタンを盛大に開けていて、キラキラと反射するネックレスをしているのが見えた。『設定を思い出さないと…』と、ぼんやりとした頭を回転させようとするが、ぼやぼやとした脳内がうまく動かない。
「…ルッ!シャル!ねえ大丈夫…?!」
「えっ、ああ、うん。ごめんなさい」
耳元の大声にやっと、クリストフを認識するシャルロッテ。
じわじわと焦点が合えばすぐそこに、揺れる紅い瞳が覗き込んでいた。睫毛の本数まで数えられそうな距離に、ぼんやりとしたまま胸を押して距離を広げる。
「ごめん、うん、なんともないわよ」
「すぐに帰って医師を呼びましょう」
「ちょっと立ちくらみがしただけよ、大げさね」
笑って立ち上がろうとするも、クリストフに腕を引かれて押しとどめられてしまう。黒い頭をふるふると振って「立ちくらみなら、なおさら。すぐに立ってはいけません」と諭された。頭を抱き込まれて、ぽすんと彼の肩に額がぶつかる。この体勢のまましばらくじっとしていろということなのだろう。
シャルロッテは目を閉じて、ありがたくその時間を情報整理に使わせてもらった。
(そうだわ。どうして忘れていたのかしら)
じわじわと思い出す記憶。紙に書きだした時には思い出せなかったが、このゲームの攻略対象者は五人。彼がシャルロッテの知る最後の攻略対象だ。
明るくチャラい教師は仮の姿で、彼は病的な愛し方をする男だ。
ヒロインが彼のルートに入ってしまうと、クリストフの猟奇殺人の裏で拉致監禁の憂き目にあう。それを受け入れるとヒロインは死亡したと偽装されて二度と学園に戻れなくなるが、教師と結ばれる。所謂メリーバッドエンドと呼ばれる類の結末だった。
(教師と生徒っていうのに抵抗感があって、しかもメリバに興味がなくてあのルートまったくプレイしてないのよね…)
シャルロッテの記憶は曖昧だ。さらっとした解説程度の知識しか、脳内には残っていない。ヒロインが拉致監禁の末に教師を拒絶したらどうなるのかを覚えていないのだ。生徒会のメンバーが助けてくれるのだろうか。
「さあシャル、ゆっくり立ちましょうか」
クリストフの中での安静タイムが終わったらしい。大人しく彼の手をとって立ち上がれば、制服を軽くはたいて綺麗にしてくれる。
「ありがと」
「今日はもう帰ります」
「えー、平気よ。行きましょうよ」
「絶っ対に、ダメです」
低いクリストフの声と、凍てつくような瞳。シャルロッテは肩をすくめて「でもアンネリア様が…」と言ってみるが、効果はなかった。クリストフはシャルロッテの腰に腕をまわして手を握り、まるで介護人かのような姿勢で来た道をゆっくりと歩き出している。
「ねえってば、本当に大丈夫なのよ?」
「それは医師が判断することです……やっぱり、抱き上げて移動しましょうか?」
シャルロッテは賢明にも口を閉じる。
閉じた口の口角を不満げに下げつつも、おとなしく足を動かした。無言の私歩けますアピールだ。しばらくして馬車の止まっている場所が近づけば、シャルロッテはぼそりとこぼす。
「アンネリア様に会いたかったなぁ」
しょんぼり、といった顔のシャルロッテだが、クリストフはほだされない。
「週末来てもらいましょうね」
「それってちょっと違うわ…」
「何も違いありません。最初からそうすればよかったな…」
無表情でこちらを見下ろすクリストフの顔に、しばらくは学園に行けそうにないことを悟ったシャルロッテ。息を吐くのに混ぜ込んでため息をつくが、今回はどうにもならなさそうである。
(まあ、ちょっと情報の整理が必要だし、今日はもういいわ。教師はやばい奴だから会いたくないし…)
馬車に近づけば、慌てた御者がドアを開けてくれる。
振り返って学園の校舎を眺め、シャルロッテはエスコートされるままに乗り込んだ。
クリストフは馬車のドアに鍵を下ろし、外から見えないようにカーテンを引く。それは少しの隙間もできないようにきっちりと、二人の姿を外から隠していた。