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あなたと一緒に過ごしたい




「気合を、入れて行くわよ!」



屋敷の廊下を歩きながら小声で自分に喝を入れるシャルを、案内するメイドがチラリと振り返る。

クリストフと朝食をたべるために移動中、シャルはそわそわする心を全然抑え切れていなかった。


(黒幕とはいえ、クリストフはゲームキャラでもあるのよね。ちょっとミーハーな心もうずいてしまう…!)


ゲームの主要キャラだけあって、かつて画面越しに見ていたクリストフは美形だった。そして、その幼児期である今も、天使のように美しい。

「まあでも、油断はできないけど」と思わず口をついて出た。メイドがついに立ち止まってこちらを見る。

「シャルロッテ様、どうかされたのですか?」

微笑んで「なんでもないの」と濁すシャルロッテだったが、心の中は不安でいっぱいだ。


もしも今日、きっかけがつかめなかったら。

このままクリストフが成長してしまったら。

ゲームの通りに、なってしまったら。


(公爵家は責を負い、私の人生もバッドエンドだわ)


ぶんぶんと頭を振って、気合を再び入れる。

晩餐室のドアの前、シャルは小さく息を吸って、メイドに合図を送った。


開かれたドアの奥で待っている、紅い瞳。

「おねえさま、おはようございます」

白いシャツにサスペンダー付きの黒い半ズボンの、美幼児クリストフだ。

「おはようございます」

シャルが挨拶を返してほほ笑むも、幼児の口角は上がらない。それどころかサッと椅子に座り、手でメイドに朝食をサーブするよう合図を出した。


(バッドエンド回避!がんばるのよ、シャルロッテ!)


高い天井の晩餐室は、豪奢なシャンデリアが飾られ、ゆうに10人は座れる長いテーブルがその下に鎮座している。クリストフは端の方に座っており、そこから斜め対角線の端にシャルの席が用意されているようだった。


(位置が遠すぎる!これじゃ、話もできないわ)


シャルロッテは後ろに控えるメイドにささやき、座席をクリストフの近くへと移してくださいとお願いをした。そうしてメイドがてきぱきと席移動を準備する間、クリストフに再度声をかける。

「本日は、朝の時間を頂き、ありがとうございます」

「いえ。問題ありません。…どうして、席をうつしたのですか?」

席に座るクリストフが紅い瞳をぱちぱちと動かし、シャルのメイドの行動を見ている。

「?だって、遠いと、話がしにくいでしょう?」

「僕と、話を?」

「?はい、そのために、朝食をご一緒しようかと」

きょとん、とした顔のクリストフの近くに整えられた席に改めて座る。


グラスにミルクが注がれるのを待って、二人で食前の挨拶を交わした。

「クリストフは、何のお勉強が好きなのですか?」

「算術ですね」

「どうしてですか」

「答えがひとつで、分かりやすいので」

淡々と話しながらも食べ始めたクリストフのペースは、かなり速い。

このままでは、早々にこの食事会が終わってしまう。

焦るシャルロッテは、上っ面でない、確信的なところに踏み込むことにした。


「クリストフは、どうして姉が欲しかったのですか」


ぴたり、と手を止めた彼は、後ろにひかえるメイドにちらりと視線をやった。

「別に、欲しいと言ったわけではありません」

「え?」

「僕の周りには子どもがいません。なので、子どもがどんな様子か、兄弟姉妹とはどんなものか、知りたかったのです」


彼は先月、公爵様に連れられたパーティーで、人生で初めて、同世代の子どもを見たそうだ。その時見たとある男児の、あまりの泣きっぷり、暴れっぷり、知性のなさに、驚愕を覚えたらしい。また、その男児の面倒を見ていた“姉”という生き物に、興味が湧いたそうで。

しかし、その興味というのが、聞けば性格が悪い。


「姉にとって弟は邪魔なはずでしょう?」


なぜなら“姉”は、“弟”がいなければ、家督を継げたはずであると。なぜ、邪魔者、自分から奪う者であり、暴れ狂って危害を加えてくる“弟”に、“姉”が優しく面倒を見るのかが理解できない、だそうだ。

「大人の言いなりになっている姉もまた、知性のない生物であるかとおもったのですが…まあまあ年上でしたし、自分で考えて弟の面倒を見ているようでした。サンプルにとぼしいので、結論が出なくて」

「はあ」

「そこで『我が公爵家には、姉はいないのだろうか』と、一応確認のつもりで聞いてみたのです」

「え、まさか」


「それがなぜか『姉が欲しい』とお父様に伝わったようです」


後ろに控えるメイドは、私でもわかるくらい、顔色が悪い。

ぶるぶると震えるようにしながら下を向いている。

「手違いであれ、お父様が僕のためにプレゼントしてくれた“義姉”です。大切にしますので、ご安心ください」

「ありがとうございます…?」


ここでシャルはハッとした。これは、チャンス…!

「クリストフは、兄弟姉妹というものに、興味があったのよね」

「まあそうですね」

「では。私と、普通の姉弟のように過ごしてみませんか。何かわかるかもしれません」

シャルは自分の思う『普通の兄弟姉妹』についてを語ってみせた。食事は一緒に取り、勉強も一緒にして、休む時は一緒に遊ぶ。長く一緒に居て、お互い分かり合っているから、喧嘩をしたって長くは続かない。そんな様子が、世間一般的な姉弟像であることをアピールする。

「なるほど、それが、姉というものなのですか」

「あの。今日から、実践してみませんか?」

「じっせん?」

「私たち…毎日、朝食を一緒に食べるのはどうでしょう。姉と弟とは、一緒に過ごす時間が必要ですから」

ふむ、と考え込んだクリストフ。

「お姉さま、本日のご予定は?」

「なにも」


「では、僕と一緒に、一日過ごしてみてください」


まさかの、クリストフ側からの提案に、前のめりで「はい!」と返事をする。

彼はあっという間に、今日一日の彼のスケジュールにシャルロッテが同行できるように手配をした。家庭教師の授業なども、今後の参考になるだろうとのことで、一緒に聞いて良いらしい。





同行してよく分かったが、彼の1日は本当に忙しい。

朝食後すぐに授業が始まり、歴史、算術、語学と続き、昼食は食材や伝統料理などについても食べて学ぶ。午後は生物学、マナーレッスンを兼ねたティータイムでやっと一息だ。

どれも子供向けの内容だったが、3歳児向けでは決してない。

そしてこの後も授業が入っているのだから恐ろしい。


(この子、天才だわ…)


シャルロッテの方が三つ年上であるにもかかわらず、ヘロヘロになっていた。

「クリストフ、疲れていない?」

「まったく。おねえさまも平気そうですね」

この平気そうですね、はおそらくマナーの所作も含まれた言葉だとシャルは理解した。

美しい動作を意識してカップとソーサー持ち上げて、一口飲んで、そっと戻してみせる。クリストフも同じく動作をすれば、同席していた家庭教師ガヴァネスが満足げに「お二人とも素晴らしい、傾ける角度まで完璧(パーフェクト)です」とお褒めの言葉をくれる。そして家庭教師はちらっと私の顔を見て、少し悩んだ顔をした後に言った。

「本日のマナーレッスンはここまでに致します。お二人はごゆっくりなさってください」


どうやら、義理の姉と弟の初めての交流に配慮してくれるようだ。美しい所作で礼をして、家庭教師は部屋を出て行った。

二人きりになった部屋に、短い静寂が落ちる。


先に口火を切ったのはまさかのクリストフだった。

「姉とは、こうして一緒に過ごすものなのですね」

「私はそう思っています」

持ち上げた紅茶の入ったティーカップの紅い水面が揺れるのを見て、今は亡き母を思い出す。こんなに良いお茶は一緒に飲めなかったけれど、どんな食べ物だって分け合った。

「家族ですもの」

ああ、お母様に会いたい。シャルロッテはそう思って、紅茶を一口飲んだ。


「家族は一緒に過ごすものですか?」

「そうよ」

紅いガラス玉のような瞳がシャルロッテを射抜くように見つめる。

「遠くにいても?」

お母様が生きていたら、どこにいたって会いに行った。シャルはそんな思いで答える。

「そうしたら、会いに行くのよ」

クリストフは、分からない、というように小首をかしげた。視線もそらされ、沈黙が再び戻ってくる。


これ以上この話題には触れてはいけない気がしたシャルは、話を変えた。

「クリストフ、私のことは、シャルって呼んで」

「シャルおねえさま?」

「そうよ。シャルだけでもいいわ。姉と弟は、愛称で呼び合うのよ」

「なるほど。じゃあ僕は、クリスと」

「よろしくね、クリス」


それから、姉と弟なのだから、堅苦しい話し方もしなくてよいと言えば「堅苦しい?まあ、それはおいおい」と、まるで大人な対応で流されてしまった。高位の貴族的な話し方というのは、堅苦しいものなのかもしれない。

「悪くない時間でした」

ティータイムの終わりにそう言ったクリストフの頬は相変わらず白くてやわらかい曲線を描いており、シャルはもちもちほっぺをつつきたい衝動に駆られていた。


(でも、さすがにまだ早いよね…!)



しかしその勇気はなく、早く仲良くなってやると心の奥で誓った。







誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

幼児の会話を全てひらがなにすると読みにくいので、漢字にさせていただきます。

今後ともサイコな黒幕の義姉ちゃんをよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今までひらがなでシャルとクリスのセリフ書いてあったのに急に饒舌になっててちょっと違和感。
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